オリエンタル酵母工業株式会社
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真の研究開発を追求する! ~マネジメント改革を通じて、「挑戦」への時間を産み出す~
オリエンタル酵母工業株式会社は、外部環境の変化に伴い、従来のユーザー要請型の開発にプラスして、自主開発、提案型開発の強化が求められていた。日々膨大な量のユーザー要請型開発に応えながら、自主開発の時間を確保するため、体制づくりと合わせて、仕事の仕方、発想の転換が求められた。2012 年から開始した技術KI 活動を通じ、個人やチームはどう変化していったのか、そして開発者の思いを大切にした今後の活動の展望についてお伺いした。
外部環境の変化に伴い「ビガーマーケット」へ
オリエンタル酵母工業株式会社(以下オリエンタル酵母工業)は、1929年日本初の製パン用イーストメーカーとして創立され、イーストをはじめとする各種食品素材の提供から、飼料、さらにバイオ分野へと事業を拡大してきた。原点である「酵母」を事業の核として"技術立社"を目指し、2010年からは株式会社日清製粉グループ本社の事業会社として、人々の生命と健康を支える新たな製品と技術開発に挑戦し続けている。
その事業の柱の一つである食品事業では、2012年から「ビガーマーケット」(製パン市場以外の領域)への販路拡大という戦略施策を掲げその活動を推進している。これまでパンメーカーを主要な顧客としてきた同社だが、人口減少および少子高齢化に伴うマーケットの縮小傾向を受け、既存の製パン市場だけでなく、製菓や周辺の小麦粉を使用する市場や中食、外食市場への製品投入が求められるようになったことがその背景にある。
「ビガーマーケット」の拡大に向け動き出した同社だが、開発現場は日々の業務に追われ、新たな市場拡大に向けた開発に時間を割く余裕がないというジレンマを抱えていた。
その状況を、食品事業本部 研究開発部長 中島亮一氏は「近年は、従来のパンメーカーだけでなく、その先のユーザーであるコンビニエンスストア等流通業の要望を踏まえた開発が急務になってきました。『コンセプト、ベンチマーク、差別化』といった流通業の視点や分析データを求められるようになってきたのです。一方で新たなマーケットに向けた提案型の開発にも力を入れなくてはならないという課題を抱えながら、日々の業務に追われて、現場には新たなテーマ開発をする余裕がありませんでした」と語る。
当時の業務時間比率は、既存のパンメーカーに向けた開発(以下ユーザー要請テーマ)95%に対し、提案のための新たな技術開発(以下自主開発テーマ)は5%という時間しか掛けられていなかった。
「くすぶる開発魂」を抱えた開発者たち
中島氏は「食品メーカーの研究開発部門に入る研究開発者には、『新しいものを開発したい』という思いがあるものです。メンバーの中に"くすぶる思い"があることは感じていました。ですから、大手を振って自主開発テーマに取り組める環境を作りたいと思っていました」と語る。
食品事業本部 研究開発部 食品開発センター(FB)主任奥谷光史氏は「FBはフラワーペーストやバタークリームなどを提供していますが、ユーザー要請テーマは日々膨大な数で、その対応には即日、1~2日とスピードが求められます。今まで積み重ねてきた技術や知識の応用で顧客の要望には応えられますが、開発者としては『自分が開発した』と言えるものを創りだしたい、そういう思いは持っていました。しかし時間が取れないため、どうにかしたい、という気持ちがずっとありました」と当時の思いを語る。
食品事業本部 研究開発部 食品開発センター(MD)主任柳町貴陽氏も「MDはマヨネーズや総菜など主にパン用の具材を提供していますが、ユーザー要請に追われてとにかく皆が忙しく、コミュニケーションがとりづらい環境でした。創りたいアイデアはあるのに、個人で抱え込んでしまって情報共有ができずに、手戻りも多かったですね。皆で相談したり、良い手法や意見を聞くことができないことも課題だと感じていました」と振り返る。食品開発センターでは月間1000件以上のユーザー要請に対応し続けているのだ。
このような現場の状況を変えるため、同社は開発者が自主開発テーマにも時間を掛けられる環境づくりを目指して、2012年12月技術KI ( Knowledge Intensive Staff Innovation Plan ) 活動を開始した。
本活動を支援したJMAC チーフ・コンサルタントの瀬尾真一は、当時の同社の印象について「個人に仕事がついて自己完結しているため、お互いの知識をうまく組み合せることができず、力を出しきれていないところがもったいないと感じました。そして、自主開発を手掛けたいができないというもどかしさも伝わってきました」と振り返る。
自主性を重んじた活動をめざし事務局が背中を押した
活動の開始に辺り中島氏は、「既に全社活動で生産現場と同様の改善活動に取組んでいましたが、生産現場の改善手法は開発現場には馴染まないと感じていました。そのような時に経営層から技術KI活動取組みの打診があったのです。実は20年前食品研究所のメンバーとして技術KI活動に参加した経験があり、活動の骨格は当時から気に入っていました。日々の業務の課題ばらしをして戦略に結びつける活動ですので、これなら開発現場にも受け入れられると感じました。そして定着すれば、長期の研究開発をする骨格や土壌ができるとも思いました」という。
その一方で「長く染みついた短サイクルの開発思考や、体制および彼らの意識を変えるのは難しいのではないかと考えていました。まず仕事のやり方を変えて時間をつくること、そして、長期的開発をどういう視点で進めれば良いか、発想の転換がもとめられると思いました」(中島氏)。最初はモデルケースで進められた本活動だが、やりたいと手を挙げるチームが出てくれるのかという心配が中島氏にはあった。
