スマートマニュファクチャリング 構築ガイドライン(SMDG)公開
国立研究開発法人
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
半導体・情報インフラ部 先端製造DXチーム
小川 吉大 氏
5Gの活用による製造業のダイナミック・ケイパビリティ強化に向けた研究開発事業
小川 吉大 氏プロフィール:総合電機メーカーで情報処理・情報通信の研究開発、社内の人材育成、技術交流活動に長年にわたり従事。現在は、NEDOにて「5GDC事業」のプロジェクトマネジャーを務める。
ものづくり全体のプロセスを、デジタル技術を用いて最適化する手法に重点をおいてまとめられたSMDG。「製造業の競争力強化」を目指すMETIと先端技術の社会実装を行うNEDO、そしてスマートマニュファクチャリング構築のノウハウを有するJMACが制作したガイドラインがリリースされた。企画立案の背景やガイドライン活用に期待することとは。
大企業から中小企業まで、スマート化プロジェクトのリーダー役を担う管理職と経営層の手引書に
JMACのコンサルティングプログラム
製造プロセスの全体最適が企業変革力になる
2024年6月にリリースされたスマートマニュファクチャリング構築ガイドライン(SMDG)は、全体の企画を経済産業省(METI)と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が立案し、作成をJMACが受託し、推進したものだ(図1)。本ガイドライン策定の背景として、METI第16回産業構造審議会 製造産業分科会発行の資料では、日本企業のDXの取り組み実態について以下の点が示されている。
- 日本の製造事業者によるデジタル化の取り組みは、既存の業務・部門の範囲の業務の最適化(=部分最適)の取り組みが多い。
- この認識のもと、製造プロセス全体を視野に入れた最適化を目指す取り組みへのステージアップが認識されつつある。
- 一方、各部門機能を総合的にとらえられる人材の不足、進め方のノウハウの不足等が変革のボトルネックとなっている。
前記の課題認識の元、発刊されたSMDGは、同省の製造業DX政策の一つに位置づけられている。本稿では、NEDOの小川吉大氏、作成を担当したJMACの毛利大に、SMDGの具体的な役割、使い方のポイントなどを聞いた。
まずはSMDGの位置づけ、立ち上げの背景を教えてください。
小川 私どもが実施する事業のひとつに「5G等の活用による製造業のダイナミック・ケイパビリティ強化に向けた研究開発事業」(5GDC事業)というものがあります。コロナのパンデミックに端を発したもので、今後の社会情勢不安を見越し、工場自体が時代の変化や需給変動など、その時々に応じて生産システムを柔軟に組み替えができるようにすることを見据えた事業です。ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)をうまく動かしていくためには、工場全体が連動する必要があります。つまり自律的な全体最適です。ある部門だけDXに特化していても他のところが連動していないと、製造全体はうまく動いていきません。こういった仕組みは非常に重要で、NEDOとしてもDX推進が進まない企業に対して、このガイドラインを通して企業変革力を定義し、その推進をサポートしていきたいと考えています。
毛利 ダイナミック・ケイパビリティを具備するには、環境変化を察知できる高いアンテナ、変革の方向性をいち早く認識し指示する洞察力、そして柔軟にその変容を実現するための整流化されたプロセス、これらが必要となります。このためにデジタル技術の適用は不可欠です。
今や、自社の中期経営計画(中計)にDXを掲げない企業はありません。一方で、「具体的施策や計画に落とし込むのが難しい」「ツール導入が目的化してしまっている」など、推進がうまくいかない企業も少なくない。こうしたジレンマを打破し、製造業のスマート化を再加速させるために、SMDGを策定しました。
SMDGの役割、ポイントは何でしょうか。
小川 全体最適というと、製造現場だけでなくサプライチェーンも含まれます。同じ会社の中でも部門によって使われる用語の意味や品質の考え方すら異なっていたり、経営側と社員側の視点が事業や売り上げと現場の効率化で異なっているケースも。そのため、教科書的に「共通言語」を揃える必要があると考えました。そのようなノウハウは、コンサルティング会社にはあっても、一般の会社は持っていません。日本の製造業DXをワンステップ上げるために、JMACさんにはコンサルのノウハウ提供を含めご尽力いただきました。
毛利 SMDGは「全体最適」が大きなテーマになっており、各部門の情報をデジタルで整流化することを目的としています。そのために4つのチェーンをスコープとし「マニファクチャリングチェーン」(図2)と定義しました。本書では、この4つのチェーンの中で自社がどんなテーマに取り組むべきかについてツールを選択する以前に検討することが重要であると述べています。
ガイドライン作成で重視したことは4点です。まず「個別最適でなく全体最適」であること。個々の部内の個別課題ではなく4つのチェーンを対象に、情報連鎖、付加価値の連鎖のシームレス化を思考すること。2つ目は「経営・業務変革課題の特定を起点とすること」。これはシステムありきではなく、何を実現すべきかをまず考えるということです。3つ目は「大企業の先進的な取り組みだけではなく、中堅・中小企業も置き去りにしない」。100社あればゴールは100通りあるのは当たり前。自社の置かれた状況に応じたDXの姿を設定するということ。そして4つ目は「イニシアチブを持ってソリューションを選択する」。目指すレベルが異なれば導入するデジタルソリューションも異なるため、必要なソリューションをイメージし、ベンダーと話ができる知識を持つことの重要性を伝えています。
