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時代を予見して価値を創造し、 未来社会の発展に寄与する

株式会社日立製作所
取締役会長 代表執行役
東原 敏昭 氏

東原 敏昭 氏プロフィール:1955年生まれ。77年日立製作所入社。電力会社や鉄道会社などのさまざまな分野の制御システムに関する品質保証に長く従事。ドイツ駐在や子会社社長などを経て、2014年4月社長兼COO、2016年4月社長兼CEOと歴任。2022年4月よりCEOを後継に譲り現職。社外でも経団連副会長などの要職を兼任し、産業競争力強化や教育、DX、GXなどわが国の抱える多様な社会課題の解決に尽力。著書に『日立の壁』(東洋経済新報社)がある。

株式会社日立製作所
設立:1920年(大正9年)2月1日/資本金:463,417百万円(2024年3月末現在)/従業員数:28,111人(2024年3月末現在)/連結従業員数:268,655人(2024年3月末現在)/事業内容:「デジタル」「グリーン」「イノベーション」を成長の柱として、グローバルで社会イノベーション事業のさらなる進化と成長をめざす


日本の製造業始まって以来の赤字から事業を見直し、組織を変えてきた日立製作所。
今や2兆円規模の収益を生む世界的企業となった。実直に取り組んできた改革について東原氏に伺った。

改革成功のキーワードは「傾聴力」と「修正力」

 本日は「日立の事業トランスフォーメーションと今後の価値創造」というテーマでお話をさせていただきます。

 最初に、改革を成功させるキーワードを2つお伝えします。まずは「傾聴力」。成果を出すためには自分と違った意見にいかに聞く耳を持つかが重要です。そして「修正する勇気」があるかどうか。社長や経営層になると「俺の考えはこうだ」とこだわる人が少なくありません。また、自分と意見が合う人には耳を傾け、苦手なタイプの意見は聞かないという人もいます。しかし「自分の意見だけが正しいわけではない」と修正できる力が経営者にあれば、その企業は大丈夫だと、私は確信しています。

 では、日立の現状と、この10年で何を行ってきたか。そしてグローバル戦略についてお話しします。

 日立は1910年に創業し、以来100年以上、電車やモーター、原子力といったプロダクトとオペレーショナル・テクノロジー(OT)を提供してきました。1960年以降はコンピューターをつくり、IT×OT×プロダクトという3つの機能を備えた企業に成長しました。これは非常に珍しい事業の形で、日立の強みでもあります。
 現在はデジタルシステム&サービス事業が28%、グリーンエナジー&モビリティ事業が33%、コネクティブインダストリーズ(産業系の自動化など)が33%というバランスで、これらはすべてデジタルで横断し、事業運用をしているところです。しかし、ここに至るまでには大きな改革が必要でした。

国内製造業で過去最大の赤字

 1980年から現在までの当期利益を見てみると、2009年の3月期に7873億円の赤字になっています。これは当時、日本の製造業が始まって以来の赤字だとニュースになりました。しかし、本質はそこではありません。その前の10年をさかのぼると、ITバブルが崩壊した2001年に4838億円、金融危機が起こった1998年に3276億円の赤字を出しています。ところが営業利益を見ると、スレスレで黒字に見えるんです。これが日立の問題でした。上場子会社の業績が連結される売上や営業利益は黒字でも、少数株主に利益を支払うと当期純利益は赤字になる。これを改善することなく、十数年も続けていたのです。ではなぜ、このような事態が続いていたのでしょうか。

 当時、日本の社会は終身雇用が主流で、定年まで安泰というムードが漂っていました。上司には逆らわない、仕事はスコープを小さくして完璧に見せる。その結果、組織が硬直化し、人が固定化されるという〝大企業病〟に陥ったというのが私の理解です。毎年予算会議はありますが、赤字を出したら「申し訳ありません」と頭を下げればいい。隣の部署も、その隣の部署も赤字。みんなが赤字だから怖くない。これが当時の日立の体質でした。

 もうひとつは、本社と子会社の関係。本社側は子会社に対して上下関係の意識があるということを、私が子会社の社長になったときに感じました。ですから本社に戻ったときに、そういったことが一切ないように大改革を行ったのです。

