「無理難題」が知恵を育てる!知恵が支えるトヨタのものづくり力
~今に安住するな!次なるターゲットへのチャレンジこそものづくりの原点だ~
株式会社ジェイテクト
取締役会長 新美 篤志 氏
トヨタ自動車時代、生産技術畑で長らくトヨタ流ものづくりを牽引し、最終的に副社長としてものづくり基盤を支えられてきた現(株)ジェイテクト新美会長。世界をリードするトヨタ流ものづくりの原点やその根幹、また、北米での豊富な経営経験を踏まえ、新美流マネジメント・経営哲学についてお話しをお聞きした。
「安住せずレベルアップ」の繰り返しこそものづくりの原点
鈴木:新美さんは、トヨタ自動車で副社長という重責を担われ、脈々と受け継がれてきたトヨタ流ものづくりを牽引されてきました。これまでの経験談やトヨタ流ものづくりの原点をお聞きかせください。
新美:私が初めてトヨタ流ものづくり、いわゆる大野耐一さんが体系化したものづくりに出会ったのは、入社して5年以上たった頃でした。当時、トヨタ堤工場でコロナのフルモデルチェンジのプロジェクトが立ち上がり、私は一担当者として参画していました。その時に新しいラインを据えて、計器盤をサブラインで組上げてからメーンラインの車両に載せていくサブアッシー化と、足回りの自動搭載、自動締付けを行いました。
計器類のサブアッシー化は当時の生産技術からするとかなり画期的なことでした。ある時、大野さんがそれをご覧になって怒り、インスツルメントパネルのラインは皆撤去と言われたんです。当時はなぜ怒られたのかがわからなかった。その後いろいろ経験を経て勉強する中でわかったのですが、ひとつは「完熟させた技術」といいますか、設備や仕事のやり方も含め、十分に検討しきれていない状況で導入したこと。
もう一つはサブアセンブリラインというのはトヨタ用語でいうと「島」と言うんですが、島は「定員化」しやすいんです。ですから、中途半端な仕事や半人前の仕事が残ったりして、「省人化」しにくくなり、その点がまだ解決していない段階だったこと。そういう精度を確認できていない仕組みを量産ラインへ投入したことへの戒めだったんではないかと思います。
次に足回りの自動化に関するエピソードですが、足回りラインとその後のファイナルラインとの間のバッファラインがカラカラになっているのを見て、大野さんが「あれはなんだ?」と指摘されたんです。我々は工程内在庫を減らすというのが常に頭にあるものですから、リーンに回していましたが、足回りラインが止まってばかりで、バッファがカラになり結局ファイナルラインの可動率が低くなっていました。それを見て、バッファが役に立っていないじゃないかと怒られたのです。
それで前工程を改善してスムーズにまわるようになったのですが、今度は前工程が調子よく回るとバッファラインが溢れてしまう。それをご覧になってまた怒られたんです。いつまでもバッファをたくさん持つんじゃないと。バッファを持てと言ったり持つなと言ったり、当時は皆わけがわからず混乱したことを思い出します。
結局、この2つのエピソードは「未熟なものを入れるな」ということと、「少し調子がよくなってきたからといってそこに安住するんじゃなく、条件を厳しくして次の課題に取組みなさい」ということが言いたかったわけです。要は「今の実力で何が一番ムダが少ないかを考える」ことが大事で、レベルが上がればさらに条件を厳しくし、同じように考える。その繰り返しで常によりベターな状態を追求することこそ大切だということなんです。それがトヨタのものづくりの原点だと思います。
知恵を絞るからよい品ができる
鈴木:トヨタ流ものづくりは世界をリードし続けるトヨタの根幹です。その基本的な考え方をお聞かせください。
新美:トヨタには「7つの無駄」という言葉があります。動作の無駄、在庫の無駄、加工そのものの無駄など全部で7つありますが、中でも「作りすぎの無駄」が一番ダメだと言っています。世界的に見て、在庫は財務上資産としてカウントするでしょう。トヨタも米国式財務諸表に準じているのでそうしていますが、実のところ生産部隊はあれは不良在庫だと思っているんです。エネルギーも人件費も使っていらないものを作ってしまったという反省がまずあるわけです。
