飯野海運株式会社
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“人”が変われば“組織”が変わる 人材マネジメント改革で組織力強化を目指す 〜コミュニケーションの充実で、モチベーションが上がる! マネジメントが変わる!〜
飯野海運は2013年、「競争力ある筋肉質な会社」を目指し、人材マネジメント改革をスタートさせた。キーワードは"組織力強化"。しかし、一連の検討の中で浮き彫りになったのは、社内のコミュニケーション不足だった。この解消策として行われたのが、コミュニケーション強化活動「イイノパワーアップミーティング(IPM)」だ。"お互いに立ち入らない"クールな関係を築いてきた社員たちが、IPMでどのように変わっていったのか。その活動の軌跡と今後の展望をお聞きした。
人事制度のアップデートで"今ある課題"に向き合い、解決する
飯野海運は1899年(明治32年)に創業し、海運事業、不動産事業を二本柱とする海運会社として100年以上の歴史を持つ。海運事業では資源・エネルギー輸送に特化し、ケミカルタンカー事業では中東--極東航路でトップクラスのシェアを誇る。一方、不動産事業では東京都心部に6棟のオフィスビルを所有し、飯野ビルディング内にはイイノホールを併設、広尾と南青山ではフォトスタジオを運営している。
「今回の人材マネジメント改革は、『人事制度の見直し』をきっかけに始まりました」と話すのは、改革の推進役として事務局を担った井上智広氏(人事部 人事課/研修課 課長)だ。「当時の人事制度は10年前につくられたもので、時代に合わなくなっていました。そこで、新しい人事制度につくり直すことにしたのですが、これを機に人材マネジメントを強化して組織を活性化し、『競争力ある筋肉質な会社』を目指していこうと考えました」と語る。
そして、制度改定のポイントは「新しい評価制度」と「人材育成の体系づくり」にあったといい、「当時、90年代中盤から2000年代前半まで断続的に定期採用を控えていた影響が出始め、これから核となる30代後半から40代前半の人材が少なくなっていました。それを人的・質的にカバーするためには若手登用を含めた人材育成が重要ですが、ほとんどの社員の人事評価がB、B+という平均値に集中していたため、"登用すべき社員をきちんと洗い出せる"評価制度をつくるとともに、教育研修制度を整えることが必要でした」と述べる。
その中で、外部の支援を受けようと外資を含めいくつかのコンサルティング会社に相談したが、話した印象と提案書の内容でJMACに決めたのだという。井上氏は「JMACは国内コンサルティングファームの草分けだけあって、われわれのような古くからある日本企業への理解も深く、そのうえで行う制度設計や運用定着の支援に非常に長けていると感じました。また、提案書の分析が非常に的を射ていて、当社の問題点やそれに対する対策がとてもよく練られていたところもよかった」と説明する。
こうして2013年7月、飯野海運はJMACをパートナーとして人事制度改革をスタートした。
人事部 人事課/研修課 課長
井上 智広 氏
人事制度に"理念"を込める すべてはここから始まった
プロジェクトをスタートして最初に手掛けたのは、「人事制度の改定」と「人材育成の体系づくり」だ。
既存の『人事制度ハンドブック』の内容をすべて見直すことを目標に置き、検討を重ねていった。井上氏は「このとき重視したのは、制度の基本的な考え方となる"理念"です。まず、経営層をはじめに管理職・担当者層に至るまで広く社内ヒアリングを行いました。そこから『前向き挑戦的行動が行われている人材・組織』という"目指したい組織"の姿を明らかにしました。さらに目指したい組織実現のための"求める行動規範""求める人材マネジメント"を導き出し、これらに沿う制度を構築していきました。人材育成の体系づくりの元となる人材像もこの理念から導き出しました」と説明する。新しい人事制度に込められたこの理念は、今も一番の礎となっているという。
併せてハンドブックも改訂したが、より人材マネジメントに重点を置く内容となったことから、名前も『人材マネジメントハンドブック』に改称した。
人事制度の改定後は、「新しい評価制度」の運用開始に向けての研修がスタート。新しい評価制度では、人材育成を適切に行うためにメリハリのある評価を目指す一方で、評価者によって評価にバラツキが出ないよう"評価の目線合わせ"が必要となる。モデルケースを用いたり、実在者をモデルに評価を行うリアリティのある実習を繰り返したりして、評価レベルアップを目指している。また、成果評価の拠り所となる目標設定については、部署単位で上司と部下が議論をしながら行う場も設けた。
一般職と若手総合職に対しては、求める人材像に基づき「問題解決スキル研修」や「ビジネススキル研修」を実施していった。社内研修の場がこれまでほとんどなく、業務との兼ね合いが難しい面もあるが、参加者には良い刺激となっているようだ。
組織力強化の第一歩は「もっとお互いを知ること」だ
2015年度には、新評価制度をスタートするとともに、社内のコミュニケーション強化活動「イイノパワーアップミーティング(IPM)」を企画・実施した。その理由について井上氏は「当社は個人で独立して行う仕事が多く、お互いにあまり立ち入らないため人間関係が希薄になりがちです。自組織の力を最大限に発揮するには人間関係が良くなければいけませんから、もっとお互いのことを知るための"情報交換の場"が必要だと考えました」と説明する。
このとき、人事部は参加部署を公募する一方で、自ら率先してIPMへの取組みを始めた。井上氏は「人事部の場合、8割が一般職の女性です。IPMを通して"全員で同じ方向に向かっている"という意識を共有できれば、彼女たちももっと仕事が楽しくなるし、やりがいも出るのではないかと考え、あえて人事部が主導しました」と説明する。
