リーダーシップが問われる時代
~遥か遠き山頂を目指し、一点突破で人を導く~
東海旅客鉄道株式会社
代表取締役会長 葛西敬之氏
リーダーシップには様々な切り口が存在するが、私は、リーダーシップには①方針・目標の決定、②方針に沿った企画・立案、③組織を統率したプランの実行という3つの要素があると考えている。そして、リーダーに欠かせないのは、①方針・目標の決定と、③統率・実行の要素である。②企画・立案は参謀に任せてよい分野であり、参謀が最も偉いと考える組織は進む方向を間違える。
現実を直視し、目標とすべき山頂を定める
方針の決定に当たっては、まずは現実を直視することだ。どれほど厳しい現実であっても、正確に己の立ち位置を理解することが重要である。その上で大局観を持ち、長期を見通しながら、目標とすべき山の頂を定める。そして「現在」・「近未来」・「未来」の各スパンでの課題に取り組む姿勢が必要である。
タイムスパンは業種によって異なるが、鉄道業の「現在」とは、日々安全に列車を運行することにある。日々の安全を積み重ねて、東海道新幹線は46年間に及ぶ絶対の安全記録を打ち立て、今なお更新中である。
安全は「永遠」の課題でもある。「近未来」とは一口に言って、20年である。1987年に国鉄が分割民営化され、JR東海が発足したときに真っ先に手掛けた「近未来」の施策は、当時220km/hで走行していた東海道新幹線の270km/h化だった。これを達成したのは、同じく「近未来」の施策として取り組んでいた品川駅開業と同日の2003年10月1日であり、いずれも着手から20年近くを要した。
最後に「未来」とは、50~100年先を指す。当社が会社発足から開発に取り組んだ超電導磁気浮上式鉄道(超電導リニア)は、2009年に国土交通省が実用化技術完成と認定するまでに23年間かかった。2027年には東京圏~名古屋圏までの中央新幹線開業を予定しているが、これを見越せば約40年を要するプロジェクトである。さらに、1962年の国鉄による研究開始に遡れば、50年以上に亘る長期のプロジェクトと言える。
自ら確信した道を一点突破する
現実と遥か先の山頂との間には、前人未到の荒れ果てた原野が横たわる。そこには地図など用意されていない。リーダーには、その原野に向かって一歩を踏み出し、踏破していく勇気がなければならない。道なき道を歩いて行くのだから、多くの予想外の出来事にぶつかる。そのときには、知性と本能、すなわち直感力で対応する必要がある。しかし、目指す遠山の頂は変わらない。指針を合理性と正統性に置き、その方向に確信を持って進んで行けば、いつかは頂上を極めることができる。
統率・実行していくには、人の心を掴み、信頼関係を築くことが欠かせない。企画・立案は知識の組み立てである。知識は学校でも教えてくれるし、自分で学ぶこともできる。一方で、人の心を掴むには、人間と交わり、自然と触れ合った経験を原体験とした「人間学」が求められる。
また、人を統率していくときには、リーダー自らが自信と確信をもった選択・行動をすることが必要であり、その結果得られた成功体験を共有することで、リーダーへの信頼感が醸成されていく。人間が一番強いのは自分が信じる道を進んでいるときだ。嘘をついて人を騙しているとき、必ず人は弱くなる。誠実で一貫した信念を持ち、それを実行する人が最後には信頼を獲得できる。テクニックを使って人を動かそうと思ってはならない。欲でつながった人間関係も欲の切れ目で離れていくものだ。
「施策はよいが時期尚早だ」と時を選ぶ人がいる。しかし、時を選べるのは天だけだ。人が時を選んでうまくいった試しはない。確信し、準備が整えば、直ちに実行する。「今はタイミングが悪い」と言う人は、一生何事も成すことができない。天の時とは結果としてわかるもので、天運がなかったときには諦める、という覚悟なくしては、勝負できない。
人生において、100戦100勝などはあり得ず、時には負けることもある。しかし、負けても合理性・正統性のある方向に確信を持って進んでいけば、次には勝てる。そうした持続性の中で、最終的な目標を達成していくのが真のリーダーシップである。「主動」、「速攻」、「集中」、「継続」、「徹底」を行動の原則として、まずはどこか一点を突破して、1つでも成功の事実を作り上げることだ。
私は大学卒業後の1963年に国鉄に入社し、国鉄が崩壊していくプロセスを目の当たりにしたことで、「分割民営化しなければならない」と決意するに至った。私は、実のところ民営化も分割も好きではなかった。しかし、40歳を過ぎた頃、国鉄とその周囲の現実を厳しい目で見て考えた。当時、国鉄は毎年1兆円の赤字を出し続けていた。生き残る唯一の道、合理性と正統性のある道は分割民営化しかないと思い、それに懸けた。その後は天の恵みもあって、ここまで辿り着くことができた。
