三菱電機株式会社
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「もう一段高いレベルの成長」を支える人づくり ~顧客視点のものづくりは企業理念の浸透から~
三菱電機株式会社は2004 年に技術研修、経営・ビジネス系研修を統合させ、人事部内に「人材開発センター」を設置した。経営戦略の下、事業強化を担う人材育成を加速するためだ。会社の成長シナリオと人材育成をどうリンクさせるか、時代に合う具体的な育成カリキュラムは何かなどの視点で、全社にまたがる研修の企画・運営を一手に担っている。選抜コア人材の育成、ゼミ形式の技術講座、技能向上ための競技大会など、同センターの活動状況や課題、今後の方針などをお伺いした。
今後の成長には「人づくり」が欠かせない
三菱電機株式会社(以下三菱電機)は、誰もが知る日本を代表する総合電機メーカーで、人工衛星、情報通信、家庭電器、電子デバイス、重電、産業メカトロニクスと幅広い分野で事業を展開している。
「もう一段高いレベルの成長」の実現に向けて、同社では強い事業のさらなる強化、強い事業を核にしたソリューション事業の強化に取り組む活動が始まっており、2020年度までに「連結売上5 兆円以上、営業利益率8%以上」という目標を掲げている。生産の現場でも全プロセスにわたるJIT(Just In Time)改善活動が定着しており、同社の成長戦略を下支えしている。
新たなステージに向けて進み出した同社だが、2001 年度には危機的な状況にあったという。人材開発センター・ものづくり教室長の織田昌雄氏は、「株価が大きく値を下げて、会社の存続が危ぶまれるなか、現場はものすごく忙しかったのです。工場の稼動率を上げるためです。しかし、お客様がついていない製品をつくっていたのです」と語る。
設備・装置を導入して徹夜で稼動率を上げていた現場には、実際には諸々の問題が多発していたという。そこで2003年からはJIT 改善活動を導入して、12 年かけて現場に浸透させてきた。
「JIT 改善活動は企業活動の全プロセスの問題が見える化されるので、改善活動として大きな効果がありました。売上原価率もJIT 改善活動の浸透に合わせてじわりじわりと下がりました。さらに海外拠点の生産性向上にも成果を出しています」(織田氏)。
生産技術畑にいた織田自身は、現場が次第に変わっていくことを感じつつ原価企画やVEなどを担当、さらに将来の技術戦略を企画する中で、「やはり、人材開発・人づくりが大切」との認識から、昨年から人事部の人材開発センターで全社にまたがる研修の企画・運営を担当している。
「ものづくり」プロセスの視点で講座を体系化したい
同社の人材開発センターは本部を尼崎市に置き、関西・神戸・鎌倉の3 拠点に研修センターがある。人材育成の基本施策として「コア人材の選抜育成教育」「ゼミナールによる新人・若手・中堅の仕事力アップ」「全社レベルの技能教育」を掲げている。織田氏はものづくり教室の長として、主に「生産」「技能」に関わる人材育成を担当している。
同センターには、ものづくり教室のほかにも開発、品質・環境、電気、電子、機械、ソフトウェア、ビジネス、営業の多彩な教室があり、三菱電機10 事業本部22 製作所の人材育成に必要な研修メニューが用意されている。
一言で「ものづくり」といっても、その範囲は広い。現職に就いて2 年になる織田氏はものづくりを2 つのプロセスで捉えて、教育体系を整備しようとしていた。
「生産技術を体系的に習得できるJMA(日本能率協会)の公開講座に参加したときの資料をヒントに、自分なりにものづくりを二大ビジネスプロセスに整理してみたのです。すなわち、企画から開発、設計、製造までのエンジニアリング・プロセスと、受注から調達、製造、販売・サービスまでのサプライチェーン・プロセスです」(織田氏)。
このときの研修講師がJMAC シニア・コンサルタントの石田秀夫である。織田氏は「偶然の出会いだった」と語るが、それをきっかけに石田と会って話す機会が何度かあり、「社内の技術講座の整理をJMAC に支援してもらいたい」と思うようになったという。
「以前は、プロセスの流れも、全体もよくわかっていなかったのです。また、時代の要請からもグローバルの視点も付け加えたかった」(織田氏)ということから、石田の支援で今年から「グローバル生産技術」を加えた新しい講座を開講する。
