リーダーに必要なのは「揺るがぬ信念」だ
~リコーの未来を変えた「構造改革」~
株式会社リコー 代表取締役
会長執行役員 近藤 史朗 氏
株式会社リコーは1936年、理研感光紙株式会社として設立。複合機、ITサービス、カメラなどを中心に世界200ケ国以上で地域に密着した事業活動を展開している。2007年4月、株式会社リコーの社長に就任した近藤史朗氏は、その直後からグローバルな構造改革に着手する。また一方で、長年培ってきた画像事業を核に新たな展開を推進している。その改革のご苦労や新規事業開発の考え方をお伺いした。
内向きの仕事をやめて、外に行きなさい
鈴木:近藤会長はもともと技術者で、御社がアナログ複写機をデジタル複合機へと転換させたときの技術・製品革新の牽引者としてリーダーシップを発揮されてきました。技術者である近藤会長が経営のトップに就任されたときの心境の変化や決意をお聞かせください。
近藤:企業は、利益を上げるためにいろいろな指標を設定し、管理しがちですが管理は最低限にすべきだ、ということが技術者時代の率直な印象でした。
私自身、ひとりの技術者として、そしてその後にデジタル商品開発の総責任者としていくつかの事業部を統括してきた中で身を以て感じていたのは、組織は大きくすればするほど、動かなくなり、効率が悪くなるということです。社内管理のための仕事ばかりが増え、顧客価値を生み出す仕事ができなくなってしまっているということですね。効率よく組織を運営するためには、管理ではなくて随所にリーダーを配置して任せることが大切であると学びました。
この経験から、社長就任前より管理のために膨大なエネルギーが使われ、利益を生まない内向きの仕事ばかりしていることを、なんとかやめさせなければいけないと強く感じていました。実際に私が社長に就任したときの第一のメッセージ「内向きの仕事をやめて、外に行きなさい」には、このような思いが込められているのです。企業はトップの考え方、やり方ひとつでどんどん内を向いてしまうのか、外向きにパワーを出していくのか大きく変わります。まずはトップからのメッセージの発信が非常に大事だと思います。
世界的な景気後退をきっかけに 仕掛け直した構造改革
鈴木:まさに内向き指向の社内を外向きに変えていくという思いを持って社長就任以降様々な活動をされたと思いますが、就任当時の御社の状況はどのようなものだったのでしょうか。
近藤:2007年度は過去最高となる1,800億円を超える営業利益を生み出し、かなり好調でした。しかし、実状は為替に助けられていた部分も大きかったのです。グループの収益を支える新規事業がなかなか育たない状況で、国内外での業績の先行きにも不安があり、内向きの施策で効率をあげようという体質になってしまっていました。
利益水準を維持、向上させていくためには、「今を稼ぐ販売と未来に稼ぐためのマーケティングの立て直し」が喫緊の課題でした。実は社長就任当初から販売をはじめ、開発、生産、本社部門と多岐にわたる構造改革プロジェクトを複数走らせましたが、一見すると従来の水準に比べればかなりの利益が出ている状況ですから、現場はなかなか動かなかったですね。
そこに2008年のリーマン・ブラザーズ社の破綻に端を発する世界金融危機が起こり、その後業績が大きく悪化しました。これは大変なことでしたが、この危機意識を改革のパワーへと変換するのは今しかないとも思いました。ここから、一人ひとりの意識や推進体制を変えて大構造改革を再スタートさせたのです。
グローバルで構造改革 経験を多くの学びに
鈴木:2008年に体制を変えて構造改革を再スタートされたということですが、具体的にはどのような改革をされたのでしょうか。
近藤:グローバルでは販売体制を強化するため、2008年8月に世界最大の事務機器販売会社、米アイコン社を買収しました。米国ではそれまでにも1995年のセービン社を皮切りに、レニエ社、さらには世界中に事業を展開していたIBM社のデジタル印刷事業も買収しました。
