新規事業は連なった卵! 二の矢・三の矢と次なる矢を射ち続ける
~モットーは「明るく楽しく元気よく」活気溢れる職場が新たな価値を生み出す~
グンゼ株式会社
代表取締役社長 児玉 和 氏
グンゼ株式会社は1896年、現在の京都府綾部市で、地場の養蚕業の振興を目的に郡是製絲株式会社として創業した。靴下や肌着メーカーとしてかねてより認知度が高い同社だが、現在はプラスチックフィルム、電子部品、メディカル材料等機能ソリューション事業が利益の過半を占める。その事業多角化の歴史や、人材育成・組織変革の取り組みについて、社長就任から様々なプロジェクトを手掛けられた児玉氏にお話をお聞きした。
大切なのは二の矢・三の矢
鈴木:児玉社長は鹿児島生まれで、9人兄弟の8男(末っ子)とお聞きしました。その生い立ちが児玉社長の人生観や経営観に影響しているでしょうか。
児玉:はい。影響していると思います。私は名前が「和(のどか)」ですので、一見のんびりしているように見られますが、実はせっかちなんです(笑)。とにかく家族が多かったものですから、ご飯は丼茶碗に盛り切りで、お代わりはダメ。だから年に一度あるかないかのすき焼きの時なんか、それはもう大変でした。鍋奉行の親父が「よし」と言ったら、瞬く間になくなってしまうんです。今思えば、野菜より肉、肉でも脂身じゃなく美味しそうなところを狙おうと、子供ながらにいつも作戦を練っていましたね。そうやって日常的に生存競争の中で鍛えられていましたから、常に段取りや優先順位を考えることが身についていったのだと思います。
私はよく言うんですが「二の矢・三の矢を用意しておくことが大事」だということです。常に次の一手を考えておくことの大切さを、生い立ちの中で自然と学んだと思っています。
多角化は知見ある周辺分野で
鈴木:次に御社の歴史についてお聞きします。1896年に創業されてから120年弱の沿革の中、御社が辿られた多角化の歴史をどのように見てらっしゃいますか。
児玉:製糸業において、生糸の原料である繭を作るのは蚕という生き物です。そして蚕が食べる桑もまた植物です。さらに販売する時の価格は相場に影響されるものでした。このように、繭や桑の出来、不出来といった自然から受ける影響と、世の中の経済動向に挟まれて、常に事業は不安定でした。創業者はなんとか事業を安定させようと、養蚕家や輸出商社との取引のやり方を見直すなど対応に腐心しましたが、時代の変遷とともに化学繊維が市場を席巻するようになり、価格の面で太刀打ちできなくなっていきました。
そのような中で靴下へ、そして戦後は肌着へと、生糸という川上の原料から、より加工を施したものへ事業をシフトさせていったのです。更に、靴下のパッケージフィルムを手掛けるようになり、そこからより機能性の高い商材へと派生していきました。それが例えば導電性フィルムであったり、エンジニアリングプラスチックスだったわけです。ですから多角化と一言にいっても、やみくもに手を広げていったのではなく、自社の技術の周辺、かつ知見のある分野の中で事業を展開していったと、当社の歴史を捉えています。
「次なる卵」を早く仕込む
鈴木:知見ある分野の中で堅実に多角化していったということですね。では児玉社長は新規事業についてどのようにお考えでしょうか。
児玉:新規事業は、例えるならば「鶏の卵」でなければならないと思うんです。鶏は1日に1個卵を産みますが、実は体内では、次の日の卵が準備され連なっているんです。卵の上にちょっと小さい卵が、さらにその上にはもう少し小さい卵...という風に。これと新規事業は同じでして、ひとつ当たればそれでいいわけじゃない。プラスチックフィルムという卵の上に、タッチパネルのフィルムという卵が、その上にメディカルの卵...という感じに連なって継続性がないと・・・。要するに「次の卵」が連なってあるかどうかが大事なんですね。
では、それを考える手立てをどうするのか。大切なことは既存の成長事業がしっかりしているうちに早く次の卵を仕込むことです。当社の新規事業は着手してから上市まで、20年、30年と非常に長い時間が掛かっています。途中で断念したテーマもあれば、結果的に他社に先んじられたテーマもたくさんあります。それでも腰を据えて新規テーマに取り組めたのはなぜか。それは、本業がいい時に早期に着手していたからに他なりません。
短期的な利益を求め一気に刈り取る、いわば"狩猟民族型"の経営ではなく、本業が元気なうちに次の種を蒔く"農耕民族型"の経営を行ってきたからこそ、当社は新たな事業を展開しつつ今日まで120年近い歴史を築いてこれたと私は思っています。
アパレルのブランド力こそグンゼの要
鈴木:そんな中、本年2月、42年ぶりに「YG」という肌着ブランドを刷新されました。「グンゼ」というアパレルのブランド力、知名度が、新規事業を支えているということでしょうか。
