SECカーボン株式会社
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改善活動においては、時として活動の真の意味が理解されず、なかなか動き出さないメンバーたちに頭を抱える企業も少なくない。SECカーボン・京都工場でも、コスト削減プロジェクトにおいてこれまでに経験のない新たな取組みに戸惑いながらのスタートを切ったが、次第に積極的になり、3年目の現在では自走化が進んでいる。いったい、何がメンバーたちをここまで変えたのか。そして、全社的な取組みを目指す中で、工場で「自分のところは自分でやる」ことが習慣となっていたメンバーたちはどのように変わっていったのか。今回、活動の軌跡と今後の展望を伺った。
コストダウンを徹底し 赤字経営を立て直せ
兵庫県尼崎市に本社を置くSECカーボンは、1934年(昭和9年)の創業以来、一貫して炭素(カーボン)の世界を追究し、その機能を活かして日本の産業の発展に貢献してきた。アルミニウム製錬メーカーの電解炉に用いられるカソードブロック(SK-B)、鉄鋼メーカーの電気製鋼炉に用いられる人造黒鉛電極、半導体や宇宙航空分野をはじめとした先端技術を支える特殊炭素製品など、独自の技術、生産体制から生まれる高機能製品は、現在では国内のみならず海外でも高い評価を受けている。
今回、取材で訪れた京都府福知山市の京都工場は、50万平方メートルの敷地を有し、世界トップクラスの一貫生産工場である。1974年の竣工以来、盤石の体制で国内外への製品供給を行ってきた。しかし、3年前に市場の需給バランスが崩れて生産量が激減してからは、赤字経営を余儀なくされてきた。
同社は厳しい経営環境のもとで、経営の立て直しを図るべく外部機関の支援を受けることを決断した。当時、京都工場長として本活動を導入し、その後2018年5月に代表取締役社長に就任した中島耕氏は、「国内外の同業他社と戦っていくためのコスト削減は従来から行っていましたが、それは自分たちのやり方の延長線上でしかなかった。ですから、今度はコンサルタント会社に入ってもらい、違う切り口で取組みをしたかったのです」と語る。また、どちらかというと保守的な職場環境だったため、「新しいことに自ら取り組むパワーを養ってほしい」という想いもあり、部門を超えた組織横断的なプロジェクトという方法をとることにしたという。
SECカーボン株式会社
代表取締役社長 中島 耕 氏
コンサルタントの選定にあたっては、数社から提案を受けて比較検討した。選定に関わった岩井清一氏(執行役員 経営企画室長)はJMACを選んだ理由について、「JMACは実績がとても豊富で、提案内容もわれわれ製造業に一番フィットしていました。Q(品質)・C(コスト)・D(納期)を基本に、製造業がどう体質改善し、コスト削減をしていけばよいのかを提案してくださったので、経営陣の理解も得やすかった」と述べる。
こうして2015年8月、SECカーボンはJMACをパートナーとして、コスト削減に向けた新たな取組みへと踏み出した。
「またやるの?」逆風の中のスタート
プロジェクトのスタートにあたり、まず行ったのは「工場診断」だ。現状を分析し、あるべき姿との差異を「削減余地(ロス)」として導き出す。現場測定やヒアリングなどを通じて現状を分析した結果、約5億円のコスト削減が可能と見込まれた。実際の活動では、購買、保全、電力など、コストダウンの切り口ごとに6つのチームを編成し、チームリーダーが中心となって進めていくことにした。
こうして本格スタートしたプロジェクトであったが、メンバーはみな、「『またやるの?』という面もあった」と語るのは泉司氏(執行役員 京都工場 技師長)だ。ちょうどそのころは、コスト削減のほかにも複数のプロジェクトが動き始めた時期で、活動を掛け持ちしているメンバーが多かったのだ。そのうえ、工場では工程ごとに仕事が決まっていることから「自分のところは自分でやる」という慣習が根付いており、組織横断的な活動にはなじみにくいという背景もあった。
しかし、スタートから3年目に入った今では、メンバーの意識と行動は大きく変わり、着実に成果を出し続けている。当初打ち立てた社内目標の「2年間で3億円のコストダウン」はすでに達成し、現在は新たな目標に向かって邁進しているところだ。逆風の中で始まったこのプロジェクトは、いったいどのような経緯でここまで大きな変化を遂げたのであろうか。