買収を繰り返して複数の会社を1つにまとめたため、買収後のマネジメントには大変苦労しましたね。当時の米州極の販売統括会社には多くの組織階層が存在していたため、マネジメントが健全に機能しませんでした。
買収した海外企業のマネジメントや、ITシステムや業務プロセスを統合して効率をあげていくことを考えたとき、やはり現地のことは現地の人間にしっかり任せなければならないと感じました。そこで、当時カナダの販売会社の社長を米州極の販売統括会社のCEOに抜擢しました。先に述べた多階層も随分とスリム化され、マネジメントはスピーディーに機能するようになっています。
アイコン社に関しては、買収後の統合に多くの労力を費やしましたが、リコーグループへの融合によってシナジーが増大し、現在では安定した収益をあげています。一番大切なことは収益力を保てるかということです。いつまでも同じ土俵で同じ戦い方をしていては厳しい価格競争に巻き込まれてしまいます。
こうした買収を通じて、とても多くのことを学びました。
販売担当者の「直行直帰」を推進
鈴木:なるほど、米国での販売体制はそのように強化していったのですね。国内では「販売のリコー」と言われていますが、どのような改革をされたのでしょうか。
近藤:日本は米国に先がけて販売の改革に取組んでいました。当時も強い販売力を維持していたのですが、利益が思うように増加しないという状態が体質化していました。2008年7月には国内に40社以上あった販売会社を7社に統合、さらに2010年7月にその7社を「リコージャパン株式会社」のひとつに統合しました。統合による効果は大きいものの、内部管理の仕組みや業務プロセスが複雑になるといった弊害もありました。
経営の統合のみならず様々な業務プロセスにも手を入れなくてはならないと改革に動き出しました。例えば、「売れる販売担当者ほどお客様のところに行けない」という矛盾した実態が見えてきたのです。それは、業績管理や受発注をはじめとした業務が多く、管理のための内部コストと時間が発生するということです。販売の基本機能は、お客様を訪問し困りごとをお聴きしてその解決策を提案することですから、「利益を生まない仕事はやめなさい」と販売部門の会議などにおいて繰り返し指示しました。そこに集まった販売担当者からは拍手が起こりました。販売の現場ではそれほど困っていたのだと思います。
また、2011年の東日本大震災後の電力不足による節電活動をきっかけに「販売担当者は直行直帰しなさい」とメッセージを出しました。効率化を図ることもありますが、電力が不足しているなかで働き方を変えることは、新たな顧客ニーズへの気付きにもなります。お客様視点での販売活動の強化を目指しました。
こうした改革により、国内の販売も活力を増し、リコージャパンの収益性はかなり改善してきました。
「がんばった人により報いる」人事制度に改革
鈴木:国内外の販売強化のほかにも、人事の改革も行ったと伺っています。具体的にはどのような改革をされたのでしょうか。
近藤:人事システムに手を入れました。従来の上司から部下への期初に設定した目標の達成度合いやその取り組み方に関するフィードバックに加えて、2012年からは、部門全体で調整した最終的な評価ランクも伝える仕組みを作りました。この仕組みにより、上司と部下とのコミュニケーションの中で、今までになかった気づきや、もっと成長しなければならないというマインドが生まれたと思います。
改革では軋轢も生まれましたが、「働いた人に報いる、がんばった人により一層報いる」というシステムにすることで、個人と組織の能力はもっと伸びると思っています。まだ改革は過渡期ですが、社内の研修では、これをチャンスだと思って欲しいし、こんな仕事をしたい、とどんどん手を挙げなさいと伝えています。
グローバルでの競争においては、一人ひとりの能力をさらに高めなければなりません。そのためにも必要な改革だと思います。
コア事業の周辺領域で、新時代のテクノロジーにチャレンジ!
