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ものづくりを俯瞰で見られる生産技術者へ チャレンジを許容する 生産現場に未来が訪れる

元日野自動車株式会社
アドバイザー
牟田 弘文 氏

牟田 弘文 氏プロフィール:早稲田大学理工学部卒業。1978年トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社、2006年常務役員、11年専務役員、17年日野自動車顧問、同6月同社取締役副社長。20年特別技監、21年アドバイザー就任後、23年退任。


トヨタ自動車と日野自動車でクルマづくりのすべてを見てきた牟田弘文氏。これからの生産現場を支え、発展させるにはどのような視点が必要なのか。JMAC生産技術幹部交流会コーディネーターの石田秀夫が生産技術の未来について聞いた。

生産技術だからできる効率化と良品化

石田 牟田さんはトヨタと日野自動車で生産技術の現場を長年見てこられました。JMAC生産技術幹部交流会の座長も務めていただき、次世代に向けたものづくりの姿をご指南いただいております。本日は牟田さんのご経験から、これからの生産技術に何が必要なのか、未来に向けてお話をお聞かせください。

牟田 トヨタでは乗用車、日野自動車ではトラックの工場を見てきました。生産管理から物流、サプライチェーンまで、たくさんの経験をさせてもらいました。安全対策への意識も高くなり、作業手順書も一生懸命つくりましたね。

石田 牟田さんといえば、やはりGBL(グローバル・ボディ・ライン)をつくられたことですよね。

牟田 そうですね。当時は複数のモデルを流す大量生産型FBL(フレキシブル・ボディ・ライン)が主流でしたが、少量ラインが可能なGBLは5年を待たずに世界展開されるほど、主流になりました。生産ラインにフレキシビリティが生まれ、シンプルでスリムな生産が可能になったわけです。生産技術の人たちは、いろんなことに挑戦したいし、シンプルにしていきたいという思いが強いんです。

石田 GBLは長く使われていますね。もう25年くらいでしょうか。

牟田 はい、長く使われたラインのコンセプトです。新しいものが生まれてこないのが気がかりです。

石田 開発設計と生産技術の連携の重要性についてはいかがでしょうか。

牟田 昔は、試作は開発チームが行っていました。デザインで言うと、海外生産が活発化した際に、現地でも型メンテナンスが出来るようにシンプルな型づくりを目指した時期があります。そうすると生産効率は上がりますが尖ったデザインが生まれない。尖ったデザインを量産ラインでも実現するべく生産技術もチャレンジすることが大事です。要はDesign For ManufacturingとManufacturing For Designを生産技術が入ることでどちらも叶えるわけです。

石田 生産しやすく、商品性も満たすということですね。

牟田 生産技術に携わる人は他社事例もよく見ていて、自分たちが負けていると悔しいんです。そうすると新しい技術や工法にチャレンジして、未来の工法をつくっていきます。ラインを半分にしてしまうとか、あるいはなくしてしまおうとか。そういったテーマをもつといろんなことを調べるようになる。生産技術にはまだできることがたくさんあるんですよ。

石田 今の生産技術の人たちに期待することは?

牟田 上の人は現場に出てこない人も増えていると聞きます。自分がつくったラインが今どうなっているのか、今後どうするのかを考えるべきです。当初の計画台数でつくったラインではなく、汎用的なラインを考えていく時期にきていると思います。

石田 そうですね。汎用化を進めてフレキシブルなラインとして使っていくことが重要ですね。

牟田 型もそうですね。検査して調べて良品とするのではなく、1回目から良品をつくればいい。それが生産技術に求められるし、できるはずなんです。
 ものづくりは、さまざまな仕様を決めて、それでうまく出来上がったときは本当に楽しいんです。しかし、新しいトライアルをするとなると休めない、夜間も仕事が入るということから生産技術を希望する人が減っているとも聞きます。だから平日の昼間にトライアルができるような環境を、各社さんは検討してほしいですね。あとは、上の人たちが面白いテーマを与えることです。自分たちで開発したり試験をしたり、工程を区切って考えたり。生産技術に挑戦は不可欠ですから。

専門領域だけでなく俯瞰で見られる技術者に

石田 原理原則も大切ですが、技術を組み合わせたり、新しい考え方を取り入れたりすることも重要ですね。

牟田 そう思います。私は車両全体の生産技術部門を見ていたことがありますが、「これはどの工程に組み込めばよいか」など構造図を見ながら考えるわけです。ボディ部門、塗装部門、組み立て部門など、自分の工程では引き受けたくない。ところがスルーで見てみると一番効率がよく、コストがかからない工程がわかります。生産技術をマネジメントする側は前後工程がわかっている必要があり、それはつまりサプライヤーのこともわかっているということ。専門領域に加えて幅広い知識があってこそ、レベルの高い生産技術が生まれるということです。

石田 今、サプライチェーンのお話がでましたが、日本は欧米に追いつけない部分がありますよね。工場の効率や精度は高いのですが…。

牟田 おそらく個別最適になってしまって、全体最適になっていないんでしょうね。たとえば欧米はパレットサイズの標準化などを行っていますので、サプライヤーはそれに入れて納品してくれますが、日本はまだそこまでいっていません。いろいろなパレットがあるとトラックの積載効率も悪くなりますから。さらには車両の組み立て順に運んできてくれたらいいですよね。棚が不要になり、そのままラインに流せます。技術者はそういうことも考えていかなければなりません。サプライヤーとも一緒に考えていけたら、日本の物流全体の効率も良くなると思いますよ。サプライチェーンを俯瞰的にスルーで見ることができる技術者が増えてほしいです。

