お問い合わせ

バリューマーケティングの扉を開く
~なぜ、広告では売れなくなったのか?~

アイベックス・アンド・リムズ株式会社
代表取締役会長 辻井 良一氏

もはや広告では売れない――マーケティングの現場に携わる多くの人々が気づき始めている事実である。なぜ、広告では売れなくなっているのだろうか。  きわめて乱暴な言い方をすれば、私は売れない理由は次の二つに集約されると考えている。一つは「買い物環境」の変化であり、もう一つは「情報環境」の変化である。

 「業態ロイヤリティ」が買い物行動を変えた

 巨大メーカーは長年、売り場を「終点」と考えてきた。つまり、強力な配荷力で売り場を押さえれば、後は大量の広告で消費者を刺激して、売り場から「買わせる」ことを繰り返すという"刺激投下型(Flow)"発想のマーケティングである。

 しかし今、広告は打てても売り場に商品を置くことがむずかしくなっている。消費者の買い物行動が大きく変化してきたからだ。その変化は、「○○ビールが飲みたい、それを買いに行こう」という"ブランド・ロイヤリティ"から、「コンビニにでも寄って、ビールを買って帰ろう」という"業態ロイヤリティ"への変化といってもよい。夕飯の買い物は近所のスーパー、たまの贅沢は高級スーパー、休日には家族と車でホームセンターで、といった具合である。この十余年で小売業は、「業態=品揃えの保証」を消費者の意識に完全に定着させたのである。

 ならば、メーカーにとって売り場は「終点」ではなく、「起点」であるという発想の転換が必要になってくる。業態を選んでやってくる消費者と、「買い場」にやっと確保できた商品とのフェイス=「出会いの機会」としてとらえ、そこから顧客との本当の関係を築いていく"構造構築型(Asset)"発想のマーケティングへシフトするのである。

 消費者との接点を重視するようになれば、広告よりも重要な仕事が見えてくる。たとえば、商品のパッケージは、今その場で消費者に手にとってもらうための何よりも重要で有効なコミュニケーションのメディアとなる。また、一度買ってくれた人こそ、次にまた買ってくれる最有力のターゲットと考えることもできる。

 老舗の菓子舗は、TV広告は打たないが、最中の箱の中に心のこもった栞が入っていて、その最中が「旨いわけ」をきちんと説明してくれている。それこそが評判のもとをつくり、ファンを育てていくAsset型マーケティングの原点である。本当のブランディングを志す企業が、安易な広告に走る前に、店構えや接客に心を砕いた自社の独自店舗化を重視するのも同じ考え方である。

インターネットが情報主権を逆転させた

 再度、消費者の行動を考えてみよう。車を選ぶとき、旅行先を考えるとき、家電を買い換えようとするとき、人はテレビの前に座って広告が流れるのを待つだろうか。そんな人はほとんどいない。関心度が高い大事な買い物ほど、ネットで検索し、自分の観点で情報を吟味し、さらにその情報を他人と交換して確度を上げる。それが今の消費者の行動である。

 インターネットは、当初売り手にとって2wayの利点をもつ便利なメディアとして着目されていたが、本質は売り手の道具ではなく、買い手が自主的に情報を得るための最適な道具なのである。マスメディアを買い占めて情報をコントロールしてきた売り手が、ネットを使いこなす買い手からの情報請求への対応が求められる時代になっているのである。それが、ネットによる情報主権の逆転であり、今後はさらに加速すると考えられる。今、こうしている間にもマスメディアで流される量に数倍する大量かつ詳細な情報が、人々の自主性のもとにネット上をながれているのである。

 パワーマーケティングの時代は終わり、適者適在のバリューマーケティングの時代がやってくる。メーカー受難の時代、売れない時代と片付けるのは簡単だが、その背景にある真理を見極めて、消費者の求めるバリューに正しくアプローチすれば、自ずと結果はついてくるはずだ。その扉を開いた者だけが、消費者からの支持を獲得し、生き残ることができるのではあるまいか。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.12からの転載です。

経営のヒントトップ