鈴木:これからも世の中はどんどん変化して、仕事のやり方も変わってくると思いますが、新規事業に対する近藤会長の思いや今後の方向性をお聞かせください。
近藤:今手掛けているものの一つは、カメラ技術を応用した事業です。その中でも、FA(ファクトリーオートメーション)と車載に力を入れています。例えば自動車業界では、ドライバーに対する知覚・行動支援を行う機能が標準装備となりつつありますが、私たちもこうしたモジュールを開発し、一部自動車メーカーにおいて採用がはじまっています。リコーグループの技術を活かし、異分野の技術とも融合しながら開発を進めていますが、事業を拡大するチャンスだと思っています。
このほかにも、画像機器開発で培った技術を使って様々な展開をはじめています。例えば、光学、画像処理、センシング技術を応用して、農業やセキュリティ分野での事業機会を探索しています。
また、現在では、ユニファイド・コミュニケーション・システム(UCS)というテレビ会議システムを使って多拠点と連携して仕事ができるようになってきています。これは自分たちで実際に使用しながら商品開発を進めています。私たちが有効性を体験しないと、その良さをお客様に伝えられないですからね。企業は、社会の役に立ち、その存在を認められなければ価値がないことは、言うまでもありません。そういった価値を創り出していくために、「自分たちのコア事業や技術の周辺領域にどんどんチャレンジしていく」ということを基本的な戦略にしています。
また、お客様や社会の役に立つ価値を創造しつづけるためには人と人とが、直接コミュニケーションを取ることで起きる化学反応も非常に大切です。そのためのツールやデバイスも創っていきたいと思っています。世の中は「モノ」から「コト」へと、サービスの利用といった価値へ消費が移行していると言われていますが、「モノ」「コト」両方を理解してこそ新たな創造ができるのだと思います。だから、リコーはさらに「モノ」を強化し、「モノ」「コト」両方を極めていく努力をしています。
ものづくりも経営も「未来起点」が大切
鈴木:これまでずっと改革を続ける中で、様々なご苦労があったと思いますが、近藤会長を牽引してきたもの、一番根底にあるものとは何でしょうか。
近藤:それは仲間ですね。仲間に支えられてきました。社内にも、OB/OGにも、家族にも「がんばれ」と言って私を支えてくれる人がいて、その存在は大きいですね。
最近、みんなに「仕事を楽しめ」とよく話しますが、これは私の今の率直な心境でもあるのです。そして、技術者には「顧客起点、競争優位、ルール変更をスローガンにものづくりをしなさい」とも話します。商品開発をする人は、数年、数10年先の未来のために研究をしているのですから、常に「未来起点で仕事をしなさい、君たちが未来の価値を決めるんだよ」と言っています。私は、経営に一番大事なのは、この10年先、数10年先の未来を見据えた長期視点を持って判断することだと思っています。
リーダーの条件、それは「揺るがぬ信念」
鈴木:最後に、近藤会長から次世代を担うトップ、経営幹部の方へ向けたメッセージをお願いします。
近藤:いつでも「等身大の自分」でいようとすることが大切ですね。そうでないと、誰も自分に対して本当の意見を言ってくれないし、胸襟も開いてくれません。そして、何よりも経営者は「揺るがぬ信念」を持つことです。構造改革は、まさにこの信念がなければ実現できませんでした。信念を持つことで、みんな安心して一緒に仕事をしようという気持ちになってくれますから。
また、「我慢強さ」も必要です。例え話になりますが、私は趣味で野菜を育てていますが、最初は小さな2枚の葉が顔を出します。これを雑草に勝てるまで大切に守ってあげればあとは自分でぐんぐん育って行きます。事業も人材育成も同じだと思います。最初にきちんとリードしてあげれば、あとは自分で伸びていくものです。事業も人も育つには時間が必要です。
次世代のリーダーには、「揺るがぬ信念」と「我慢強さ」、そして「未来起点」を持って自分の信じた道を突き進んで欲しいですね。
【対談を終えて】鈴木 亨のひとこと
経営者は孤独であると言われます。しかし、ひとりでは何もできません。リコーの構造改革を牽引できたのは仲間の支えがあったからだと会長から伺いました。経営者はブレないリーダーシップを持つことが基本であると思います。それと合わせて、人を惹きつける力、支えてくれる仲間を持てる人柄、これもまた経営者にとって重要な要素であると改めて確信しました。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.54からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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