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人的資本の充実が企業価値を高める

第3回 タレントマネジメントの実践ポイント

  • 人事制度・組織活性化

大久保 秀明

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本シリーズの第1回、2回でまでに人的資本の情報開示に関する近年の動向と、「人的資本の充実」の実践ストーリーを描く際の視点について紹介した。今回からは、個別のテーマごとに人的資本の充実に向けた取り組みの方向性や留意点などを解説していきたい。

連載第3回となる今回は「タレントマネジメント」について考えていこう。

タレントマネジメントとは、経営戦略と人材戦略をつなぐかぎとなる概念・方策である。

  • 自社の競争優位の確立と持続的成長のためには、どのような人材が必要であるか
  • そうした人材をいかにして確保するか

がタレントマネジメントのスコープである。まさに「人的資本の充実」の施策における中核に位置づけられるものといえよう。

本稿では、タレントマネジメントを推進するときに押さえるべきポイントや人的資本の情報開示における考え方、今後の経営環境を踏まえた取り組みの方向性について述べる。

タレントマネジメントを通じた経営戦略と人材戦略の連動

「企業の持続的成長には、経営戦略と人材戦略の連動が不可欠である」

これは2020年に発表された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(人材版伊藤レポート)」の中でも、とくに強調されているメッセージの一つである。これに異論を唱える人は少ないだろう。

とはいえ、人材マネジメントに長く携わってこられた方にとっては決して目新しい主張ではない。たとえば、「戦略的人的資源管理」という概念は以前から存在するし、実務的にも人事制度や人事施策を検討する際に経営戦略を考慮せずに行うことはないはずである。

それでも人材版伊藤レポートのメッセージがある種の"啓蒙的効果"をもたらしたのは、

  • 人材を「人的資本」、つまり持続的成長のために投資すべき対象として捉え直していること
  • 人的資本こそが、持続的成長をもたらす源泉の中核であると明確に述べられていること

によるものと考えられ、「自らの職務の意義をあらためて再認識できた」という人事部スタッフも多かったのではないだろうか。

その一方で、具体的に「経営戦略と人材戦略を連動させる」にはどうすればよいのかが、多くの実務家にとっての関心事であり、頭を悩ますところであろう。その答えが本稿で取り上げる「タレントマネジメント」である。

タレントマネジメントとは「競争優位の確立および持続的成長に必要な人材を確保するための仕組み」と定義できる。まさに経営戦略と人材戦略をつなぐかぎとなる概念・方策である。検討手順は以下のとおりである。

①競争優位の確立および持続的成長に必要な人材の明確化

 ①-1 自社のビジネスモデルにおける"強み"を支える組織機能
 ①-2 当該組織機能を担う人材の要件

②人材確保の計画と仕組みづくり

 ②-1 必要な人材の量
 ②-2 採用・配置・育成施策

まず検討するのは「競争優位の確立および持続的成長に必要な人材(以下、タレント)」を明らかにすることである。そのよりどころとなるのは「自社のビジネスモデルにおける強みを支える組織機能」である。「強みを支える組織機能」が明確になれば「当該組織機能を担うタレントの要件」を抽出することができる。

タレントの要件抽出

次に、明らかにしたタレントが今後数年間のスパンでどの程度の人数が必要になるかを検討する。現時点でタレントが担うポジションの数を確認後、事業計画に基づき、今後数年間で当該ポジションがいくつ必要になるかを検討するのである。既存のタレントの人数と突き合せれば、今後、計画的に確保しなければならないタレントの人数が明らかになる。

最後に、必要なタレントを確保するために採用・配置・育成それぞれの施策を組み立てていく。内部育成を通じてタレントを確保するのであれば、タレントの要件に沿って必要な経験を積ませるためのローテーションプランや、必要な能力を身に付けるための育成策を検討する。外部の即戦力人材の採用を通じて確保するのであれば、要件を満たすタレントを引き付けるための採用施策や報酬パッケージの検討が必要であろう。

人的資本に関する情報開示の方向性

以上に述べたタレントマネジメントの検討ステップは、「人的資本の側面から語る価値創造ストーリー」そのものである。

  • わが社が事業を通じて生み出す価値はなにか
  • その価値を生み出す源泉となるビジネスモデル上の強みはなにか
  • 強みを支える組織機能はなにか
  • 組織機能を担うのはどのような人材か
  • そうした人材を確保するために行っている取り組みはなにか

タレントマネジメントの検討を経ることで、これらが一貫性あるストーリーで語れるようになるのである。同時にそれは人的資本の情報開示において「なにを開示するか」を見いだすプロセスでもある。

人的資本の情報開示については国際規格であるISO30414に準拠した形で対応しようと考えている会社は多いと思われる。その場合にISO30414に示された項目すべてを開示する必要はなく、またそうすべきでもない。

大事なのは自社の人材戦略に沿って重要な項目を開示することである。その意味で「なにを開示するか」は各社各様になることを前提としたうえで、タレントマネジメントの観点からは、重要ポジションやタレントの量や充足状況、充足度に影響を与える要因(離職や採用など)に関する情報が開示の対象となるだろう。

SDGs時代に求められる「誰一人取り残さない」タレントマネジメント

さて、ここまで述べてきたタレントマネジメントは「競争優位の確立および持続的成長に必要な人材=タレント」と捉えるものであった。実はもう一つ別の考え方がある。それは「従業員"全員"=タレント」と捉えるものである。

これからの時代は後者、すなわち「従業員全員を自社にとって貴重な人材と捉え、各人が最大限のパフォーマンスを発揮できる状態を目指す」タレントマネジメントが求められるのではないかと考える(なお、後者は当然に前者を含むものである)そう考える理由の一つは経済合理性の観点によるものである。日本は年々、人口が減少しており、マクロで見れば働き手不足の状態が恒常化するものと推測される。労働力の希少性が高まった社会において、企業は労働生産性を高めることが必要不可欠であり、そのためにもすべての従業員が働きがいを感じながら意欲的に仕事に取り組む状態を目指す必要がある。

もう一つの理由は倫理的な観点によるものである。現在、SDGs達成に向けた取り組みが世界規模で行われているが、このSDGsの基本思想に「誰一人取り残さない」という考え方がある。

これは決して発展途上国や貧困の問題だけを念頭に置いたものではない。一企業のレベルでも「誰一人取り残すことなく」すべての従業員の力を高め、また各人が個性を発揮し活躍できる機会を提供することが求められていると解釈するのが妥当である。

以上、本稿では人的資本の充実に向けた一テーマとして「タレントマネジメント」を取り上げた。人的資本の情報開示を契機に計画・測定のステップを整備し、PDCAサイクルを通じて人的資本充実化の取り組みを着実に進められることを期待したい。

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