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伝統とは変化である
~自己を見つめ、未来を見つめる経営~

株式会社虎屋
17代当主 代表取締役社長 黒川 光博 氏

創業以来約480年間、虎屋は終始一貫和菓子一筋に生きてきた。伝統の味、暖簾の重みということが言われるが、ただ同じものを守り、同じことを続けていたのでは、やがては衰退していく。今の時代の皆様においしいといっていただくために、変化しなければ伝統などありえないのである。  昨年、六本木ヒルズにTORAYA CAFE'をオープンした。ここでは相性を大切にしながら和菓子の素材や製法に"洋"を取り入れる試みを行っている。そこで、逆に和菓子の存在感を改めて感じさせられた。喜んでいただくためには、原点を見つめながら、常に新しいものを取り入れていく必要があると感じている。その方だけのお菓子をつくろうと和菓子オートクチュールを始めたが、200年、300年前の見本帳をお客様と一緒に見つめていると、改めて色や名前の斬新さに驚かされることもしばしばある。

 決して変えてはならぬもの

 厳選した材料を用いてレシピに忠実につくれば、お客様に喜ばれる和菓子ができるというわけではない。たとえ精魂込めてつくっても、少し形が変わっていたり、少しでも乱暴にお出しすれば、お客様はおいしいとはいってくださらない。召し上がるまでのすべてのプロセスが"おいしく"あってこそ、初めて満足していただける。そして「どんな人がこの和菓子をつくっているのだろう」とつくり手に想いを馳せていただいて、やっと虎屋の和菓子になる。

 和菓子は嗜好品である。食べなければ生きていけないというものでもないし、味の好みも万人万葉である。ならば、おいしさにはつくり手の主張があっていい。たとえば、主張を崩せばすべて機械化できるが、今虎屋が主張する和菓子は機械ではつくれない。だから、自動化ラインの間を切ってあえて人の手を入れている。非効率だが必要だからそうしている。また、たとえ天候不順で小豆が高騰しても、虎屋は国産小豆を買い続ける。違う豆を使って味を落としたくないからである。それは利益とは比べようもない大切なことである。

 虎屋は拡大を求めていない。これからも我々の力以上の拡大は望まない。ただ毎日、和菓子をつくるだけだ。そうした社員のひたむきな気持ちを支えているのは、暖簾に対する義務感などではない。これを食べていただける方が、どんなに喜んでくださるかということだけである。ありがたいことに昔から虎屋には、和菓子というもの、自分の仕事というものに真正面から向き合う"風土"がある。

自分の言葉で生きる

 そんな我が社で、私は「自分の言葉で主張しなさい」と中間に立つ社員によく言っている。「会社の方針だから」とか「社長がこう言ったから」などと言っても相手の心に届くものではない。自分が本気になって、自分なりの生き様や価値観を、自分の言葉を通して現場に話をしてこそ、やっと人は動くと思うからだ。

 しばらく前に、外国流経営のすべてがいいように言われたことがあった。そうした感覚がない人は取り残される、頭の古い人はやめるしかない等々と。だが日本には、すばらしい和菓子があるように、日本の風土にあった経営、それなりの経営スタイルがあると思っている。それもその会社にあった、たった一つのものがあるはずだ。

 もちろん変化しなければ、企業は生きていくことができない。だが己の主張をないがしろにする企業もまた生き残ることはむずかしい。虎屋は、伝統に変化と主張を織り交ぜながら、常に自己を見つめ未来を見つめている。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.4からの転載です。

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