児玉:そのとおりです。成長性のある機能ソリューション事業へ投資を集中すべきという声もあります。それも当然やりますが、私は、アパレル事業にこそ、ブランド強化のための投資をすべきだと考えています。社長に就任する前から、アパレル事業において、グンゼというブランド力が低下していることを、調査などで把握していました。特に若い世代の認知度が低いのです。私はなんとかしてこのグンゼブランドを立て直したいと思い、プロジェクトを立ち上げました。
当時、既にグループの利益は機能ソリューション事業が大半を占めていました。プロジェクトを進めるにあたっては、アパレル事業だけでなく機能ソリューション事業、スポーツクラブなどのライフクリエイト事業の担当者も巻き込みました。驚いたことに、アパレル事業だけでなく、B to Bの機能ソリューション事業に携わる人もグンゼというブランドに対して強い思い入れを持っていることがわかりました。「肌着のグンゼ」という強固なブランド力があるからこそ、フィルムを持って商談に行っても「ああ、あの肌着のグンゼさんだったら品質は間違いないですね」と会ってくれるわけです。つまり「グンゼ」というアパレルのブランド力が実は新規事業も後押ししていたのです。この先もアパレル事業のブランド力を強化し続けることが他の事業も強くするという信念を持って推進しています。
3本のプロジェクトの矢で職場を活性化
鈴木:社長就任後、すぐに「コーポレートプランドの再強化」「職場の元気力向上」「女性きらきら」の3つのプロジェクトを立ち上げられ、組織力強化に取り組まれました。その背景や狙いはなんでしょうか。
児玉:先にもお話ししましたが、肌着の長期低迷は、ブランドの問題のみならず、人、組織など、様々な問題に起因していました。戦後、当社の利益のほとんどを肌着が稼いでいた時代もあり、とにかく売場の面を取りさえすれば、あとは放っておいても売れるというおごりがありました。機能、品質がよければ少々高くても売れると高を括っていたんです。当然、消費者のニーズともズレが生じ、売上も落ちていきました。
そんなプロダクトアウト的な発想に、さすがに事業部内でもそれはおかしいんじゃないかという声が出始めました。何より私自身、疑問を感じていました。そこで、社長になってすぐ、まずは社内の風通しをよくしなければいけないと、これらの社長直轄プロジェクトを立ち上げたのです。様々な部門を巻き込み、まずは思っていること、意見を忌憚なく言い合える風土をつくりましょうと。
その過程で「明るく楽しく元気よく」というスローガンを打ち出しました。複雑な難しい言葉で表現しても社員の心に響かないでしょう。だから、わかりやすくシンプルな言葉に落とし込んだのです。また、中でも重要なのが「女性の意見」です。普段、肌着を買うのは女性です。自分の物はもちろん、旦那さんの肌着も買うのは奥さんだったりするわけです。なのに、これまで男性目線の商品開発に偏りがちでした。女性の登用は、女性ならではの感性を引き出すだけでなく、そのような職場に一石を投じ、結果的に職場の活性化にも繋がりました。今ではエイジング世代の肌の変化に着目した女性向け肌着シリーズ「キレイラボ」など、女性が中心となって立ち上げたブランドも好評をいただいており、徐々に成果となって現れてきています。
社長は発信が大事!誰より現場に足を運べ
鈴木:プロジェクトを徹底させるには仕掛けも重要でしょう。実際に児玉社長がどういうアプローチをされたのかお聞かせください。
児玉:とにかくトップからの発信が大切です。当社にはイントラネット上に「こだま通信」というのがありまして、私がそこへメッセージを出すんです。例えば読んだ本や、自身の私小説までアップしています。それを継続することで何かが変わるんじゃないかという思いで続けています。
本社で社長室に座っていても仕方がありません。毎週現場を回り、得意先にも同行します。そして、夜は必ずパートさんも含め訪問した事業所で缶ビールで飲み会をするんです。そういう時、話しやすい雰囲気づくりに「こだま通信」の話題が役立つわけですよ。そしてその時撮った写真もイントラネット上にアップすれば社長の行動の見える化にもなりますし記念にもなります。
こうして、私が2012年6月に社長に就任してから、実際に会って言葉を交わした従業員は既にのべ1万3千人を超えました。プロジェクトが上手くいっているかどうかは、推進メンバーである女性たちの顔を見ればすぐわかります。職場で上司の協力を得られず、上手くいっていないとわかれば、そこの管理職はダメだと私は烙印を押します。やると言ったからには率先垂範して徹底的にやる。そのために自ら現場に足を運ぶのもトップの役目です。「社長の靴音が現場を鍛える」と思っています。
人間は朝脱皮して成長する!
