「脱造船」から「環境の日立造船」へ
~「Employees First」で次世代リーダーを育成~
日立造船株式会社
代表取締役会長兼社長 古川 実 氏
私は2005年に社長に就任し、今年で8年目になるが、就任当時の当社の経営は、非常に厳しい状態だった。2002年に、創業事業である造船事業からの撤退を決断。造船以外の分野では、環境ビジネスは伸びていたが、重工業分野や精密機械分野は柱といえるほど大きな存在ではなく、株価も最悪の時には19円まで下がり、まさに、いつ倒産してもおかしくない状況であった。重責を担うには、「後ろには何もない。前に向かって進むしかない」と、いい意味で開き直り、社員全員が心を一つにしてスタートできたと思う。 当社は昨年、創業130周年をむかえた。一昨年末に、ヨーロッパでごみ焼却発電施設の老舗メーカーとして知られるスイスのイノバ社の子会社化に成功し、環境ビジネスをよりグローバルに展開できる基盤が整い、昨年は「第2の創業元年」と位置づけた年でもある。企業を存続させるにはいろいろな方法があるが、いちばん必要なのは、「どんな事をしてもこの会社を残す」という強い思いであると、私は思う。今当社は、ようやく、地下から地上にはい上がってくることができた状態だと言える。今後も社員全員が一丸となって、ひとつひとつ階段を登っていけば、道は必ず開けるはずだ。
首尾一貫したメッセージ「Employees First」
私がこれまでずっと、一貫して社員に言い続けてきたのは、「Employees First」(=従業員第一主義)という事だ。毎年、4月の年度始め、10月の下期始め、1月の年頭の3回の訓辞、および5月の前年度決算説明、11月の半期決算説明を加え合計5回全社員に向け一貫してこのメッセージを発し、社員の心をひとつにしてきた。会社の再建には、財務的な支えはもちろん必要であるが、最後はやはり「人」だ。優秀でやる気のある従業員さえいれば、会社は必ず再建できる。
「Employees First」の核としているのが、企業に「若い血」を取り入れるということだ。企業の活力を生み出すためには、経験と実力のある人材を中途採用する事はもちろん、新卒を積極的に採用し、新しい知恵を取り入れながら企業基盤を強くしていくことが必要だ。当社では、12年続いた無配から復配を果たした2010年より、新卒を毎年100人以上採用してきている。来年度は、大卒と高專卒を合わせ、約150人の新人を採用する予定だ。
採用した人材は、技術者向けの講座などで徹底的に教育する。OJTも充実させているが、キャリアの浅い従業員をただ現場に放り込むだけでは、良い人材は育たない。山本五十六の言葉に『やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば人は動かじ』とあるが、まさにその通りで、ほめないと、人は動かない。若い人材は、現場主義でほめながら育てていく。新卒の大量採用は、1、2年でやめたら意味がない。最低でも10年は続ける。彼らを徹底的に教育し、世界に通用する人材に育てていけば、10年後、20年後には、若く、かつバイタリティのある、全く新しい日立造船に生まれ変わっているはずだ。
フロンティア精神で外国から技術導入
当社は、1881年、イギリス人のE.H.ハンターが「大阪鉄工所」として創業した。日本初の鋼製タンカー「虎丸」の建造等に加え、橋梁・鋳鉄管、鉄道車両など、造船技術を応用した陸上分野にも進出した。元は個人経営であったが、造船所の成長と共に資本系列が変わり、1936〜45年は日立製作所の傘下にあり、1943年に「日立造船株式会社」へ改称。戦後は系列からはずれ、独立系の民間造船所として再スタートを切った。われわれは基本的には独立系の企業であり、政府からの支援もなく、創業以来、生き残っていくために常に「新しいものを開発する」というフロンティア精神で臨んできた。
造船業は戦後の高度成長期に絶頂期を迎えたが、企業体質が元気な時でもそれに甘んじることなく、新しいビジネスチャンスがあれば、前に進んでそれをつかむ精神で進んできた。具体的には、1950年にデンマークのB&W社(現マン・ディーゼル社)とディーゼルエンジン、1957年にアメリカのクリアリング社と自動車プレスのライセンス契約を締結、1960年にスイスのフォンロール社(後のイノバ社)とごみ焼却プラントの技術提携、1963年にドイツのDEMARG社から製鉄機械の導入、1977年にアメリカのウェスティングハウス社から造水装置の技術導入が挙げられる。これらの事業の発展には長い時間がかかったが、結果的には主力事業として成長し、中でもごみ焼却炉を中心とする環境ビジネスは、現在の当社の核となっている。
事業というものは、大きく育つまでにはとてつもなく時間がかかるものだ。夢に向かって修正しながら一歩一歩近づいていく、その努力が必要だ。始めた時には「点」の状態であっても、研究と開発を重ねて「線」に、さらに新しい技術を広げて「面」にし、進化させていく。こんな攻め方が必要だ。
