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グローバル経営の実践と日本の役割
~ボーダレスな視点で人を育て事業を生む~

味の素株式会社
代表取締役副社長 國本 裕 氏

「味の素」の歴史は、「うま味」の発見者・東京大学池田菊苗博士とそれを事業化した味の素グループ創業者・二代目鈴木三郎助との出会いによって始まった。うま味調味料「味の素」として、初めて世に出たのが1909年(明治42年)。いまから100年以上前に遡る。当時の日本は外国と同じものをいかにして日本国内で作れるかに追われていた。そうした中で、池田博士と鈴木三郎助が見据えていたのは、「世界」だった。1910年の台湾を皮きりに、中国、アメリカと海外販売を開始。ほぼ同時に、台湾、中国、アメリカ、イギリス、フランスで特許を取得した。世界初を生み出し世界を市場としていくという、新しい価値創造と開拓者精神が満ち溢れていたに違いない。それから100年経た今日、弊社が26の国や地域でさまざまな事業をグローバル展開するに至ったのも、創業の精神が一貫して受け継がれ培われてきたからではないかと思う。

ナショナルスタッフの登用<

私は入社10年後の1985年から5年間、タイの最も古い工場に配属となった。タイは、1960年に設立した弊社初のASEAN生産拠点の一つであった。その後、日本に帰国しアミノ酸事業部に約5年所属した後、1996年からブラジルの工場に5年間赴任した。このときの、私のミッションの一つが、「ナショナルスタッフをいつ工場長にするか」であった。評価の視点は、優秀さに加えてナショナルスタッフの中での位置づけ、つまり現地メンバーの中での信頼の厚さ、組織を牽引していくマネジメント力に置いた。稼働中の二つの工場を見て、私は十分にナショナルスタッフでやっていけると判断し工場長を指名した。そして、私が近くにいてはやりづらいだろうと考え、工場から離れたサンパウロに移り、定期的に工場を見て回るという形をとった。

ナショナルスタッフの登用は工場長だけに限らない。近年、弊社は海外メンバーも含め全社共通で、マネジメントを託す人材か、どういう位置づけにある人材かを、個別にカテゴライズして数字で把握できるシステムを導入した。これに基づいて、それぞれにふさわしい人材教育がなされるようになっている。2013年末を目指して、各現地法人のトップマネジメント(部長職まで含む)の50%を現地メンバーにするのが目標である。

トップマネジメントへの登用の道が開かれることは現地メンバーのモチベーションを高める。同時に、現実問題として、たとえば各国官庁とのつながりなど捨てきれない部分がある。その時、日本人にはできない重要な位置づけを彼らは果たす。実際、工場で私はそれを経験してきた。会社となれば尚更であろう。ナショナルスタッフがいてくれなければ、先に進まない部分が間違いなくある。

日本本社のボードメンバーには、海外の執行役員が2名いる。グローバルを標榜している限り、日本人がすべてではなく、取締役も執行役員も、それぞれの地域で先頭に立ってもらえるように、今後さらに増える方向に進んでいってくれればと思う。

R&Dにおける海外の位置づけ・連携

では、R&Dにおける海外と日本との連携、位置づけはどうだろうか。

消費者に向けた商品については、その国に合ったものでなければ受け入れられない。開発(D)については、日本からサポートは行うが、原則、その国でその国のメンバーを含めて行わなければ難しい。国によって濃淡はあるが、各国そうした開発機能は持っている。一方で、リサーチ(R)については、食品とバイオファイン系に関わるリサーチは日本が中心となって行っている。

そして今、全社的な課題として、各国のリサーチにおけるミッションについて手を入れ始めている。具体的には、現状リサーチは日本とロシア(アグリ)が中心となって行っているが、ASEANやアメリカ、欧州、中国、南米など、世界7つの地域での役割分担を考えて、実行していかなければならない。たとえば、アメリカにおけるバイオ情報源、ベンチャーとのつながりをつくる。バイオの最先端は何と言ってもアメリカである。各地域で何を行えばよいのか、はっきりさせなければ海外でのリサーチ展開は難しい。もう一つは、地域でどうするか。たとえば、ASEANでは各国、個別に開発機能は持っているが、タイが食品については全体をまとめる共通機能を有するように徐々に動かし始めている。

リサーチについても、開発についても日本をどう見るかが重要だ。たとえば、日本が全体を統括する部分と外部に出ては困るような部分のリサーチを行う、という機能分担をさらに進めることが求められていると捉えている。

