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現状打破にチャレンジ! ヒヤヒヤな気持ちで始まったMFCA導入

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日本化薬・福山工場

マテリアルフローコスト会計(Material Flow Cost Accounting、略してMFCA)は、ドイツで開発された環境管理会計手法のひとつで、資源効率と経済効率の両立を図ることを目的としている。JMACは2004年から10年近く経済産業省の委託事業としてMFCAの開発・普及活動を行ってきた。それがひとつの契機となって現在もその研究と企業への導入、普及が進んでいる。その特徴は、お客さまに届ける「正の製品」と廃棄物などの「負の製品」の2つ製品をつくっていると考え、それぞれの原価を分けて算出することにある。従来の製造原価では製品あたりの原価としてまとめて算定されていたため、MFCAの導入で「負の製品」の製造原価の金額の大きさに驚くことが多いという。東京都千代田区に本社を置く総合化学メーカーの日本化薬では、高いレベルの環境目標達成を求められる中、新たな手法としてMFCAの導入を決めた。

日本化薬の課題

MFCA導入/環境目標の実現/生産工程の効率化/脱固定概念

効率化をやり尽くしたら、残るは生産ラインの本丸のみ

日本化薬がMFCA導入を決めたきっかけを同社環境安全推進部部長・加藤芳則さんが振り返る。

「省エネ活動では、生産工程には手を付けないというのが不文律です。では、どうやって活動を進めるのか。生産に直接関わりのないユーティリティ設備の効率化などをやっていくわけです。当社では2020年までの中期環境目標があって、それは達成できたのですが、『いよいよ、わが社のエネルギーの効率化はやり尽くした』という話になった。でも2030年に向けて新たな環境目標をつくらないといけない。削減の術がないのにどうすればよいのか。『もう本丸の生産工程に手をつけなければいけない』と悩んでいるときにMFCAという良い方法があるぞって」

通常のMFCAはマテリアルのロスに着目しロス削減を促す手法だが、2030年のCO2削減目標にダイレクトにつなげるために、マテリアルに加えてエネルギーを組み合わせた新しいMFCAの提案をJMACから受け、「これだ!」と。

とはいえ生産工程にメスを入れることは、どこの企業でもハードルが高い。技術者のプライドにも関わることで、いかにMFCAに関心を持ったとしても簡単に試すわけにはいかない。技術者に配慮して緻密に進める必要がある。技術畑育ちで、中国の事業所の工場長も務めたことがある加藤さんは、そのことをよくわかっていた。

「工程に手を付けたくないという心理はどの技術者のマインドにもあります。それと効率化によって品質が落ちるかもしれない、工程が変わると変更の認定も受けなければいけない。ただでさえ工場の技術者が減ってきているなかで通常業務も忙しいのに、そんなことまでやれるかって。そこが重くのしかかっていました」

現場の理解だけでなく、経営者層に対する説得も必要だった。
「環境面だけで訴えると、そんなに予算をかけるのかと理解が得られない可能性がある。MFCAを導入するとコスト減に繋がりますよ、と環境面と営利面の両方で理解 を求めました。たしか5000万~9000万円ぐらいコスト減になるって、風呂敷を広げたかな(笑)」

そんな経緯があって2018年、日本化薬初のMFCAプロジェクトが福山工場で開始されることになる。
JMACのコンサルタント・山田朗と増田さやかがプロジェクトに加わり、加藤さんは現場とJMACとの調整役として本社からサポートすることになる。いよいよ福山工場でプロジェクトが始まる。加藤さんの心中は複雑だった。
「MFCAの話って喧嘩を売りに行くようなもの。この工程はどうなっているんだとタンカ切るのと同じなんです。相手の技術者の顔をつぶす面もある。ヒヤヒヤして見守っていましたよ」

では、初めてのMFCA導入の現場となった福山工場ではどうだったのか。現場の様子を聞きに福山工場を訪ねてみた。福山工場工場長・小林修一さん、エネルギー検討リーダーの施設部施設担当設計チームリーダー・本田高大さん、マテリアル検討リーダーの技術部第3開発担当主管・浦野人さんが迎えてくれた。

