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生産技術に"万能薬"はない
~日本製造業に求められる人材とは?~

川崎重工業株式会社
代表取締役副社長 佐伯 武彦 氏

「世の中で他社が儲かっていて、自社が儲からないことはない」――米国ネブラスカ州に拠点をおく二輪工場の再建や国内車両事業の立て直しに携わりながら、私はいつもそう考えてきた。儲からないのは、何か原因があるからである。それは、設備の古さかもしれないし、人員や人材の不足かもしれない。原因は現場によってさまざまだが、それを取り除けば必ずうまくいくはずなのだ。 問題はその原因をいかにして見つけ出し、取り除いていくかにある。そのとき、どんな問題にも有効な"万能薬"を探そうと思うと間違える。どこの現場でも魔法のようによくなるような、特効薬などそもそも存在しないのだ。

赤字の中での人材投資

たとえば、経営再建といえば、すぐに人員削減・リストラという言葉が思い浮かぶかもしれない。しかし車両事業の立て直しで、私が最初に行ったことは、設計人員の増員であった。赤字の原因となっている品質の悪さ・納期遅れなどの大本を突き詰めていくと、設計がキチンとできていないという「基本の悪さ」に行き着いたのだ。

赤字の中での増員は通常の経営の教科書には載ってないかもしれないが、設計という大本を強化し、「図面からの見直し」を行うことが車両事業立て直しの原動力となった。人材への投資が設計力の強化へとつながり、受注型から提案型へと業態の変化までも引き起こしたのである。

新しい方程式を編み出し、解いていく

こうしたことは生産技術の面でも言える。

日本の産業で利益を上げている会社を見てみると、どこも厳しい競争の中にあって、生産技術に磨きをかけている会社ばかりである。しかし、どれほどすぐれた技術であっても、生産技術に"万能薬"はありえない。トヨタのコンベア方式が最良でもなければ、キヤノンのセル方式が最新というわけでもないだろう。自社の現場に即した、自社なりの方式を編み出していかなければならないのだ。

私は30年ほど前に、トヨタの生産方式を学ばせていただいた。非常にすぐれたものであったが、四輪車の製造方式をそのまま二輪車やロボットや車両の製造に使えるものではない。たとえば、二輪車は2~3分に1台製造されるが、ロボットの製造には4時間かかる。一人当たり2~3分間の工程であれば覚えるのは簡単だが、4時間の工程をすべて記憶して間違えることなく作業するにはかなりの熟練を要する。米国工場でのロボット生産の現場で、作業時、ヘッドホンを着用してもらい、4時間分の工程の指示をコンピュータで流すようにしたところ、ミスは激減し、品質・能率ともに格段に向上した。製造に要する時間の違い一つとっても、こうした工夫が必要となり、やり方一つで効率は格段にアップする。

質の向上とムダの排除は、相反するものではなく必ず両立すべきものなのだ。いま、わが社で育てなければならないと考えているのは、そうした方程式を自分で編み出し、解いていくことのできる人材である。

たとえば、将棋をやっている側でより強い人に「これは勝てたね」と言われるだけで、自分で勝ち筋を見つけ出していけるような人がいる。どうすればよいかわからず、「歩をつくんだよ」と言われて勝てる人もいる。それでも見当がつかず、「左から2番目の歩だよ」と言われて、やっと気づく人もいる。人の育て方にも、レベルがある。

自分で方程式を編み出し、解いていける人材とは、「勝てるね」と言われて自分でその道筋を見つけていける人材であり、目指すところはそうした人材を一人でも多く育てることだ。

そうした人材を育成するには、まずは現場をよく知ることである。現場を知り、現場に密着した生産技術員を養成していくことである。"現場の力"により磨きをかけ、生産技術をさらに向上させていくことである。日本の製造業の強みは、まさにそこにあると思うのだ。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.8からの転載です。

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