企業は、変わらなければならない。そして、続けていかなければ、成功はない。当社がこれまで何とか生き残ってこられたのは、石油ショックや円高による競争力の低下により低迷に陥った造船業を断腸の思いで手放し、外国からの技術導入以降、メインバンクやステイクホルダーに支えられ、地道な研究開発を続けてきたからに他ならない。「変わる」ことと「続けること」。二律背反するこの2つをつなぐものといえば、「やるしかない」という強い思いである。これからもこの思いを持ち続け、未来につなげていきたい。
「脱造船」から「環境の日立造船」へ
今後のわれわれの展望としては、「脱造船」から「環境の日立造船」を掲げ、グリーンエネルギーと社会インフラ整備を重視していきたい。
具体的には、まず最初に、当社は、イノバ社の技術導入より開発を重ね、日本で初めて発電設備つきのごみ焼却炉を建設した。この発電設備つきごみ焼却炉を、世界中に広めていくことをミッションとして掲げていきたい。現在、世界の人口は約70億で、2050年には約90億になるといわれている。人口の増加と共に、ごみは増え続ける一方だ。出たごみを埋め立てのみで処分したら、循環型社会の生態系をこわし、地下水の汚染問題等も生じてくる。ごみは究極の資源である。この資源をリサイクルすることでグリーンエネルギーを有効活用し、世界のエネルギー問題や環境問題を少しでも解決していきたい。これまで、ごみ焼却炉のマーケットとしては、日本、中国、東南アジアしか考えられなかったが、イノバ社が日立造船グループに入った事により、全世界がテリトリーになる。世界中にこのマーケットを広げていきたい。ごみ焼却発電に加え、風力発電、太陽光発電、CO2やNOxの低減等に関する設備やシステムを提供し、その問題解決にも貢献していきたい。
次に、社会インフラ整備の視点としては、当社では海水淡水化プラントを開発している。中近東や離島、大きな河川が近くにない地域などは水サイクルが成り立ちにくく、慢性的に真水が不足している地域があり、世界的な人口増加の中で着実に拡大していくマーケットと位置づけている。今後はこの水ビジネスを再度強化し、大きくしていきたい。
そして、防災、一人でも多くの人命を救う減災の設備の開発だ。現在わが社には、2つの目玉商品がある。ひとつは、津波被害を防止する「海底設置型フラップゲート式防波堤」。津波の際、自動的にフックをはずしてゲートを立ち上げ、津波をある程度止めることができるものだ。2003年から開発を始めた機器で、現在、静岡県焼津市の海域で試験中であり、実用化が秒読み段階に入っている。来年以降の受注を期待したい。もうひとつが、2011年3月の東日本大震災の時に活躍した「GPS津波・波浪計」だ。現在全国に15基設置されている「GPS津波・波浪計」は、津波情報をいち早くキャッチし、気象庁の発する津波警報の予測値を引き上げた。現段階では沖合20kmの所に設置しているが、今後この津波計をさらに進化させ、沖合30km、50kmの所で感知できるよう開発し、その精度を上げる事で、防災、減災に貢献していきたい。
バランスを取り「生き残る経営」を
企業の存続と発展のためには、成功体験を積み重ねる事がいちばん大切だ。生き残っていこうと思ったら、たとえ小さなセグメントでもいいから、そこで1番になること。2番ではだめだ。勝負の世界では、どんなに僅差であっても、勝利した側と負けた側の間には、超えがたい溝があるものだ。負けが続くと社員はやる気を失い、負のスパイラルに陥る。「勝つ」という体験は、社員にとって、次のステップにつながる。当たり前だが、勝つ企業は強い。わが社は、現段階では、「勝つ方程式」を模索している状態である。これからは、攻めの姿勢で臨み、社員に「勝つ」体験をさせてやりたいと思っている。
そして経営者として、今後は、①EPC(Engineering=設計、Procurement=調達、Construction=建設)による収益の獲得と、アフターサービス、メンテンナンス等で着実に積み重ねる収益の獲得、すなわち「もの」と「サービス」のバランス、②官と民のバランス、③国内と海外のバランス、この3つのバランスをうまく取り、生き残り、勝ち抜く経営をしていきたい。
前にも述べたが、事業を継続させていく上で一番大事なポイントは、社長が「会社をこうしたい」という強い思いをもち、それをどんな事があってもめげずに続けていくことだ。そして、その思いを、常に社員に発信することでさらに大きくし、進むべき方向に、人、モノ、金をつぎこんでいく。われわれの使命は、社会生活に必要不可欠なものを開発し、技術と誠意で社会に役立つ価値を創造していくことだ。これからもこの使命を全うし、豊かな未来に貢献していきたい。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.46からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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