 小林工場長は2018年当時、同工場の施設部長という立場(設備の新規導入・更新、エネルギー管理)でMFCA導入に関わった。

福山工場工場長・小林修一さん

▲福山工場工場長・小林修一さん

「当時の状況は省エネ活動として主要ユーティリティ設備や蒸気配管改善を行い、目につく省エネはすべて実施済み、今後の進め方で悩んでいた時期でした。それに私はエネルギー管理側の人間だから、生産工程に関しては知見がない状態でした」

MFCAの概要はJMACのコンサルタント・増田からも説明を受けた。
「最初の感想は、新しい方法だなって。ただ概要の説明を聞いても、そのとおり、ごもっともでございます、というぐらいの印象でした。当たり前のことじゃないのって。それでも計算すると確かに説明どおりになるということはわかった。だったら先入観をもたずにやってみて、これでよい結果が出ればラッキーじゃないか。私はそんな気持ちでスタートしたのです」

プロジェクトが始まって小林さんが取り組んだのは、大きく分けて以下の4つ。

  1. MFCA導入プロジェクト担当者の他業務の調整
  2. 導入期間中の他部署との協力体制づくり
  3. 導入後の体制づくり(MFCAを仕事として取り込んで以降の継続)
  4. 自身が本社生産技術部に異動した後に、事業所への導入メリット説明、導入サポートやフォローアップ、経営層への説明

「最初の3つはあまりたいへんではなかったかな。いわゆる部長の仕事ですから。エネルギー側の本田は私の直接の部下だったので、私が仕事として与えればいい。ただ、マテリアル側の浦野は直接の部下じゃないので、彼の上司たちと仕事の調整は必要でした。MFCAだけを切り取って仕事をさせてしまうと(浦野さんが)浮いてしまうので、既存の会議体の中で報告をさせたりして、配慮はしました。振り返るとよくついてきてくれたと思うし、良い部下に恵まれたなって」

もっとも気を使ったのは経営層への導入メリットの説明だ。
「(環境安全推進部の)加藤は『5000万から9000万ぐらいのコスト回収ができます』とアドバルーンを上げて経営層を説得しました。当然、私はそれをフォローする立場ですが、報告できるほどのきちんとした数字がすぐにはでてこない。すると何かにつけて『あれってどうなったの』ってなるんですね。現場にいれば直接見ればわかることですが、(本社とは)距離が離れているので毎日のようにコンタクトが取れません。それと社長含め経営層は直接見てないから、バイアスがすごくかかります。『なぜ9000万回収できないのか』『なぜさっさと向上しないのか』とか。期待を大きく持たせただけに、現実的にはこういうことをやりますと説明して、理解を求めなければいけない。それはちょっとたいへんでした」

では、現場の検討リーダーはMFCA導入をどのように受け取って、取り組んだのだろうか。まずエネルギー検討リーダーである本田さんに聞いた。

本田高大さん

▲本田高大さん

「JMACにフォローしてもらいながら進めていったわけですが、私の主な役割は大きく3つ。まず改善対象製品・工程のエネルギー消費動向を調査して仮説を設定します。次に対象とする製品や工程のエネルギーベースライン作成とエネルギーを実測することによりエネルギーロスを明確にすること。そしてこれらを基に省エネルギー施策と実施計画を立案しました。 私の場合、最初から仕事の一環としてやっていたので、とくに嫌な気持ちはなくて、改善のネタがいろいろ見つかって逆に楽しかったですね」
本田さんはプロジェクト進行中、次のことを心に秘めて、ことに当たっていたという。

  1. 改善はコンサルタント任せにしないで自分がやる
  2. つくり方の固定観念を捨てる
  3. 常に時間の概念を持つ
  4. できない説明よりやる方法を考えることに労力を注ぐ
  5. いかに自分の仕事に置き換えられるかを意識