このとき、事務局として現場とのパイプ役となったのが、技術・研究・品質保証本部 研究統括部課長職 紀平安則氏である。ただでさえ忙しい現場に改善活動を導入すると、「現業が忙しいのにプラスして改善活動?」という意見が出ると考えた紀平氏は、自主性を重んじた活動を推奨したという。「最初に候補に上がったFBのメンバーと何度か話をしましたが、自ら開発した製品を創りだしたいというマインドが伝わってきて、『最初は苦しいけれど、騙されたと思ってやってみませんか』と背中を押しました」という。
FBへの導入後、「この活動を全体に浸透させたい、ここだけで終わらせてはもったいない」と感じた紀平氏は、MDにも活動の良さを肌で感じてもらおうと、「FBの活動風景を見学してみませんか」と声をかけた。実際に見学した柳町氏は「以前FBに在籍していましたが、見学してみると私が在籍していた時と全く仕事のやり方、雰囲気が違うと肌で感じ、自チームでもやってみたいと思いました」と語る。
「こうした改善活動は、やらされ感では成果が出ない」と考えていた紀平氏の行動だった。
自主開発時間が40%に!チームで解決する風土ができた
4人のチームリーダーとして活動に参加した奥谷氏は「メンバーには、元々課題意識や自主開発をやりたいという気持ちがあったので、皆が前向きに取り組んでくれました。最初は進め方がわからず苦労しましたが自分たちでゼロから考え出した製品が世に出ることが増え、非常にやりがいを感じています。開始から1年半で、自主開発の時間が5%から40%に増えました。KI活動の前提はユーザー要請開発の質を下げないことです。活動を通して注力すべき開発のコアの部分が浮き彫りにされ、トータルの時間は削減できましたが、逆に個々のユーザー要請開発の質が上がったという実感があります。メンバーがメリットを感じる活動が継続できると感じました」と語る。活動の停滞期には、軌道修正を繰り返しながら活動を推進したと奥谷氏はいう。
同じくチームリーダーとして参加した柳町氏も「今回の活動には以前から設定され既に開始していた開発テーマを選択しました。今までどのように進めていけばよいかという見通しが曖昧であったこと、また日々の業務に追われることで先延ばしになりがちなテーマでしたが、活動を通して進捗が加速していき、早い段階で変化を実感することができました。最終品のイメージを共有して、初期段階の計画やリソースの配分をしっかり行うことなどが実務を通して学んだことです。悩みや情報の共有もできて、チームで考えるスタイルが定着したことは大きな変化ですし、短いスパンで新製品開発ができるようになったことも成果だと感じています」と。チームのあり方について考えるよい機会になったという柳町氏だが、人の入れ替わりに伴う情報共有のあり方が今後の課題だと次の課題を見据えている。
技術KI活動は、課題ばらしをし、活動計画を共有して、仕事のやり方を変えることで時間をつくりだす。また自主開発では、最終製品のイメージを明確にして、作戦ストーリーを立て具体的な計画に落とし込むというステップで推進した。瀬尾は「日々ミーティングを繰り返すことで、コミュニケーションが良くなって、チームで考える力が付きます。リーダーはメンバーの考えていることを知り、マネジメントを学ぶ機会にもなります。活動には停滞期もありますが、自分たちで気づいて再び動き出し、それを乗り越えた時に大きなレベルアップや成果に繋がります」という。
海外も見据え活動はステップアップしていく
活動中足しげく現場に通った中島氏は今回の活動の成果について、「各チームに一体感が生まれましたね。設備投資などの要望もチーム全員で検討して出してくるんです、なぜ必要なのかという説得力もあり、メンバーの成長を感じます。技術KI活動は、コミュニケーション、マネジメントを学ぶことで人を育てる活動だと理解しています。活動を通して仕事の仕方を変えて、うまく活動をコントロールできるようになり、驚くくらい成長したなと感じる次代の中核メンバーもいます。これだけでも大きな成果だと思っています」と語る。
また、JMACの特徴に関しては「部門にはそれぞれ特性がありますが、その特徴に合わせてカスタマイズしながら活動を推進してくれます。何より押し付けないスタイルがいいですね」(中島氏)。
人の成長を図るのは難しいことだが、瀬尾は「オリエンタル酵母工業の皆さんはポテンシャルが高いですし、活動にとても真摯に取り組まれています。開発者の自主性を尊重して業務遂行できるようにすることが、開発での人材のレベルアップに繋がります」と語る。
今後は、国内のビガーマーケットへと販路を拡大し地固めをする同社だが、さらに海外市場へと販路の拡大も視野に入れている。「海外ではかなりの開発スピードが要求され、より一層の開発力が求められます。ユーザー要請に応え続けてきた開発力をベースに、今回の活動で意識と行動が変わり、長期で開発する考え方とスピードも身に付けました。提案型開発の強化に向けて、自主開発テーマを50%くらいまであげていきたいと考えています」と語る中島氏。
時代のニーズをとらえ、新しい開発に挑戦し続けるオリエンタル酵母工業。同社の挑戦と躍進が楽しみだ。
担当コンサルタントからの一言
自主企画テーマと日常業務の同時設定同時解決
研究開発は、「新」の創出で世の中へ貢献することをミッションとしています。しかし、その実現はそう簡単ではありません。多くの研究開発部門は顧客から多様な依頼を受け、その取り組みにより本来自分達の取り組みたいテーマには手が付けられない状況に陥っています。この状況を打破するには、研究開発の環境創り(見える化、議論、納得、振り返りによる進化)が重要になります。マネージャーには担当技術者と一緒になってこの環境を創り、技術者の「思い」を原動力に革新概念である自主企画テーマと日常業務の同時設定、同時解決を目指すリーダシップが求められます。
瀬尾真一(チーフ・コンサルタント)
※本稿はBusiness Insights Vol.56 からの転載です。
社名・役職名などは取材当時のものです。
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