大切なことは「一つずつ作る(ロットで作らない)」こと、そして「売れるスピードで作る」ことです。そのために少量でも大量に作るのと同じ原価で作れるよう追求する。そして、一つずつ流れるように作り、しかも売れるスピードで作るとなると、不良は出せない訳ですよ。だから不良が出たらその原因をひとつずつ地道に解析して手を打つ。そして、誰が見ても無駄がわかるように表面化させる仕組みを生産システムの中に仕掛ける必要があった。その為にいろいろな道具がつくり出されてきました。そのひとつが「かんばん」なんです。
また、よく先輩達に言われたのは「お前の眼は節穴か」という言葉です。「あれはなんだ?」と指摘され、自分の目で見て考えてみろと。それで考えて「わかりました。こうです」と説明すると、「じゃあどうしたらよいんだ?」と言う風な問答になる訳です。要は「こうこうしなさい」ではなく、考えさせて答えを自分で導き出させてこそ人は成長するということなんですね。
トヨタでは「創意工夫」という提案制度があるんですが、その制度を始めた時に募集した会社代表標語で「よい品 よい考え」というフレーズがあります。よい考え方に基づいて物事、仕事をしないとよい物はできない。よい考えとは、例えば「安心、安全」とか、使っていただくお客様の立場からよい品とは何なのかを探求し続けるという考えじゃないとダメなんだと。また、よい品をつくるためには、プロセスの中で不良が出た時に解決する知恵やアイデアがないとダメだとか。いろんな見方、捉え方があり、この非常に短いフレーズにいろんな考え方が凝縮されているんです。
そうして知恵を使う。「人間は知恵を使うから、可能性が無限にある」というのがトヨタの考え方です。豊田英二さんが「乾いたタオルでも絞れば水がでる」と言ったという話は有名でしょう。実は言葉が一つ抜けていて、「乾いた(ように見える)タオルでも、知恵を絞れば水が出る」と言ったんです。知恵を使うには困らせる。困らせるためにはその場に安住せず、次々にターゲットをあげレベルアップさせる。そのマインドこそカイゼンの元になっているんです。
よい仕事をしたいという思いに国境はない
鈴木:トヨタで培われた思想を持って、米国でも経営トップを経験されました。日本とのマネジメントの違いやトヨタ流ものづくりを定着させる上でのご苦労などお聞かせください。
新美:1983年、GMとの合弁でNUMMIを設立しました。そこでトヨタ流ものづくりの在り方や思想が果たして現地で受け入れられるだろうか、上手くいくだろうかと最初は心配したのも確かです。あちらでは、ジョブ・クラシフィケーションといって、保全工、塗装工、溶接工という風に職務が細かく分かれていて、それを乗り越えて仕事をさせてはいけませんでした。そこで、何十とあったクラシフィケーションをSkilled(保全工)、NonSkilled(加工・組立)の2つにしました。それにより、必要に応じて人や仕事を移動させることができるようになったのです。
次のチャレンジが自働化です。トヨタでは不良があったら人が機械を止めてラインをストップするよう仕組んでいます。止める権限は現場にあり、どんな理由であれこれはおかしいとか、ちょっと失敗したというものがあれば必ず止めてくれと言っていました。例えばトイレに行きたいだとか、集中できないという理由でも止めてよいことになっています。その考え方をそのまま持っていくと、サボタージュになり仕事にならないのではと心配しました。
しかしそれは杞憂に過ぎませんでした。やはり、ものづくりに携わる現場の人たちは日本人と同じで、よい仕事をしたいわけです。カイゼンをやり始めると、だんだん彼らも参加してきたんです。自分達の達成感だったり、付加価値を上げることだったり、一日よい仕事をして胸を張って帰りたいと言う思いは、国が違っても共通なんだと改めて感じさせられました。
残念ながら、GMの破たんで2009年トヨタはNUMMIから撤退しました。6ヶ月以上前に生産の打ち切りを従業員にアナウンスしましたが、今日で最後という日まで何ひとつ問題となることは起きずに皆よい仕事をしてくれました。そして、最後に作った車は3年後の経年品質評価でトップになりました。25年という歳月の中、労働者もずいぶん入れ替わったことでしょう。しかし、このことはトヨタの思想がきちんと人から人へ受け継がれ、トヨタ流ものづくりがNUMMIの中に定着していた証拠だと思います。
北米ワン・ボイスでパワーアップ
鈴木:北米工場を活性化させるため、具体的にどんな取組み、働きかけをされたのでしょうか。