最初から100%成功する確率などどこにもなかった。自らコントロールできなかった要因も多い。自分が正しいと思ったことに努力して取り組んだとき、運がついてくるか否か。それは、天のみぞ知る。
リーダーに求められる姿勢
リーダーは常に外向きでなければならない。「皆さんの力をお借りして人の輪を重んじ、大過なく仕事をしたい」などと挨拶する人は、リーダーとして失格だ。人の気持ちを束ねるのは、外に向かって闘いを展開するためだ。そして束ねるために必要なのがリーダーシップである。ところが洋の東西を問わず、不沈艦意識が出てくると、仲良くやれるリーダーが現れて組織の戦闘能力を削いでしまう。
さらに、「実を追って、虚を遠ざける」ことも大切だ。株価を上げたいがために、言葉を操ってアナリストの評価を良くしようなどという経営者は必ず失敗する。実を掴むことはなかなか難しく、その実が何かを知ることが最後の勝負の分かれ目である。
マスコミの情報を追っていたのでは、決して実はつかめない。新聞を隅から隅まで何時間もかけて読み、ビジネス通になったと思っている人がいるとすれば、その人は会社にとっては全く役に立たない人である。なぜなら、新聞記事は100%の正確性には欠けているからだ。新聞は、大雑把な流れを掴むために、見出しに目を通すものだ。これは、国鉄への入社から今日に至るまで、担当した分野で常に先頭にいた私が、自分の担当したことに対する新聞報道を見てきた経験の中で確信したことである。
さらには、消費者へのアンケートから立てた商品計画や経営施策は必ず間違える。それこそ100戦を闘って100回敗れること間違いなしである。なぜなら、消費者は自分が欲しいものを意識の中に顕在化させていないからだ。成すべきは、消費者の潜在的な欲求を、他に先駆けて掴み取って世に送り出すことだ。消費者アンケートを経営の指針とするのは、失敗しても「なぜそのように指針を決定したのか」についての説明責任さえ果たせればよいと考えているようなものだ。そうしたリーダーは、会社を潰し、国を滅ぼす。
福澤諭吉の言葉に「独立自尊」というものがある。これこそが最も大事なことだと思う。人の評価や判断に自分を委ねず、自分で考え、自分で確信し、自分で決断し、自分で行動し、自分で責任をとる。それがリーダーたる者の基本姿勢であろう。不決断というのは、リーダーの最も大きな罪だと思う。
人を見て、人を育てる
鉄道は、様々な部門に携わる人々が、それぞれの仕事を過不足なく実行することで初めて列車が正確に動く。それが日々の安全な運行につながっている。一方で、それらをトータルに俯瞰して、ダイナミックに考える人も求められる。安全とダイナミズムを両立するには、いろいろな人材が必要であり、なおかつ同じ方向を向いていなければならない。そこでJR東海では、毎年1,000人近くの新入社員への教育を徹底的に施している。
恐らく他社にはない独自の研修制度もある。事務系・技術系を問わず、原則全ての大学・大学院卒社員が、新入社員研修を終えた後、東海道新幹線の運転士として乗務する研修制度だ。4カ月間の座学と、5カ月間の見習い乗務を経た後、国土交通大臣から新幹線運転士免許を受け取る。こうして、毎年大量の新幹線運転士が生まれる。今では、大学・大学院卒の1,000人以上が運転免許を持っている。これは、真のチームワークを築くための重要な原体験となっている。列車の運行体験を持つことで、すべての社員が、列車の安全・安定輸送という鉄道業の使命における自分の仕事の位置づけを理解するのだ。
また、長期・安定した雇用を前提とし、1人の人間を多角的に見ていくことで、本当の姿が見え、正しい人事運用ができる。さらに、見る側にとっても、こうした経験を積み重ねていくことで、「人を見る」というリーダーとしての重要な能力を身につけることができる。
これに対して、いわゆる科学的人事管理という手法は、人間に対する洞察力に欠ける。また、人を育てる観点に欠けるヘッドハントについても成功率は極めて低いと思う。
会社のすべてを経営トップ1人で見るわけにはいかないのであって、信頼できる人を見つけてできるだけ多くのものを背負ってもらう。そうしなければ、経営者として大きな仕事を成すことはできない。だからこそ、人を育てることが肝要なのである。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.41 からの転載です。
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