失敗しない組織改革のススメ―問題意識を起点に対策を立てる―
第3回 「健全な危機感」をもとに、事業成長への自信を高める
- 人事制度・組織活性化
才木 利恵子
前回は、「全社方針が社員に浸透していない」という問題意識に対して、まずは「組織と個人の目標の連動」が重要との話を書きました。今回は、「健全な危機感」の重要性について書きます。
健全な危機感とは何か?
「健全な危機感」とは、「うちは今のままではまずい。自分がなんとかしなければ」と、自分事として改革に取り組める問題意識を指します。
「健全な危機感」がない状態とは、従業員意識調査などに見られる、「会社がなんとかしてくれるだろう」「今までどおり、うちの会社は大丈夫だろう」などの、悪く言えば「ぶら下がり」志向のことです。たとえば、以下のような「声」が調査データに表れます。
①「自部門は、競合企業より優位」や「自部門の事業は成長の可能性が高い」認識が低いのに、「当社は安定して成長」認識が高い
→自部門がダメでも、どこか他部門が、がんばるだろう
② 「自分の仕事への誇り」や「当社で働くことへの誇り」認識が低いのに、「当社でずっと働きたい」認識が高い
→仕事はつまらなくても、このまま働き続ければ、普通の生活はできる
③ 「自分の目標は意識している」認識は高いが、「職場の計画や会社の方針・目標が的確で環境変化に対応している」認識は低い
→職場や会社の計画・目標は納得いかないが、自分は自分の担当分はやっているから、それでいい
......など
図1 事業部門別の「健全な危機感」確認
図1は、ある製造業での従業員意識調査結果を、事業部門別に簡易化してプロットしたものです。事業実態と合わせて考えると、持ってほしい「健全な危機感」があるかどうかが見えてきます。
【読み取り例】
- 既存事業部門A...事業環境の変化を感じているものの、まだ大丈夫だと思っている。「健全な危機感」がなく、「ぶら下がり」志向の可能性がある
- 既存事業部門B...自部門が安泰だから会社も安泰という認識ならよい。ただし、会社が安泰だと思うから、自部門も安泰という認識なら、「健全な危機感」が足りない可能性がある
- 新規事業部門C...自部門の事業成長には自負がある。他部門に対しての健全な危機感も持っているようだが、まだ自部門が会社全体を牽引するまでの自信はない。会社全体への不満が高い可能性がある
- 新規事業部門D...自部門の成長にまだ自信がなく、会社全体・他部門に対する危機感もある。ただし、放っておくと、人材のリテンションへの影響(人が辞める)や、既存事業部門Aのように「ぶら下がり」志向に陥る可能性もある
現状維持マネジメントから改革マネジメントへの転換の必要性
製造業B社では、既存事業領域は中長期的に成長が頭打ちであることが予測され、新規事業領域に積極的に取り組む中期経営計画を打ち出していました。ところが、笛吹けど踊らず、改革は思うように進みません。そこで従業員の問題意識を測る意識調査を実施したところ、上述のような「健全な危機感」がない状態であることがわかりました。
また、以下のようなことも、意識調査結果から見えてきました。
① 現状維持のマネジメントはできているものの、改革のためのマネジメントが弱い
- 「上司の基本的な指導がされている」認識は高いが、「上司の積極的な改革姿勢」や「上司に異なる意見が言いやすい」認識は低い
- 「業務マニュアルは整備されている」認識は高いが、「業務改善が進んでいる」認識は低い
- 「自分の目標設定」や「自分の評価・処遇」は納得しているが、「会社の方針・目標」は高過ぎると思っている
② 仕事のやりがいが感じられていない
- 「自分の目標設定」や「自分の評価・処遇」には納得しているが、「仕事の達成感」が低い
- 「顧客への役立ち感」が低い
- 「自分は人件費以上に貢献」している感が少ない
B社は、某優良企業の子会社で、もともとは製造機能中心(親会社からの仕事がメイン) だったことが、「ぶら下がり」志向の危機感の低さ、現状維持マネジメントは強いが改革のマネジメントが弱いことに影響しているようです。しかし、今後は、新規事業領域へのチャレンジ=改革のマネジメントが求められており、改革が必要です。
「健全な危機感」を育てるには
B社では上記の結果を受け、以下の取組みを実施しました。
① 中期経営計画の背景・内容の理解とディスカッション(中計の腹落ち施策)
前回「組織と個人の目標の連鎖」でも紹介したように、中期経営計画(中計)の質問会議を社内で何度も行い、マネジメント層・一般職層に腹落ちするようを進めました。
その後、部門別に、中計と職場や各自の目標がどのように連鎖しているかを整理・ディスカッションする場も設け、シートにまとめました(図2)。このように整理すれば、中計が職場のどの課題につながっているか、個人の目標が職場のどの課題につながっているかがわかりやすくなります。
図2 組織と個人の目標連鎖シート
② 外部からの情報取得(外部情報のシャワー施策)
改革の必要性、自身の仕事にやりがいを感じるためには、外部の情報をもっと「浴びる」ことが重要との認識から社内他部門・親会社・顧客含めた取引先など、外部との直接接点、外部からの情報取得の機会を増やすことに取組みました。外から有益な情報を得たり、他との比較で「健全な危機感」が醸成されたりすることが期待できるからです。
たとえば以下のようなことです。
- 製造・技術部門では、取引先や取引先候補などを積極的に見学に誘う、近隣住民の見学会を企画・実施した
- 管理部門では、担当者レベルでの他部署との情報交流会・ヒアリングなどを行い、自部署のありたい姿を再確認し、現在取り組んでいる業務ことのアピールすることで、改善施策につなげた
- 親会社の事業担当者が、一般職に講話し、懇親会で語り合う時間と場所を設けた
- 全部門の若手に、異業種を含む他社情報に触れることのできる公開セミナーなどに積極的に参加させた
これにより、腹落ちはもちろん、抜け漏れ発見、個人間・部署間・部門間での協業アイデアにも発展しました。
B社では今、製品納入先などに若手が赴き、直接B社との取引に対する評価・期待(品質・価格・納期についてはもちろん、開発提案・新製品立ち上げ・量産といった提供プロセスについて)などをヒアリングするという企画をしています。「うちは今のままではまずい。自分がなんとかしなければ」という「健全な危機感」が育つこと、これが全社改革の前向きな一歩となり、成長への自信へとつながります。
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