社会の変化に気づいていなかった

 さらに、日立の事業推移と社会の変化を重ねてみると、そこでも問題が明らかになります。図1はそれらを時系列で並べたもの。1910年の5馬力モーターの製造にはじまり、国産第1号の電気機関車、新幹線建造、冷蔵庫やテレビ、原子力発電設備、列車座席予約システムなどを次々につくってきました。「よいものをつくれば売れる」という考え方が、100年以上続いてきたのです。ところが、赤い文字を見ていただくとマイクロソフトやアップル、アマゾン、グーグル、ウーバー、フェイスブックなどが登場します。マイクロソフトが登場した1975年から、すでにビジネスモデルは変わり始めていた。日立はそれに気づいていなかったのです。

 生産性の観点も重要です。生産性とは付加価値(アウトプット)を投入労働力で割ったもの。分母(投入労働力)を小さくすれば、生産性が上がります。工場の合理化を行い、残業管理をすればこれまでは儲かっていたわけです。ところが2000年以降、お客さまの課題解決がビジネスになり、付加価値が重要になってきました。"協創"による顧客課題の解決です。さらに時代が進むと社会課題の解決が求められるようになり、利益の源泉は「アイディア」になっていきます。それは日立も含めて一社では解決できないような社会課題の形になってきたということ。これらを踏まえ、いよいよ日立も改革に着手したわけです。

日立の事業推移

日立の事業推移(図1)

社内カンパニー制からビジネスユニットへ

 2010年からの3年間は赤字脱却に全集中しました。2013年からの2015中期経営計画期間では「社会イノベーション事業」に着手。
 私は2016年に社長兼CEOに就任し、社会インフラをデジタル技術でイノベートするという事業の基盤づくりをはじめ、M&Aや事業ポートフォリオの見直しも行いました。さらには、グローバルリーダーをめざして事業基盤の拡充を図るとともに、ガバナンスの強化に取り組んできました(図2)。

 まずは組織構成の見直しについてご説明します。2014年に社長兼COOに就任した当時、日立は「社内カンパニー制」を取っていました。事業が1兆円規模の社内カンパニーに分けられ、それぞれのカンパニーに社長が置かれていました。私はその上で全体をまとめる立場で、事業は各カンパニー社長が全権を握り、カンパニーの業績の責任を負うというものです。たとえば情報・通信システムを担うカンパニー、インフラシステムを担うカンパニー、といった具合です。各カンパニーから上がってくる予算をまとめて、株式市場に対して全社の予算として発表するのは私の仕事です。ところが、第1クオーター、第2クオーターを過ぎ、第3クオーターくらいになると「実は予算を守れません」というカンパニーが続々と出てくる。そして株式市場に下方修正を出す。そうすると株価が大きく下がる、ということが2年間続きました。これではいけないと考え、大改革を行いました。

 2016年に社長兼CEOに就任した私は、その年に「ビジネスユニット(BU)制」に変更。2000億~3000億円単位の「金融BU」「公共BU」「ヘルスケアBU」というユニットに細かく分割しました。そして、毎月一度、BU長会議を開催し、各BUからの報告を受け、問題点の洗い出しを行いました。その際、ひとつのBUの報告中に他のBU長もすべて同席する形を取りました。なぜなら、私のフィードバックを全BU長に聞かせたかったからです。これは5~6年続けましたが、その結果として2016年以降、年度の予算に対して上方修正はあっても下方修正はありません。

2兆円事業のLumadaと大型M&Aで躍進

 もうひとつ、これまで各事業でバラバラだったデジタル系のプラットフォームを日立が開発したサイバーフィジカルシステム「Lumada」に統一しました。LumadaはIlluminate(解明する・輝かせる)とDataを組み合わせた造語。お客さまのデータから価値を創出し、デジタルイノベーションを加速するための日立の先進的なデジタル技術を活用したソリューション/サービス/テクノロジーの総称です。スタート時はビッグデータのトレース機能程度のものでしたが、今や2兆円事業になりました。Lumadaは現在、すべてのBUに横断しています。

 事業ポートフォリオの見直しについては、子会社の売却、M&Aなどを推進してきましたが、注力分野を「データを活用する社会イノベーション事業」と定めて集中投資しました。ただし、ただ合理的に売却をするわけではありません。長年日立グループで一緒に働いてきた従業員が日立を離れてもグローバルに活躍できるように「ここなら大丈夫」と確信できるまで、かなり慎重に議論を行いました。