この決意には周囲に理解を得られなくても断固としてやるといった強い思いがにじみでている。
「そうですね。工場の中でなにか一緒にプロジェクトをやろうとなったときに、どうしても、これはできませんとか、足並みがそろわないことがある。それはナシにしようって浦野さんと話していました。せっかくコンサルタントが来て、うちもお金払って、私たちはやらせてもらっているのだから、何か見つけようというときに、これはできませんっていう回答はないよねって」

上司の小林さんのサポートも心強かったと振り返る。
「小林さんが各所に話を通してくれたおかげで、ものすごく動きやすかったんです。これをやろうと思ったことを、結構自由にやらせてもらって。スムーズにトントントンって進んでいけました」

もうひとりのマテリアル検討リーダーである浦野さん。

浦野人さん

▲浦野人さん

「MFCAの概要を聞いても普通のコスト試算や原価計算と何が違うんだろうなって思っていましたね。でも、実際にMFCAで工程を見てみると、把握しきれなかった思わぬロスを見出すことができました。数kg単位で原材料のインプット量、製品や廃棄物などのアウトプット量を調査するのはかなり苦労しましたが、ピタリと物量が合ってインとアウトが±0になったときは爽快。結果としては価値のある活動でした」

“かなり苦労した”という調査。その一例として次のようなエピソードを話してくれた。
「工程では簡単に言うと原材料がいろいろなプロセスを経て製品になるわけです。では製品にならなかったものはどこに行きますか? と増田さんたちに聞かれたとき、全部、廃溶媒として捨てていますと答えました。では捨てた量の数値は? という話になったのです。それで調べてみると、実際の廃溶媒の量と標準書の理論値が全然合わない。理論値より廃溶媒が2000kgぐらい多くて、これがどこから入ってきているのか、何度調べても原因がわからない。それである日現場の作業者の方に、なぜ合わないのかなと聞いてみたら『それ、洗った水も入っているからです』とあっさり。えぇ!?水も送っているの? 水も一緒に廃溶媒に送っていたのです。2000kgという数字の正体は水だったのです」

KEY WORD① 2000kg

盲点!? ベテラン技術者も知らなかった謎のインプットの正体は洗浄水

洗浄水

小林さんがハンドルを握り、エネルギーの本田さん、マテリアルの浦野さんという心強い両輪を得て、プロジェクトを走らせていった福山工場。決して平坦な道をドライブしていたわけではなく、困難に直面したことは何度もあった。

「マテリアルの改善は4M変更になる可能性が高く、事業部(営業)が当初は対応に消極的でした。事業部としては、生産工程変更をお客さんに言った瞬間に、その製品は購入したくないと言われることが怖い。生産工程をいじるというのは、それだけ危ないのです。近頃は、SDGs活動やCO2削減の重要性が浸透して、そのためにやっていますというと、一概にNOとは言われないことが増えましたが、それでもやっぱり嫌がるお客さんはいますから。この問題はMFCAを導入する企業には必ずついて回る問題だと思います」(小林さん)

※4M:製品の生産に関わるMan(人)、Machine(機械)、Material(材料)、Method(方法)

KEY WORD② MFCA導入前後の廃棄物処理

MFCA導入前後

プロジェクトを進めて起きた変化とは

「MFCA導入第1弾を終えて、マテリアルとエネルギーの両方でほぼ8割がムダになっているという結果がでました。ロスがあるとは想定していましたが、まさかこれほどとは。私をはじめ関係者一同に強烈なインパクトを与えました。この結果を受け、具体的な取り組みをすることが決定しました」

技術的な検討(ラボ実験→中実験→工場実験)を行い、設備導入(設備詳細設計→予算化→工事)を滞りなく進めるためにMFCAを業務として落とし込むようにした。
「今では、技術部や施設部においては、MFCAは仕事の一部であるという認識はあると思います」