また、研究開発で重視し始めているのが、各社取り組んでおられるが、"オープンイノベーション"と"アウトプット"(出口を常に意識した研究開発)、そして"わかりやすい絵を個々の領域で描いておく"ことである。そのベースにあるのは、地球持続性と食資源、健康な生活の3つである。これは、少子高齢化と資源エネルギー、環境と健康な生活、と言い換えることもできる。この3つをベースに置いて考える。日本の少子高齢化を、日本市場のシュリンクとして深刻な課題とネガティブに受け止める向きもあるが、私はこれは大きなチャンスであろうと思う。日本という世界最先端の少子高齢化の場を我々は持っている。それぞれの分野で行うべき絵を描ければ、リサーチすべき先も見えてこよう。

たとえば、資源・環境で言えば、一般的にバイオマスと言えば、燃やして燃料にすることである。我々の主原料はサトウキビやトウモロコシなど食とバッティングするが、茎など非可食部分を燃料にするだけでなく、原料とすることができればこれまでにない新しい食資源の開発につながる可能性もある。アミノインデックスという血液検査によって将来、癌に罹患する確率を計る技術も健康な生活確立に貢献していくというベースの上に成り立ったものだ。この技術は、食品・医薬・電子材料など弊社の商品の中で、モノではなくサービスを提供する初の事業となろう。オープンイノベーションは、こういった取組みを積極的に外部と連携して行い、スピードアップして成果に結びつけるために活用している。

グローバルな視点で見えてくる日本の役割

経営資源の配分も、ボーダレスにグローバルな視点で、考えていかなればならない。たとえば、設備投資で言えば、すでに海外比率が60%になっている。研究開発の面から見れば、多くの人が配置されているので、そこからどうやってアウトプットを出していくかに勢力を注ぐことが必要だ。一般的には、必ずしも営業利益だけでなく自己資本利益率や採算性などトータルで会社をよくしていく方向に目を向ける必要があろう。

モノの考え方がグローバルになり、ボーダレスな部分から発想したいと私自身は思う。日本が大変だから日本をなんとかしたいではなく、ボーダレスでグローバルな視点から、「これをやっていこう」と考える。その結果として、「日本ではこういうことができる」という役割が見えてくるのではないか。日本だけで考えたのでは、非常に難しい局面に来ていると思う。市場は大きく広くなっている。そこを基軸に考える人間が少し多くなったほうがいいのではないか。そうすれば、先の研究開発で述べたように頭の部分だけ抑えるなど、日本が果たすべき役割は必ずあるはずだ。

ワールドワイドに人を育てる

そうしたことをなすためにも、やはり最も重要な財産は、ワールドワイドで"人"へとたどり着く。人材育成は、育てようとして何か用意すればいいというわけではない。どうやって経験を踏んでもらうかを考えることが重要だ。
私自身は、全体を見ながら、仕事をさせてもらえる場を与えてもらえたことが、なによりも経験値として大きく身についたと感じている。

私は、タイに赴任した当時、タイ語もできなかった。タイはほほ笑みの国と言われるほど人当たりがよく、人間性を感じてすぐに好きになった。文化や政治についても、理解するように努めた。タイ語は書けなかったが、会話はできるように勉強した。また、1960年に稼働初めた時から採用した人々が働いているので、日本語が話せる従業員もかなりいた。しかし、気を付けなければならないのは、「日本語が話せるからといってかならずしも理解できているとは限らない」ということだ。彼らも日本人と同じように理解していると思うと、間違いが起こる可能性が高まる。プライベートにはタイ語や日本語で話しても、工場の中では英語が通じたので、仕事の話をするときは英語で行った。英語の勉強には、ニューズウィークを毎週買って読んだ。

弊社では約4000人の日本人従業員のうち、約220~250人が毎年、海外勤務している。過去10年では約1000人が海外勤務経験者ということになる。

人材の重要性は、当然日本だけに限らない。ワールドワイドでナショナルスタッフを含めて、考えるべきことだ。海外では、「せっかく育てたと思ったら辞めていった」という例が多いことは否めない。むしろ、日本が例外だと考えておいたほうがよいくらいだ。しかし、辞めていくから教育しないではなく、育成し処遇することで定着してもらう。もしも辞めてしまったら、他社で活躍してもらう、というほどの気構えが海外では必要だろうと思う。

グローバルに「新しい価値創造」と「開拓者精神」という創業以来の精神を培いながら、次の100年を共に描いていく。それが、これからの我々の歩むべき道であろう。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.45 からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。

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