ガイドラインを元に自社で活動を進めてもらうのが目的ですが、目指すレベル感は企業によって異なって当然。全体最適に向けた課題解決を何かひとつでも積み上げられたら、という期待を込めて作成しました。
共通言語ができれば意識合わせが可能に
内容について、教えてください。
毛利 本ガイドラインは、本編に加え、7つのドキュメントで構成されています。本編は5章に分かれており、1章はガイドライン策定の目的やねらい。SMDG作成に向けて、思考の効率化や標準化を促す「7つのリファレンス」を整理しています。2章は「ものづくりの全体プロセスの捉え方」で、先ほどご紹介した「4つのチェーン」の詳細プロセスを明らかに。3章はスマート化での変革課題をマップ化し、各社の目指す姿を検討するための思考のテンプレート集。チェーンごとの課題を57の変革課題マップに落とし込んでいます。
これは、各製造事業者のスマート化実践事例において重点となった課題を抽出し、共通性の高いものを「マニュファクチャリング変革課題」として抽出・整理したもの。それらを対象チェーンごとに色分け区分し「57のマニュファクチャリング変革課題マップ」として一覧化しています(図3)。また、実現レベルも5段階で定義し、57の変革課題マップと合わせ、285のゴールを設定しました。4章は「重点とする変革課題の選定方法」とし、その適用方法を。5章では「スマート化プロジェクトの設計方法」として実施ステップと実施事項をまとめています。
小川 SMDGは本編と7つのリファレンスを含め、約250ページのPDFになりますが、一読しただけでは「難しい」と感じるかもしれません。それは全体最適を実現するのは、簡単ではないということでもあります。しかし、共通言語ができることで意識合わせをすることができ、部門連携をする際に、SMDGがあると建設的な議論が進みやすいと思います。
現在9社がガイドライン実証の活動を行なっていますが、すでに見えてきたことはありますか?
毛利 現在、実際に取り組んでいただいて、どの部分で詰まりそうとか、補強すべきところはどこかなどを検証している段階です。SMDGはものづくりプロセスのスマート化を進めるためのロードマップをつくることができ、思考の整理をサポートするつくりになっています。ガイドラインを「確かめ算」的に活用して、中計のブラッシュアップに有効だったという声も届いています。
小川 NEDOのホームページに公開しているSMDGのダウンロード数は、すでに1000件を超えており、興味をもっている企業が多いと実感しています。私どもは研究開発を行いながら、その中で見つかった課題を分析し、それが社会の共通課題ということであれば今回のようにガイドラインという形で世に出し、その反応を見ながら次の手を考えていく組織です。すでに5GDC事業では多くの企業が参画しており、今回のSMDGにも大きな期待を寄せています。
「横断で考える」ことで 全体最適が実現する
今後の展望はいかがですか?
毛利 JMACとしては、ガイドラインの考え方をベースにしながら、もっと日本のものづくり企業を盛り立てていきたいと思っています。どの企業も、横串(横方向の連携)や全体最適に苦労しているというのが実感です。SMDGが促す、「全体最適」思考の裏には組織改革という大きなテーマがあります。現在の縦割り組織の中には壁があり、成熟している企業であるほど、その壁が厚くなっていると感じます。全体最適を実現するにはその壁を壊さなくてはなりません。
実証中の企業の担当者と話していても、そのエネルギーにはかなりのものがあります。デジタルツールを導入する前に、「横断で考える」ことを強制執行するくらいに壁を壊していくことは重要です。壁がなくなり風通しがよくなると、血管の詰まりが取れたようにDXそのものも加速していきます。つまり単機能ではなく、チェーン全体の視座で議論すること。また、ツールに偏らず、課題そのものからDXを思考するということです。私たちは、こうした取り組みにチャレンジされる企業を今後も応援していきたいと考えています。
小川 統制をとるのはトップダウンだと思いますが、自分ごと化して目標に向かって足並みを揃えていくにはボトムアップでの実行が不可欠です。自部署のことだけを考えるのではなく、将来を見据えたときにどこを効率化すべきか、その次はどこかというステップを決めてやっていくことが重要です。デジタルツールがどんどん出てくる中で、いかに連携し、全社を盛り上げていくか。それは難しいことでもありますが、これからの時代は横の結びつきを構築する必要があると考えています。
毛利 SMDGを活用することで、トライ&エラーを含め企業は少しずつ体力をつけていくことができます。「変革課題マップからいくつか選んでKPIを設定したが、うまくいかなかった」ということもあると思います。そのときは、別の選択肢にチャレンジすればいいんです。
小川 そうですね。個別最適から全体最適への結果を出すことも期待したいところですが、まずはいろいろな視点で見たときに「これならいけそうだ」という感覚を、参加している人たちが思えることが第一歩だと思います。全体最適へのマイルストーンを定めて、少しずつ目標をクリアしていくこと。時間はかかりますが、自分たちが立てた目標を徐々にクリアしていけば、最終的に全体最適になっていくはずです。
毛利 次ページで、実証企業のひとつ、浅川造船の事例を紹介します。強力な推進リーダーがいる中でDX推進を含めた中計をつくり、SMDGの有効性を検証した事例です。また、次世代の経営層を育成するための共通言語としても活用されています。ぜひ参考にしてください。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』78号からの転載です。
※社名、役職名などは、取材時(2024年9月)のものです。
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