IPMでは、仲間の新たな一面を知り、もう一歩踏み込んだ関係をつくるために「ワタコン」と「from to」を行う。「私、実はこんな人です」という自己紹介(ワタコン)を行い、その後、お互いの「良いところ・今後に期待するところ」を付せん紙に書いて模造紙に貼っていく(from to)。模造紙には縦と横に同じ名前を書いたマトリクス表をつくり、全員で内容を共有する。
井上氏は「ワタコンでは、長年同じ組織にいるのに初めて聞く話ばかりで、コミュニケーション不足を実感しました。人間関係を良くする入口としては、こんなにぴったりな活動はないと思いますね。from toで、普段気づかないことをお互いに指摘し合えたのも良かった」と振り返る。
ちょうど自身が人事部に着任してきたころに、ワタコンとfrom toを体験した前田信久氏(人事部 人事課 課長補佐)は「東京の職場はワンフロアなので、異動前からみんなの顔と名前は知っていて『お互いに改めて話すこともないよね』という感じだっただけに、新鮮でした」と語る。
人事部におけるIPMの成果について井上氏は「まず、私自身の仕事分担に対する姿勢がはっきり変わりました。お互いのことを知って人事部の仕事を共有することで、非常に仕事を頼みやすくなりましたし、一般職のみなさんには希望を聞いたうえでより高度な仕事を積極的に任せるようになりました」とコミュニケーション強化が一般職のやりがいや自身のマネジメントの変化につながったと実感を語る。
人事部 人事課 課長補佐
前田 信久 氏
マネジャーIPMで横展開 悩みを共有できる"場"をつくる
現在では、職場単位のみならず階層別でもIPMを展開し、会社全体での取組みを推進している。
まず活動のキーマンとなる課長層から始めたが、井上氏はその背景を「新しい人事制度では、課長のマネジメント力がより重視されるようになりました。物理的・精神的な負担感が増す中で、課長同士が組織を超えて悩みごとを共有できる場が必要だと考えました」と語る。
IPMは1回10名程度、1泊2日の合宿形式で行われた。飯野海運で最後に宿泊研修が行われたのがいつだったか誰も思い出せないほど久々の取組みだったが、「忙しいマネジャー層を2日間拘束するには合宿のほうが効率的」と考え、調整を重ねて実現した。
「IPMでは時間をかけてワタコンを行い、そこで打ち解けてから会社の将来像について全員で語り合いました。じっくりと本音ベースで前向きなコミュニケーションができたと感じています。次は、新たな試みとして部長クラスのIPM宿泊研修を実施する予定です」(井上氏)とさらなる展開を目指している。
重要なのは"腹落ち" ルールの前にまず人の心ありき
2013年7月にスタートして以来、人事制度の改定、新たな評価制度の運用、IPMと順調に進んできたかに見えるが、現場からの抵抗感もないわけではなかった。
井上氏は「制度が変わると、どうしても違和感はあるものです。しかし、それは何か考えがあるからこそ生じるものですから、抑え込むのではなく、話し合いなどを通じて"制度への理解"を進めていくことが大切です。制度が変わったことをきっかけに、常に考えてくれる人が1人でも2人でも増えてくれることを期待していますし、それこそが制度の定着や組織活性化には重要だと考えています」と語る。
また、「制度をつくると微に入り細に入りルールに意識が行きがちですが、その前に制度の考え方を理解してもらうことが大切なはずです。重要なのは、制度を使う人が本当に"腹落ち"しているかどうかです」といい、「さらに人が変わらなければ組織は変わりません。組織を変えていくためには、まず"人の意識の問題"をクリアする必要があるのです」とも語る。
今、そういった点で一番難しいと感じているのは"評価の目線合わせ"だといい、「お互いが自分の基準をすり合わせていくのは容易ではなく、今もなお課題として残っています。しかし、制度の目的である適正な人材育成のためには重要な部分ですから、これからも繰り返し継続的に行っていきたいと考えています」と述べる。
想いをひとつにして ともに飯野海運の未来をつくる
今回の人事制度改革では「"人間関係の質"が最終的には"仕事の質"につながる」ということを強く認識したという井上氏。それはJMACとの関係においても同じだったと振り返り、「JMACのみなさんが非常に明るいので、人事制度を変えていくというプレッシャーの中でも朗らかな気持ちで仕事を進めることができたのは大きかったですね。時には共通の趣味の話をすることもあり、プライベートな部分でも良好な関係を築けたことは、プロジェクトを進めるうえでもプラスになっていると思います」と語る。そして「JMACには、人事制度の改定から運用・定着、研修に至るまで一貫して支援していただいていますが、これからも現場目線でのコンサルティングを進めていただきたいですね」と期待を寄せる。
最後に井上氏は「今回の改革は、活性化活動や合宿討議など、これまでの飯野海運では考えられなかった目新しいことばかりでした。ただ、今後これは実績として残りますので、人事制度に対する考え方や、より真剣に取り組んでいかなければならないことが伝わったような気がします。次は部長のIPM宿泊研修を行いますが、そのあとは課長より前の若い層にも広げていきたいと思っています。制度のためにも共通の想いが必要なので、調整しながら実現していきたいですね」と活動への想いと今後の展望を語る。
「筋肉質な会社」を目指すためには、まず「人間の心の問題」をクリアする――人事制度改革における飯野海運の信念は今、大きなうねりとなって成果を出し始めている。
改革で職場の意識はどう変わったのか?