鈴木:組織の変革、職場の活性化もポイントとなるのは結局「人」ということですね。児玉社長はどのような人、組織が理想でしょうか。
児玉:私は社内研修の場にできるだけ足を運び、必ずそこで話すことがあります。それは「昆虫だけじゃない!人間も朝脱皮するんだ」ということです。当社では毎朝、体操をして「朝の歌」を歌う伝統があります。私も入社当時は正直これが嫌だったんですが、今は朝、体操して歌を歌う---これほど大事なことはないと思っています。これは言わばオンオフの切替えの儀式であり、こうしていい一日が始まって気を引き締めて仕事に臨めば結果的によいパフォーマンスに繋がるんだと。そしてあなた自身、今少し成長しているんだよ、という意味なんです。
また、これも狩猟民族型、農耕民族型経営の違いに近いと思うんですが、私は組織は個人戦より団体戦の方が強さを発揮できると思っています。個人の能力が高いからとホームランバッターを9人そろえて野球になるでしょうか。我が我がと内部衝突の末、そのチームは分裂するに違いありません。それよりも1番から9番まで、個性ある多様な人を適材適所で上手く使う、そんなチームワークで仕事をする方が組織として力を発揮すると思うのです。それを引き出すのも上司の手腕ではないでしょうか。
この先間違いなくダイバーシティーの時代がやってくるでしょう。発想も能力も似通った金太郎飴のような人材を多数育成するのではなく、多様な考え、能力をもった人、違う企業文化を経験したいわば異分子を取り込むことも、組織を活性化する上で重要だと考えています。
積極的に他流試合に臨め
鈴木:最後に、児玉社長のこれまでのご経験を踏まえ、次世代を担うトップや経営幹部の方に向けたメッセージをお願いします。
児玉:できれば自ら手を上げて関連会社へ出向したり、海外へ出て、他流試合、つまり小さくても経営に積極的にチャレンジしてほしいですね。それもできるだけ若い時期がいいでしょう。その上で可能なら資金繰りの責任を持たせてもらうこと。要は「金庫を担ぐ」経験が大切なんです。
資金が足りなければ自ら銀行に出向いて交渉し、従業員の給料を工面する。人事も然りで、人手が足りなければ自分がハローワークへ足を運ぶ。そういう他流試合を通して培った交渉力や難局を乗り越えた経験こそ、経営スキルを身に着ける最も早道ではないかと思います。本社で経営企画を経験したからといって、いざ企業経営をした時に上手くいくかというと、それは違うのではないでしょうか。
今、どこでも海外でのオペレーションが増えています。自ら手を上げる積極的な人材には必ずチャレンジさせてくれるでしょう。ぜひ若いうちに他流試合に進んで挑み、自らをどんどん成長させていってほしいですね。
【対談を終えて】鈴木 亨のひとこと
グンゼでは継続的に新規事業を創出してきました。それは、組織は個人戦より団体戦、チームワークで仕事をし力を発揮するという基盤があったからだと思います。そこに児玉社長が「明るく楽しく元気よく」というスローガンを吹き込みました。異質の意見も受け入れて新たな価値を創造をすることで、継続的な基盤の強化を図ることができる、それがグンゼの強みだと感じました。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.53からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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