その後もMFCA導入はつづき、現在は第4弾まで行っている
「マテリアルおよびエネルギーの対象製品は基本的に同一製品としています。検討担当者を毎回変えることで、MFCA経験者数を増やすことにしました。担当者は従来の業務と兼務なので、それぞれたいへんだったと思いますが、ノウハウの習得はできたと思っています」

こうしてプロジェクトを推進し、直近の実績を見ると次の結果を得た。

  • マテリアルは2022年度 約8000万円(当初想定約5000万円)のコストダウン見込み
  • エネルギーは2020年度+2021年度 約500万円のコストダウン

苦労は大きな成果となって実を結んだ。とはいえ走り出したプロジェクトはまだゴールを迎えたわけではない。

「ひとまずMFCAを仕事として取り込むことはできたと思っています。ですがこの流れに乗って、今後も推進・継続できる環境を管理職が中心なって工場全体でつくり出せるようにしなくてはいけないし、製造部などの他の部署を今以上に巻き込む必要はあると思います。今後は当社の主要製品にMFCAが展開されていることが理想ですね」(小林さん)

こうした福山工場の実績を足掛かりに、日本化薬は現在5事業所でMFCAを実践。どの事業所でもプロジェクトをやり遂げている。ポジティブな結果を生んだ背景には、それを可能にする技術面の力量をはじめ、工場長や部門長のMFCAプロジェクトに対する取り組み方、さらには本社のサポートが大きく影響している。

MFCAプロジェクトの意図をしっかり伝えて、全体が一丸となって取り組んだことで生まれた結果だといえるだろう。

マテリアル改善実施後のMFCA比較

【参考】上図はMFCA導入後、最初の報告会で上層部に共有した「マテリアル改善実施後のMFCA比較」。数字は見込みの段階だったが出席者にインパクトを与えた。

山田朗・JMACコンサルタント(エネルギー担当)からのひと言

日本化薬のMFCAプロジェクトは脱炭素実現に向けたエネルギーの詳細解析を組み込んだ従来にないMFCAです。化学プロセスという特徴を踏まえて、次のポイントを意識して推進しました。

  1. 生産工程(エネルギー使用側)からエネルギーフローを詳細に捉える(エネルギー供給側のユーティリティ設備でなく)
  2. エネルギーを詳細に計測し、 エネルギー消費構造とロスを定量化する
  3. エネルギー分科会メンバー(施設担当者など)の省エネルギー技術力など育成面を重視する

今回の福山工場が第一弾でしたが、メンバーの本田さん、浦野さんのがんばりで良い成果が出せたおかげで、MFCAプロジェクトはその後厚狭工場、東京工場、鹿島工場、上越工場、そして現在は姫路工場に拡大・展開されています。

われわれが参加する各工場のMFCAプロジェクトは約半年で計画づくりまでを実施しますが、その後それを着実に遂行して成果を出すまでやる切ることができるのが日本化薬の凄さであると感じています。工場、環境推進部、技術部が一体となり経営層を巻き込んだ活動に展開されていることが成功のカギと思います。

増田さやか・JMACコンサルタント(マテリアル担当)からのひと言

化学プロセスの多くは閉鎖配管内で反応が進むので目で見て確認することができません。そのためともすると「標準書にすべてが記載されている」という思い込みが生じる場合があります。

MFCA導入では標準書の理論値を鵜呑みにせず、可能な限り実測値をおさえるように心掛けました。かなりしつこく確認したので、浦野さんは「標準書を見て数値計算すればいいのに、全工程で実際の廃棄物量をきくのはなぜ?」と思ったかもしれません。

心掛けたことの2つ目は工程に投入されるモノ・コト・ヒトを全て統一単位に換算することです。

日本化薬では統一単位として「円」を用いました。統一単位によってコスト構造が明確になり、改善点の特定が容易にできます。また、改善効果もMFCA計算ツールによって数分で試算可能になりました。

日本化薬は改善を常に考える組織風土があり、数多くの改善案が費用対効果試算を待っている状態でした。改善効果を示せずに埋もれていた改善案が見直され、実行に至ったのはMFCA導入による大きな変化であると思います。

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