石田 人材育成の課題もありますね。

牟田 いろんな知識やノウハウをどれだけ持っているとか、期待できる人材をどうやって育成すべきかは課題ですね。ものづくりはバーチャルではなく現実世界なので、どうしてもばらつきや誤差など、避けられない課題が生まれます。トヨタ自動車ではDX導入は早く、設備設計の3D化は急速に進みました。しかしバーチャルだけでは難しいことも多く、オフラインでも生産準備を検討できる場づくりが必要です。そういう疑問を持ち、理解しながら生産技術部門で議論を深めてほしいですね。産官学で一緒に取り組むこともできると思います。

石田 テスラの「ギガプレス*」はクルマづくりを変えたと言われていますが、そういう面白いテーマを社内でつくっていくことも大事ですよね。

牟田 そうです。新しい取り組みは技術者にとって非常に興味深い。社内競技会や社内外の大会などを目標に成果を出していくのもいいですね。素材部門でも後工程をどれだけラクにできるかというテーマで、工夫できることはまだまだあると思います。

生産技術は「手の内化」が大切

牟田 最近はサプライヤーで設計した部品が納入されることもあります。そうすると、技術を知らない生産技術者になってしまいます。そうなると、たとえば海外のサプライヤーに指導ができなくなるという課題もでてきます。

石田 生産技術は「手の内化」が大切ということですね。

牟田 そうです。「手の内化」ができないと、海外進出する場合にサプライヤーごと行かなければならなくなる。そうならないためにも、失敗しながらでも自らつくることにこだわってほしいです。

石田 大企業になるほど、手配するだけの「カタログエンジニア」が増えていますからね。

牟田 ちょっと苦言を呈すると、仕様書が書けない人も増えている。どうやってつくっているかわからないエンジニアでは困るはずですよ。そこに興味をもたせてあげることが、経営側には重要だと思います。経営陣も製造現場に足を運び、なぜこの工程が必要なのかなど疑問をもってほしいです。

石田 牟田さんは以前、ショップ軸活動(各工程〈ショップ〉を工場横断で連携し、情報共有などを行う活動・仕組み)をされていましたね。横にらみが大切、という。

牟田 そうそう。昔のトヨタは、工場ごとに「俺流」がいたんです。悩みも似ていて「俺たちはこうしよう」と、各工場がオリジナリティを出してくる。それはいいことなのですが、似たようなことを複数の工場でする必要はないわけです。そこで、工場を横断してテーマごとに技術者を集め、「ショップ軸」として一緒に解決してもらいました。面白かったのが、海外工場も含めて実施したので、海外に行く人もいるわけです。このテーマはアジア地区のマザー工場、これはヨーロッパの工場……というように。そうすると、海外でプレゼンをすることもあり、モチベーションも上がってくるのです。

石田 各工場をまたいだ共通の課題解決はいい取り組みですね。

牟田 技術情報は海外を含めてアンテナを高く張って見ることが重要です。そしてチャレンジと失敗を繰り返す。これが絶対に必要。あと10年もしたら人間も空を飛んでいるかもしれない。絶対にできると信じて進めていくと、できる日がくるのです。

石田 失敗の許容はとても大事だと思いますが、目標管理制度はそれと矛盾しますよね。

牟田 私はたくさん失敗してきましたからね(笑)。やはり管理者の度量の大きさは必要ですよ。若い技術者が「こういうことをやってみたい」と言ったらやらせてあげてください。自分の頭の中には成功の道筋が見えなくても、彼らが見つけるかもしれません。管理者は最後のバックアップだけを考えておけばいい。それが上司の役割です。

石田 あとは大学や研究所の知見を集めて連携することで、新しい技術を生み出すことを楽しんでほしいですね。

マネジメント層は生産技術に働きがいを

石田 生産技術の未来はどうなっていくとお考えでしょうか。

牟田 まずものづくりの未来に目を向けると、日本は資源をもっと有効利用できるはずです。海外から材料を輸入して加工するだけではなく、エネルギーを有効活用すべき部分もあります。ですから技術者はものをつくる技術のことだけでなく、環境まで意識を広げてほしいですね。「環境技術」という視点もよいと思います。
 それから「働きがい」を感じられる現場づくりを。これからの時代はハラスメントがない指導が求められますから、マネジメント層がベクトルをしっかりと示すこと、そしてコミュニケーションは不可欠です。チャレンジしたいときにできる、働きがいのある場づくり、場を与えるということが生産技術の未来には重要です。

石田 何かにチャレンジしたくても、悩んでいる現場は少なくないですよね。生産現場で起こっていることは、問題の解決に追われ、新しいことに挑戦する余裕がない。

牟田 だから技術者は生産現場をもっと知って、PDCAを回していけば新しい発想が必ず生み出されるはずです。期待しています。


※本稿はJMAC発行の『Business Insights』77号からの転載です。

記事内容に関しては、取材時(2024年3月)のものです。

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