「他人ごと」から「自分ごと」へ 納得感が人を動かす
活動が軌道に乗るきっかけとなったのが、チーム同士の「相互刺激」だ。先陣を切ったのは購買コストダウンチームで、ここでは主に工場で使う消耗品や工具を調達している。それまでは1社購買だったが、2社購買にして競争購買を行い、購買価格の低減に成功した。1社購買の時代には要求仕様書を作成していなかったため、メンバーたちはその作成方法を習得し、競争購買に臨んだ。当初、新たな取組みに戸惑いのあったメンバーたちは、成果が目に見えるようになってからは積極的に取り組んでいった。
その様子を見て次に動き出したのは、保全チームだ。それまでは設備の修繕を外注していたが、内製化を進めて修繕費の低減に成功した。当初は工作や溶接などのスキルを持つメンバーが自分の職場の設備を修繕していたが、2年目に入るころには、そのスキルを駆使して自分の職場以外の設備も修繕するようになっていった。
この間のメンバーの変化について泉氏は、「最初はみんなバラバラで動いていましたが、集まって半年ぐらいやっていると少しずつ成果が出始めたので、活動に対する理解が徐々に深まり『みんなで協力してやっていこう』という雰囲気になっていきました」と振り返る。
JMACのコンサルタント吉川太清は、「最初はなかなかメンバーが動いていない状態があったのですが、中島社長の説得で活動の真の意味を理解したメンバーが動き出すと他のメンバーも動き出し、成果が出てよく回るようになりました」と振り返る。
こうして、「他人ごと」のように捉えられてなかなか軌道に乗らなかった活動は、「自分ごと」としての活動に変化し、さらにはチームで力を合わせて成果を出すまでになった。
全社で活動を共有し、部分最適から全体最適へ
プロジェクトは、従前より注力してきた電力費低減の活動も加速した。炭素質の黒鉛化の過程では2000℃以上の熱処理を要するが、SECカーボンでは焼成品に直接通電するジュール加熱の方法を採用し、3000℃近くまで温度を上げている。これにかかる電力費は膨大かつ製品原価に占める割合が大きいため、その低減はコスト削減に直結する。
プロジェクトの中では、より短時間で通電できる送電方法を開発したり、電気料金の安い夜間帯で集中的に稼働したりして、試行錯誤の末に大幅なコスト削減を実現した。工場長の田畑洋氏(執行役員 京都工場長)は、「黒鉛化電力の削減については、以前より技術委員会が地道に取り組んできました。しかし今回、プロジェクトの中の1つのテーマとして取り組んだことで意識が切り替わり、活動を加速できたと感じています。改善には多角的な視点を要するため、そこが難しいところでもありますが、大きな成果が出たときには達成感がありますね」と語る。
こうして、プロジェクトを通して人と組織が変わり、技術面での成果をも生み出していった。また、最初こそ組織横断的な活動に慣れないところがあったが、次第に「全社的な動きとはこういうものなんだな」と理解し始めてからは、急速に自律化が進んでいったという。
この全社的な活動を盛り上げたのが、事務局(経営企画室)が発行する機関紙だ。プロジェクトに関わっている人々に全員参加でプロジェクトの成り立ちや活動内容をまとめてもらい、これにあわせて社長や工場長のコメントも掲載している。その目的は、社内での情報共有はもちろんのこと、メンバーの活躍する姿を家族に届けるところにもある。機関紙を自宅に持ち帰り、家族から「がんばっているね!」と言ってもらえることが何よりの喜びであり、一番のモチベーションになるとの考えからだ。そのため、できる限り多くの写真を掲載するよう心がけている。こうした事務局による地道な盛り上げ活動により、全社的な活動はさらに加速していった。
3年目は体質強化を目指す カギは「自律」と「継続」
2015年にスタートしたプロジェクトは、今年で3年目に入った。市況の回復とともに生産量が大きく伸び始め、コストダウン活動もすでに自律可能となったことから、現在は次のステージである体質強化へと活動をシフトしている。装置産業である同社は設備強化に注力しており、保全スキルや設備エンジニアリングスキルの向上を図っているところだ。
