成功は失敗の向こう側にある
~研究開発の革新戦略~
日本精工株式会社
取締役副社長 町田 尚氏
1999年11月、当社は、無段階変速機トロイダルCVTの実用化に世界で初めて成功した。実に21年7カ月の長きにわたって、私はその開発に携わってきた。幸運にも実用化にたどり着くことができたが、21年間の歴史は失敗の歴史だった。失敗の中から技術のイノベーションを起こしていくことが、研究開発にとっては極めて重要なことなのである。
基本は動かしてはいけない
1978年、入社5年目だった私は東京大学生産技術研究所に派遣され、CVTの開発に着手した。当時は機械部品をつくっている会社だったが、オイルショックの真っ只中にあって、燃費が格段によい無段階変速機をつくろうと考えた。
10年間試行錯誤を続けるが、開発の第一ステージは失敗に終わる。私は技術部から研究所に異動となり、はじめて開発屋となった。期待されない不確実な開発は、どこの研究所でも招かれざる客である。会社では仕事がなくなり、開発をやめるも続けるも決めるのは上司ではなく、自分なのだということを知った。
この年、私は1年間に7本の論文を書いた。うち1本は失敗の歴史を連綿と綴ったものだった。失敗の歴史を語る研究者は、それまでほとんどいなかった。この論文は、自動車の国際会議(FISITA)で日本人として3人目となる論文賞を受賞し、会社は開発の継続を決意したが、私に仕事はなかった。
「助けてくれる人」があらわれたとき、開発は再び動き出す。91年、某自動車メーカーから提案を受け、開発の第二ステージが幕を開けた。安易な解決策はすでに誰かが試している。いちばん困難と思われる原理原則のところで努力するしかない。「基本は絶対に動かさない」私はそう決意した。そして、99年11月、世界初のトロイダルCVT搭載車が世に送り出された。
テクノロジーイノベーションのサイクルを回す
新商品の成功は大事だが、もっと重要なのはテクノロジーイノベーションのサイクルを回しながら、コアコンピタンスを成長させることだ。難題を解決するために懸命な努力を続けていると、テクノロジーイノベーションが起こる。そしてそのイノベーションは、新商品だけでなく、その他のさまざまな商品に恩恵を与えることができるのだ。私が30年も失敗続きでトロイダルCVTの開発に携わってこられたのは、その技術がコアであったからだ。技術開発には、明確な「コアコンピタンスの定義」が求められる。我々は、「解析・潤滑・材料・メカトロニクス」という4つのコアを定義し、「長寿命化」「極限」「バーチャル」など9つの技術にフォーカスしている。製品ではなく、コアテクノロジーに注力するのである。なぜなら製品はなくなっていくからだ。
目指すは、「オンリーワン技術」と「ナンバーワン技術」である。もちろん、それは簡単なことではないが、限界を突破する面白さを知ったとき、開発の勝ちパターンが身についてくる。技術は人間の頭の中にあり、技術は人が成すものだ。できる理由を探し、できるための仮説を立てるのが技術開発のもっとも大事な仕事であり、モノづくり日本の強さの根幹であろうと思う。必ずしもすべてが成功するわけではない。だからこそ、成功の一部を共有しているという意識を持つことが人材育成では不可欠だ。逆に言えば、テーマを与える側の人間は、将来ムダとなるようなテーマを与えてはならないということだ。
「成功は失敗の向こう側にある」このことを私は痛感してきた。たくさん失敗しながら、一つの成功をつかんだ者は幸福だ。そうした喜びを共有する集団であり続けるには、音を上げないリーダーと殻を破る若者たちの育成が求められる。それが、われわれの責務であろうと考えている。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.31 からの転載です。
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