 そのようにして売上30%相当の事業を入れ替え、連結上場会社22社が、2022年にはゼロに。一方、買収だけでなく事業の入れ替えを行ってきたことでデット・エクイティ・レシオ(負債資本倍率)は入れ替え前と変わらない水準が維持されており、一段と日立を成長させるための大型のM&Aが行える状態になっています。グローバルナンバーワンになるための事業買収の事例を3つあげると、90カ国で事業を行うスイスのABBの送配電事業。全世界にエンジニアを抱え、デジタルエンジニアリングサービスを提供するアメリカのグローバル・ロジック。42カ国で信号などの鉄道ソリューションを提供するフランスのタレスなどがあります。

 グローバル・ロジックの買収については取締役会で大きく意見が分かれました。世界に2万8000人のエンジニアを抱える企業で1兆円規模のM&Aです。「エンジニアが辞めてしまったらどうするんだ!」という意見が出ましたが、私は5年後、10年後にアジャイル開発ができない企業であってはならないと。そのリスクの方が大きいと判断し、M&Aを進めました。結果的に数年で約3倍に成長し、アジャイル開発も可能になり、1兆円の価値はあったと思っています。タレスに関しては、M&Aを行ったことで鉄道系の信号システムにおいて世界ナンバーワンとなりました。

経営改革の取り組み

経営改革の取り組み(図2)

ガバナンスと株式市場

 ガバナンスに関しては、取締役の日立OBを減らし、社外取締役を大きく増やしました。現在は取締役12人のうち、日立関係者はOBがひとり+執行系の社長と会長のみ。さらには指名委員会、監査委員会、報酬委員会の委員長をすべて社外取締役に就いてもらっています。執行側はビジネスを攻め、取締役がガバナンスを効かせるという構造がうまくできています。

 もうひとつ、経営に必要なブレーキを効かせるのが株式市場。私が勉強になったのはコロナ禍で、先行きが不透明だったことからCFOには各カテゴリーのリスクを全部出すようにお願いしました。投資家も迷ったと思いますが、情報を開示し、透明性が上がったことにより、投資家の信頼を得ることができました。事業の方向性が理解され、計画を着実に実行してきた実行力と結果に対する信頼感で、2021年度から日立の株価は日経平均を大きく上回る右肩上がりとなっています。

パーパスよりも原点に戻ること

 今後の日立が目指す姿を語るにあたり、ひとつお伝えしたいのが「自律分散」という言葉です。定義すると「自律的に行動する各要素の相互作用によって全体として機能する」ということです。企業における自律分散とは、自社の基本的な考え、リソースを共有し、考え方がアルゴリズムになっていること。簡単に言うと、営業担当がお得意先に伺った際に「共通の資源」を持っていればその場で即断ができるというもので、制御性、協調性、均質性があることがポイントです(図3)。日立でいえば、JR東日本の東京圏輸送管理システム「ATOS」に自律分散システムを搭載しています。すべて同じアルゴリズム、同じ考え方で、動きが制御されているわけです。「共通の資源」とは「考え方」でもあり、実際の「システム」でもあります。私はこの共通の資源をグローバルに適用したい。Lumadaはまさにグローバルの共通資源であり、R&Dも企業理念も世界共通の資源。たとえば日本に大きな災害が起こったとき、共通資源があれば司令塔を海外に移してビジネスを続けることができます。「自律分散グローバル経営」です。

自律分散システムとは(図3)

 では共通の資源をつくるためにはどうすればいいか。私は原点に戻ることが大切だと考えています。Go back to the originですね。1910年に小平浪平が創業した際、「優れた自主技術、製品の開発を通じて社会に貢献する」と理念を掲げました。当時、36歳だった小平浪平は若いエンジニアと丁々発止で議論をしたと思います。なれ合いの和ではなく、徹底した議論のハーモニーです。ですから、日立のバリューは「和・誠・開拓者精神」であり、ミッションは「優れた自主技術、製品の開発を通じて社会に貢献する」と再定義しました。そして、創業者の考え方を徹底するため、2021年11月には茨城県日立市に「日立オリジンパーク」をオープン。海外のマネジャーたちはここで日立スピリットに触れ、考え方に共感し、「共通の資源」をシェアしています。