今後の展望について、経営企画室長の岩井氏は、「今までは『過去はこうだったからこのようにやっています』というやり方が多かったのですが、このプロジェクトで『なぜそうするのか』というロジックを繰り返し考えるようになり、組織も大きく変わりました。経営陣への説得材料を自分たちで集められるようになったことも大きな変化でした。コストの削減は永久の課題ですから、今進めている自主展開を継続し、今後も自分たちで毎年目標設定をして削減していくことが必要です。体質強化に関しては、保全スキルなどをよりレベルアップできるような形で継続できるように進めています」と語る。
執行役員 経営企画室長
岩井清一氏
技師長の泉氏は、「最初は『自分はこの仕事だけやっていればよい』というところがあったのですが、このプロジェクトの中で横のつながりができて、『自分たちの世界だけではなく周囲も見ていこう』という流れができたところがとてもよかったと思います。また、物事を進めるうえで、私たちではなかなか話が通らないことでもJMACさんだとみんなが話にのってくれました。お墨付きをもらうと仕事が進みやすいので、そういうところは引き続きお願いしたいと思います。ただ、いつまでも見ていただけるわけではないので、今まで自分たちでやってきたことを継続できるような形を早くつくっていかなければならないと思っています」と語る。
執行役員 京都工場技師長
泉 司氏
工場長の田畑氏は、「やはり弊社は装置産業ですから、まず設備が第一です。安全、生産性、品質管理、環境保全といった工場に求められる基本的なことを検討する中で、装置の詳細な設計までは必要ないにしろ、『装置の構成はこうあるべきだ』という考え方の整理くらいは自社でできるようにしていかなければなりません。弊社の工場には保守的なところがあるので、そういうところを打破して、新しいものに取り組んでいく文化を根付かせていかなければいけないと思っています」と述べた。
執行役員 京都工場長
田畑 洋氏
経営基盤強化の要は「人」プロジェクトを核に飛躍する
中島氏は、今後の最大のテーマは「設備投資」と「人と組織づくり」の2つであるとする。竣工から44年経った京都工場の設備は老朽化しているため、向こう2、3年で生産能力増強に向けた設備投資を積極的に進めていく考えだ。人と組織づくりに関しては、「今後は、自ら課題を抽出し、それに自主的に取り組んでいける人材を育成していきたいと考えています。そして、彼らがこうしたいと提案してくれたことに対しては、できる限り応えていきたいですね。また、管理職を含め、現場で中心になって引っ張ってくれる人をもっと育てていきたいと思っています。適材適所で人事異動を行い、刺激を与えながら組織づくりをしていく予定です」と述べる。
また、今年から新たにスタートした中期経営計画のもと、「この3年間でさらなる経営基盤の強化を図っていきたい」とする。その中で、原料を仕入れてモノをつくって売るというビジネスの部分については、「全体最適につながる戦略をつくり上げて、粛々と進めていく」考えだ。そして、工場での取組みについてはこう語った。「当社が行っているコスト・設備・品質への取組みの中核にこのプロジェクトを位置づけています。ここから出てくるコストダウンの効果もさることながら、プロジェクトを進めることによって、人と人との関係がうまくいくようになったり、組織力が上がったりして、それが経営基盤の強化につながっていくことを期待しています」
コストダウンから体質強化へ----新たなステージを目指し、SECカーボンの挑戦はこれからも加速し続ける。
コンサルタントからの一言
目的の理解で主体性を生み出し成果で高める
プロジェクト活動がうまく進むためのポイントの1つにメンバーの主体性があります。主体性を生み出しかつ高めるためには①目的の理解、②成果の実感の2つが必要です。
「①目的の理解」ではSECカーボン様社内でもプロジェクトリーダーを中心に本活動の目的を発信・浸透を粘り強く進めていただきました。その後、少しずつ「②成果の実感」が出る中で活動が加速度的に進むようになりました。まさに「他人ごと」から「自分ごと」へのシフトです。現在、その主体性はキーとなるメンバーから広がりを見せています。より多くの社員に広がり、最終的には企業風土・文化として定着していくことを期待しています。
吉川 太清(コンサルタント)
※本稿はBusiness Insights Vol.67からの転載です。
社名・役職名などは取材当時のものです。
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