人材マネジメント改革は実際の職場にどのような効果をもたらしたのか。ケミカル船第一部のお二人にお聞きした。
宗村 健弘 氏(ケミカル船第一部 ケミカル・石油製品船課 課長)
人事制度が変わった当初は、「少人数で家庭的な会社なので、あまり評価に差をつけないほうがいいのではないか」という思いもありました。しかし今では、人事制度改革を実施してよかったと感じています。評価者としての意識も高くなりましたし、IPMで普段のコミュニケーションが活発になったので、フィードバック面談では本人にコメントを伝えやすくなりました。評価を受ける側も意識を高く持っていますから、それを次のパフォーマンスに生かしてレベルアップしています。IPMで培ったコミュニケーションの良さが組織活性化につながっている実感がありますので、今後もさらにその部分を伸ばしていきたいですね。ワタコンは、お互いを理解し合う手段としては非常に有効ですから、今後、課に新しい人を迎えたときにはまずワタコンから始めたいと思っています。
酒井 あや子 氏(ケミカル船第一部 ケミカル・石油製品船課)
IPMを始めてからは、他部署の人たちに「課の雰囲気がいいね」とよく言われるようになりました。ワタコンと同時進行で「今、どのような仕事をしていて、何が大変か」を説明して苦労を分かち合い、仕事内容の共有もできたので、その後は協力して仕事を進めることが増えました。from toでは、普段はなかなか言えない「良い点、今後期待する点」をお互いに発表するので、褒められたときにはうれしいですし、悩みを抱えていそうな若手社員には「自信を持ってください」と伝えてあげることができたのもよかったですね。また、各種研修は他部署の人たちと話し合いながら進めるので、多角的な視点を持てるようになったり、同僚の新たな魅力を発見することができたりと意義深いものでした。改革を通して、仕事の質やモチベーションの向上に変化をもたらしたと感じていますので、これからも飯野海運の一員として、積極的に取り組んでいきたいと思います。
担当コンサルタントからの一言
人材マネジメント改革は多面的に粘り強くじっくりと
人事制度改革は会社が社員に求める姿の実現を促すために行いますが、制度改革だけで実現するものではありません。現場に対する経営からの行動改革の働きかけが必須です。飯野海運様はこの取組みをじっくりと時間をかけてでも進めていくという意思決定をされ、粘り強く改革を進めておられます。本文で触れていた部長層によるIPMも実施されました。参加者はいつのまにか薄れていた"飯野イズム"を再認識し、飯野らしさの追求の機運も高まりました。今後はIPMを行動改革推進の場としても活用しようとされていて、意識改革だけでなく実の成果獲得につながるものと期待しています。
チーフ・コンサルタント 伊藤 冬樹
※本稿はBusiness Insights Vol.64からの転載です。
社名・役職名などは取材当時のものです。
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人事制度の改革では、"経営課題の実現を後押しするための人事制度"という位置づけを明確にしたうえで、"現場"の実態をしっかりと踏まえて制度設計に反映していきます。また、「○○主義」や「○○システム」のようなコンセプトや手法ありきではなく、クライアントとの議論を十分にしながらオーダーメイドで制度を設計します。そして、制度設計の後の運用を特に重視し、人事制度をマネジメントツール・セルフマネジメントツールとして活用できるようにしていきます。 組織活性化の手法・テクニックを覚えても「課題解決」はできません。現場・現物・現実を見る目と、「思考プロセス」・「ものの見方・考え方」を体験から身に着けることが重要であると考えています。コンサルタントが、経営課題を解決していく体験知から蓄積・検証されたノウハウをベースにして、プログラムとして提供しています。お客様の育成課題に応じて事例や体験学習を重視した構成でコンサルティングを企画いたします。