27万人を束ねるリーダーシップとは

 社会課題を解決する企業であるためには、社会が求めていることを「自分ごと」として考える力が必要です。たとえばフードロスは自分だったらどうするのか。プラスチックゴミはどうしたら減らせるのか。まずは自分がゴミを拾ってみる。そんな主体性が大事だと思っています。そのうえで、日立の知見や技術をフルに使って社会実装してみる。この考え方を、27万人に徹底しています。しかし、押し付けるわけではありません。相手の状況を聞いてから議論するという共感力。そして人を巻き込む力。これが重要なのではないでしょうか。

 少し前の話になりますが、2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で栗山監督率いる日本代表チームが優勝しました。大谷選手をはじめとして海外で活躍する強い個人(選手)がたくさんいたのが印象的でしたが、個人の力の集合では米国の方が強かったのではないかと思います。しかし、栗山監督は「みんながキャプテンだ」とあえてキャプテンを決めなかった。相手の気持ちを考え、どうしたらチームが強くなるかを考えてほしい、と指導したわけです。その結果、強いチームになり日本代表は世界一になりました。私は、この共感力をもったチームづくりを「日立ウェイ」にしたいと考えています。

私の考えるリーダーのあり方(図4)

 リーダーのあり方としては、まず変化をとらえることが重要です(図4)。その際に役立つフレームワークとして「PEST分析」があります。PEST分析は、政治(P)、経済(E)、社会(S)、テクノロジー(T)の各要素に基づいて、将来を予測するための方法です。これに時間軸と地域軸を加えて、より具体的に状況を分析します。たとえば、インドの状況を時間軸で見た場合、5年前には電力不足が問題でしたが、現在は交通渋滞が深刻です。5年後はどうなるか、といった視点で未来を予測することが重要なのです。また、技術の進化においても同様の視点を持つこと。現在では生成AIやメタバースといった技術が急速に発展していますが、これらが時間の経過とともにどう進化するか、地域ごとにどう違うのかを考えるべきです。たとえば、アメリカと日本では技術の進展速度やその受け入れ方が異なります。こうした要素を考慮して、3年から5年後の世界全体の状況を描き出すことが求められるのです。

 長期的な視点で2050年の社会をデザインすることも重要です。現在のビジネスの焦点は利益追求に偏りがちですが、そのままでは人間が働く場所がなくなり、ロボットとAIが生産ラインをすべて占めてしまうでしょう。2050年にどのような社会を実現したいのか、人間の幸せとは何かを真剣に考え、そのためのビジョンを描くことです。とくに、「ここには人間が存在しなければならない」という社会をどうデザインするかが大切なポイントになります。

 これらの短期的および長期的なビジョンを統合し、5年後、10年後にどう行動すべきかのロードマップを作成すること。そして、そのビジョンを具体的な計画に落とし込み、実行していくこと。さらに重要なのは、その過程でビジョンを見直しながら進めることです。ビジョンの作成、計画の具体化、実行、そして定期的な見直しのサイクルを確立することが成功の鍵なのです。ただし、このビジョン構築と実行は、ひとりで行えるものではありません。多くの人財を巻き込み、育てていくことが不可欠。ここで求められるのが、いわゆる「エバンジェリスト」、すなわちビジョンを共有し、広める役割を担う人々です。自分ひとりではなく、ともに働く仲間を増やし、彼らがさらに次の人財を育てていくという連鎖的な仕組みが重要になります。

 具体的な例として、日立では2017年からグローバルに同じ考えを持つ人財を育てる活動を始め、現在では約400人が登録されています。これらのメンバーが次の10人、さらに次の10人と、ネットワークを広げていかなければ、27万人という大規模な組織をまとめることはできません。人財育成とビジョンの共有は、将来の成功に不可欠な要素なのです。

 これらの考えを実行に移し、より多くの人々と共有することが、未来の社会の発展に向けた第一歩となるでしょう。

JMAC代表取締役社長・小澤勇夫と

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』78号からの転載です。

※本稿は2024年10月15日(火)に開催した「JMACトップセミナー」における東原敏昭氏の講演を再構成したものです。

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