同社の講座はゼミナール形式で、希望者は上司の許可を得れば受講できるようになっている。しかし、数が440 講座もあり、体系化されているとは言いがたかった。JMACは同社のエンジニア、生産技術者へのアンケートや、各製作所の幹部のインタビューをまとめ、問題点を明確して織田氏と議論を重ねて体系化に着手したのである。
「受講者には、やはり2 大プロセスの全体をわかってもらいたいのです。縦割のせいでしょうか、個別の技術はものすごく詳しいけど、前後のことはよくわかっていない人も少なくない。ですから講座を整理することで、受講者が「全体」を把握できて受けやすいものにしたかったのです。数が膨大でしたから体系化・整理すべきところは、JMACに手伝ってもらって、追加すべきこととしてグローバル生産技術などの新しい講座もできました」と織田氏は語る。
石田は体系化のポイントとして、「時代に合わせて、たとえば生産技術としての戦略性(知的財産ほか)やアーキテクチャ論などを取り入れるべきです。また、ものづくりであれば、製品の"生まれ"が大事なので、つくりやすい設計、原価企画、VE(価値工学)などの強化が必要になります」と指摘する一方で、「たしかに440 講座という数は多いですが、その数は人づくりに力を入れているバロメータでもあります。そういう会社は長期業績、持続成長にものすごいポテンシャルを持っている」と評価している。
コア人材の育成カリキュラムの見直しを
三菱電機が「もう一段高いレベルの成長へ」進むための変革を貫いているのが「顧客視点のものづくり」だ。それを牽引するコア人材(選抜)の育成にも力を入れている。
選抜された人は三菱電機イノベーションスクール(MBIS)に「入学」することになる。
織田氏が担当している「ハードウェアものづくりコース(HMC)」は、ものづくりプロセスの全体最適の視点で改善・改革を推進できる中核的技術者・リーダーを育成するコースだ。同社22 製作所と研究所から1 人が選ばれ、今現在23 人が「入学」している。同コースの特徴のひとつが、社内の部長や副センター長が講師を務めることだ。講師自らの苦労や体験談などを交えながらの講義内容は、「スキルよりもマインド重視のコース。はっきり言って、かなり厳しい内容。とおり一遍の生産技術習得コースと思って入学すると、とんでもない目にあう(笑)」という。
事実、5 月から翌年2 月までの10 ヵ月でのべ16 日間の出席が必須だ。問題解決手法やJIT 改善活動、原価低減、VE /標準化なども学ぶが、このほかに会場となっている製作所の製品をどう展開していくか、海外事業をどう展開するか、出身製作所の事業をどのようにして発展させるかを具体的に提言書にまとめるのが大きな特徴だ。閉講1 年後にも成果報告が求められるという、2 年がかりの育成だ。A3 用紙1 枚にまとめる提言書には何度も厳しい「添削指導」が入る。この間、幹部候補生は他のメンバーと交流を持ちつつ、だんだんと幹部としての責任を自覚していく仕組みだ。
「HMC は、かつて社内にあった『工学塾』の流れを汲むもので、すでに12 年経ちます。顧客視点のものづくりのために、まだまだやるべきことがあるはずで、このコースの見直しも検討しています。MBIS そのものの課題抽出やHMC のカリキュラム評価などでJMAC さんと議論してみたいですね」と織田氏。
今後のものづくり教育では、「技術の内容そのものよりも、それを"商売"に引き出すための戦略の部分をどうカリキュラム化するか大事。実施にあたっては、座学タイプではなく、実業務できちんと成果を出す形のカリリュラムの方が人は育つ」という視点からの企画・運営がカギになると石田は指摘する。
全社をあげて技能を大切にする
三菱電機グループは技能水準の向上、技能伝承、技能者育成などを目的に毎年秋に「技能競技大会」を開催、2014年で37 回の開催を迎えた。このときはグループ全体で2,417 人が参加し、最終的に全社大会(10 職種)まで勝ち進んだのは112 人。各製作所を代表する技能の達人たちが競い合う大会である。
同社の大会への「本気度」はかなりのもの。選手とコーチは3 ヵ月も仕事から離れて、競技に向けた「訓練」に専念するのだ。大会の会長には社長が就任し、トップの技能を守り育てていく意志が表れている。「老舗の大手企業でもなかなかここまではやれないレベル」(石田)なのだ。