新美:当時は親工場制を敷いていました。例えばケンタッキー工場は日本の堤工場が親工場で、ケンタッキー工場の困りごとは堤工場の困りごととして全面的にサポートすると。その後96年に北米製造統括会社が出来ました。それぞれの工場はそれまでそれぞれの親工場と親子でやってきたわけです。そこにポンと統括会社が親会社という感じでのってきましたので、それぞれが主張し合って言うことを聞かないわけです。
私は2002年に社長として北米に行きましたが、それをどう改善しようかと知恵を絞りました。今までのように日本の親工場の言うことだけ聞くスタイルを変えないといけないと考え、これからはアメリカは自立していくんだと言いました。そのためには、北米工場群というワン・ボイスでないとだめだと。そんな思いから「アメリカンマニュファクチャリング」という概念をつくったのです。統括会社もそれぞれの工場も同じ「アメリカンマニュファクチャリング」のメンバーなんだ。それぞれの社長は自社の工場だけでなく、ある人は全工場の品質担当、物流担当、人事労務担当を兼ねるという風にして、全員が一丸となり、チームアメリカのセルフリライアンスを目指すことで彼らもダブルキャップをかぶってくれました。
何かテーマをつくって、それを皆で支えるという風に仕向けていくことがチームをつくり、リードしていく上で大切です。その仕掛けは上手くいき、結果的に非常に力がついたのです。
目印は「北斗七星」!遠方の目標を示す
鈴木:これまでのお話を振り返りますと、従業員一人ひとりを大切にしながら、それぞれの力を引き出し、全体の底上げを図っていこうという考えが伺えます。新美さんの経営哲学をお聞かせください。
新美:まずは個々の能力向上が一番です。そのためにも皆が「無理難題」を抱え、それを解決していく過程の中で、それぞれが能力を高めていく必要があるでしょう。そして彼らをどういう風に大きな経営課題へ向かわせて行くか、その仕掛けをすることこそ経営ではないでしょうか。
その上で、高い目標だったり遠い目標だったり、向かうべき方向性、つまりビジョンが重要になってきます。今のお客様もさることながら、未来のお客様にはいずれ今のプロダクツでは満足いただけなくなるでしょう。ですから、未来のお客様が欲しいと思うものに向かっていくために、それが何なのか日頃から想像力を磨いていくことが大切でしょう。
少し遠い目標を立てて、そこへ向かう。途中で目標を見失いかけても、もう一度高く遠くを見上げれば、また向かうべき方向がわかる。まさに夜空に瞬く「北斗七星」を目印にするようなものです。
人材育成のポイントは「皆を困らせているか」
鈴木:最後に、これからの日本を担う経営者、経営幹部に向けたメッセージをお願いします。
新美:私はいつも若い人達や経営者を目指す人に言うことがあります。それは一人では仕事はできないということ。つまり、スタッフ一人ひとりの能力を上げ、育成していく必要があるのです。そのためにもテーマやターゲットに向かってスタッフに「無理難題」を与え、スタッフがそれにチャレンジしているかに心を配るべきです。
言い換えれば「皆を困らせているか」ですね。できない理由は言わせない。そんな理由を考えても、何の意味もないからです。
大切なのはどうしたらできるか、どうやればできるかを考えるように仕向けることです。その過程で困れば助ける、いっしょに考える、わかるように導いてあげる。そのためにも経営者はいつもオープン・マインドである必要があります。
要するにコミュニケーションが大切なんです。それを常に心がけるとともに、どこを目指すかという方向性や目標を描き示すことが、何より経営者に求められていることだと考えています。
【対談を終えて】鈴木 亨のひとこと
対談からトヨタのものづくりに対する熱いDNAを感じとることができました。脈々とトヨタ流のものづくりを継承する風土、その根幹は安住せずレベルアップする意識と、答えを自ら考えさせる仕掛けにあると思いました。また、国境を越えてものづくりに関わる現場の人たちは皆、良い仕事をしたいのだというお話は、グローバル展開の肝であると感じました。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.51からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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