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人的資本の充実が企業価値を高める

第5回 人材の活躍は安全・安心な職場から

  • 人事制度・組織活性化

大西 弘倫

安全・安心な職場

本シリーズの第3、4回のコラムでは自社の競争優位の確立と持続的成長のために、よい人材をいかに確保し、活躍を促進させるという切り口から「人的資本の充実」へのアプローチを紹介した。今回は少し視点を変えて、労働安全衛生の観点から語ってみたい。

よい人材を確保し、その人材が能力を発揮するための活躍の場を与える仕組みは「人的資本の充実」を図るために、とても重要である。

しかし、そのような人材が実際に働く職場で労働災害が頻繁に発生していたり、安全リスクが多く散見されたりしたらどうだろうか。安全安心の働きやすい職場づくりに労働安全衛生管理は必須であり、それらはよい人材が定着し、能力を発揮するための基盤としても重要な役割を果たす。

ちなみに、ISO30414(人的資本の情報開示のためのガイドライン)のカテゴリー「組織」、項目「健康経営」では、管理指標(KPI)として「業務上の負傷、事故、疫病による損失期間」「労働災害の発生件数」「労働災害により死亡した人の数」などが挙げられている。

労働災害の発生メカニズムを踏まえた対策を知る

労働災害はなぜ発生するのか考えてみよう。たとえば、皆さんの職場に、ものを切る設備があり、その設備には刃物がついているとする。ものをセットして、ボタンを押したら設備が動いて、自動でカットされる仕組みである。本来の決められた方法・手順で操作をしていれば、刃物に手が触れることはない。つまり、刃物というケガのもとはあっても直ちにケガをすることはない。このケガのもとになるものを安全衛生管理では「危険源」という。

ところが生産に追われてくると、ものをセットして手が完全に離れていないタイミングでボタンを押してしまう、カットされたものを取り除くときにうっかり刃物に手が触れてしまうなど、刃物という危険源に人が誤って触れてしまう事態が想定される。

このように、危険源に人が誤った接触をすることで労働災害が起こる。対処法として、刃物の周りにカバーをつける、カットする直前だけ刃物が飛び出てカットしたら刃物が引っ込むような機構を設置する、などで誤った接触を防ぐことができる。

労働災害の発生メカニズムを踏まえた対策の方向は大きく分けると、「危険源対策」と「誤った接触を防ぐ対策(ヒューマンエラー対策)」が考えられる。この視点を考慮し、以下の図に安全対策のレベルを設定した。

安全対策のレベル

先の「カバー設置」「カット直前だけ刃物が出てくる」対策は、図のレベル4にあたる。また、「刃物危険」のような表示を設備に貼るのはレベル2、切創対策の手袋はレベル1と考えられる。

刃物がむき出し状態(危険源そのものに対策は打たれていない)でボタンを両手で押さないとカットできない機構は、刃物に触れるリスクが100%ないわけではないが、刃物に触れるエリアに手がある状態で刃物が動くことは事実上起こりにくい対策(無効化)のため、レベル3にあたる。

上記の視点を活用して安全対策を行う場合、まず自社・自職場の危険源をリストアップし、全体で共有することで、リスクへの意識を高め、認識を深めることが必要である。さらに、現状の安全対策をレベル評価し、レベルが低いところについては、対策を再検討する。もし事故になったら重篤なケガが想定されるような危険源については、とくに対策を見直すことが重要になる。

これまで筆者がさまざまなクライアントを支援してきた経験から、とくに大切なポイントは以下の2点である。

①対策は可能な限り何重にも打つ

安全対策に関しては、手を打てるなら何重にも打つべきだ。レベル4、5の対策であれば安全リスクも相当低くなっていることが想定されるが、それ以下であればリスクは残存している。先ほどの刃物の例だと、切創対策の手袋をするだけでなく、「刃物危険」表示をし、朝礼で折に触れて啓発する、スキルのあるベテラン作業者しか担当させないなど、幾重にも対策を積み重ねることが重要である。

②非日常的な作業への対応

日常的な作業や通常よくやる作業はある程度、対策が打たれていることが多い。ところが、設備立ち上げ、修繕、点検、メンテナンスのように日常的に行うのではなく、普段あまりしない作業に関しては、リスクが十分に抽出されていないことが散見される。

先の刃物の例でも、通常の生産時は刃物にカバーをつけており、事故のリスクは低くても、刃物の交換の場合などは直接、刃物に触れざるを得ない。そのリスクを事前にどこまで想定して対策を打てているかが思わぬ事故を未然に防ぐポイントである。

労働安全衛生管理の仕組みを機能させる

皆さんの会社でもリスクアセスメント、ヒヤリハット、安全パトロール、KY(危険予知)など安全リスクを対象にした労働安全衛生に関する活動を実践されていると思う。これらの活動は、現場の危険源を抽出、安全リスクとして認識し、何らかの対策を行うという目的は同じである。

皆さんの目から見て、自社の労働安全衛生活動はうまく機能しているだろうか。筆者の経験から、これらの活動がうまく機能していない典型例を挙げてみたい。

それぞれの活動が連携していない

リスクアセスメント、ヒヤリハット、安全パトロールなどの活動がそれぞれ別々に展開されており、連携が取られていないケースである。このようなケースでは、それぞれの仕組みで安全リスクが抽出されているが、その情報が相互に共有されていない。つまり、自社の安全リスクが一元管理されていない状態である。

どんな仕組みでもよいが、「自社が認識した安全リスクはここ(たとえば、リスクアセスメント表)を見ればすべて明確になっている状態」をつくるべきだ。このことで、労働災害やヒヤリハット、安全パトロールで認識された問題が過去、安全リスクとして認識されているかどうかの検証をしやすくし、その結果によって、どのような対応をすべきかが見定めやすくなる。

<認識されていないリスクに対する対応>
  • 改めて安全リスクとして認識し、リスク低減策を講じる
  • 安全リスクとして検討もれがあったこと自体が問題であれば、今後の安全リスク抽出の視点、手法などを見直す
<認識されているリスクに対する対応>
  • 対策は妥当だが、現場で安全リスク対策が守られていない場合→「対策内容の再確認」「順守徹底」の意識づけ、教育を行う
  • 安全リスク対策自体が不十分、守りにくい内容の場合→対策内容自体を見直す

よく見せるための活動になっている

リスクアセスメント活動を展開していると起こりがちなケースは、活動の結果をよく見せようと、対策内容に見合わないくらいリスク値を下げて評価していることだ。対策の結果、大幅にリスク値が下がるに越したことはないが、本稿でも紹介した安全対策のレベル1や2の対策だけではリスク値がほとんど下がらないこともあり得る。

リスクアセスメントなどの安全リスクの評価、対策活動において重要なことは、もちろん、安全リスクを低減させることであるが、もうひとつ重要なことは「残存する安全リスクを組織で認識する」ことである。対策を打ってもリスク値が下がらない、今後、もしかすると事故が起こるかもしれないリスクを自社・自職場で認識し、どう管理するかということが本当の安全リスク対策ではないだろうか。

「残存リスク」を認識したうえで、現場の管理監督者が常日頃からその安全リスクに目を光らせる、安全パトロールで定期的にチェックする、その安全リスクを含む作業を行う前にKYを行って意識づけするなど、さまざまな労働安全衛生活動を連携させながら、管理的な対策を取ることも可能である。

本稿では、「人的資源の充実」を労働安全衛生という切り口から述べた。安全安心な働きやすい職場づくりの第一歩として、皆さんの会社や職場での活動や改善の一助になれたとしたら幸いである。

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