織田氏自身は設備設計を担当していた新人のころ、組立の技能者から「こういう設計では組み立てられない」とたびたび指摘されることがあり、エンジニアとしてかなり鍛えられたという。また、リサイクル事業ではフロン回収率を業界トップにできたのは技能者の貢献が大きかったと振り返る。こうした経験は織田氏だけではなく、同社の多くのエンジニアや監督者にもあり、それが全社的な「技能者」へのオマージュとなって、技能大会を支えているのだろう。トップも現場も「技能」とそれを担う人を真に尊敬している表れだ。
また、大会は選手だけでなく、各製作所の現場の育成にも効果をもたらしている。運営委員長として大会の表舞台も裏舞台も知る織田氏は、「もっとも仕事のできる技能者が選手で仕事から離れてしまうので、残された現場はその「穴埋め」をしなければなりません。そこで仕事の仕組みを工夫したり、技能の3 番手4 番手が力をつけ成長するのです」という。
個人のスキルアップが周囲も成長させる
確かにエース級が仕事からから抜けると、残された現場はつらい。技能大会に限らず、HMC の選抜でも課長前のもっとも実務ができる人材が職場から離れることになる。「どちらも職場はすごく困るはずです。でも、それをクリアすべく工夫するのは、選抜された人を応援する気持ちが育っているから」と織田氏は見ている。「HMC では生徒は何度も「ダメ出し」をくらいます。技能大会も3 ヵ月の長丁場です。精神的にも肉体的にも相当のレジリエンス(耐久力)が必要で、そのがんばりが職場で見えているからこそ、自分たちも何とかしなければと考えるようになるのです」と現場の底力を評価している。
織田氏は個人のスキルアップが周囲に良い影響を与える実例を目にし、「単に個人を教えて育てるということだけでなく、個人の成長プロセスが実は周りも巻き込んで、職場も成長していくことが人材育成の醍醐味」と、人づくりが職場、会社を成長させる原動力であること実感しつつ、これからの三菱電機を支える人づくりの「あるべき姿」の模索に余念がない。
三菱電機の企業理念があってこその顧客視点
織田氏が今後もっとも関心を持って力を入れていきたいのが「理念教育」だ。「とくに技能系の新人です。何のための技能か?を企業理念にそって理解してもらいたいのです。たとえば、当社の社会貢献という大きな目的があります。そのための自身の目的、技能者としての誇りや価値観はしっかりと持つようにと伝えています」と語る。技能系は各製作所の採用のため、トップから直接企業理念などの話を聞く機会が少ないため、合同訓練の場などで積極的に伝えていきたいという。
「顧客視点のものづくりは、まだまだこれから。なぜ顧客視点か?の答えは、やはり理念にあるわけです。三菱電機の社員は、社会貢献のために集っていること、そのための顧客視点であり、そのための利益確保であるなどを、きちんとした形で教育する機会がほしいのです」と語る。
一方で現場が直面している課題にも目を向ける。現在、監督者・班長も多様化しているという。「10 人の班もあれば、80 人の班もありますし、若い班長もいます。80 人が何を考えているか把握するのがむずかしい」という監督者の悩みに応えるべく、監督者向け教育を体系化して、かつグローバルにも適用できるようにしたいという。
グローバルを視野に入れた今後の教育のあり方のポイントとして、石田も「やはり理念、つまりウェイ・マネジメントです。グローバルで業績の良い企業はそこがしっかりしています。そして教育の標準化、抜きん出る人の選抜、この仕組みをうまく構築することです」とまず理念の重要性を説く。
「もう一段高いレベルの成長」に邁進する三菱電機。その成長を支え続ける中核人材は、今まさに成長過程にある。「顧客視点のものづくり」の実現は、決して遠い未来のことではない。
担当コンサルタントからの一言
「思い・知恵・ウデ」をレベルアップする
さまざまな製造業を見ていると、良い会社は当然のように人財のレベルが高いことが共通点です。その人財のレベルとは「思いがある+知恵がある+ウデがある」の3つ。「思い」とは会社の価値観の共有や帰属意識・レジリエンスなどのマインドを高めること、「知恵」は考え抜く力、そして製造業なので設計にしても製造にしても「スキル(=ウデ)」が必要です。これらの継続的向上が企業成長を決めると同時に、人財育成は会社・経営者の重要な投資業務だと確信します。
石田秀夫(シニア・コンサルタント)
※本稿はBusiness Insights Vol.58 からの転載です。
社名・役職名などは取材当時のものです。
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