"第3のイノベーション"で新たなバリューを創造する
〜「仕掛け」と「実行」の徹底で改革を目指す〜
ヤマトホールディングス株式会社
代表取締役会長 木川 眞 氏
ヤマトホールディングス株式会社は1919年(大正8年)に創業し、2019年に創業100周年を迎える。前身である旧ヤマト運輸株式会社の純粋持株会社制への移行に伴い、2005年、現社名に変更された。宅急便をはじめ、ロジスティクス事業やフィナンシャル事業などを行っている。代表取締役会長の木川眞氏は現在、「路線事業」「宅急便」に次ぐ、ヤマトグループにとって第3のイノベーションを手がけている。イノベーションの担い手ゆえのご苦労と喜び、そして今後の展望についてお聞きした。
挑戦し続けるヤマトグループが持つ「健全な危機感」の正体
鈴木:木川会長は2005年、みずほコーポレート銀行からヤマト運輸に移られましたが、きっかけや入社したときの想いをお聞かせください。
木川:もともと、私がいたみずほフィナンシャルグループはヤマト運輸の取引銀行としてお付き合いがあり、そのご縁でヤマト運輸に入社しました。
入社したときに当社の有富(当時のヤマト運輸会長)から聞いた「木川さん、ウチの会社、5年後10年後には衰退しているかもしれない」という言葉は衝撃的でした。でも、よくよく話を聞いてみると、「今は宅配便のトップランナーでも、人口が減ってGDPも低下していく中、内需産業だけに頼っていたらいずれ成長力を失う」という危機感を持て、ということだったのです。
ヤマト運輸といえば、取引銀行の目から見ても業績を順調に伸ばし続ける宅配業界のリーディングカンパニーで、財務的にも無借金で何の心配もない会社だというイメージがありました。そのため、外から見ていたときとのギャップに驚いたのと同時に、この「健全な危機感」こそが、ヤマトグループの絶えざるイノベーションのDNAであり、強みなのだと感じました。
ヤマトグループは1919年の創業以来、二度のイノベーションを起こしてきました。一度目は創業者である小倉康臣氏が手がけた1929年の「路線事業」、二度目は創業者の後を継いだ小倉昌男氏が手がけた1976年の「宅急便」です。宅急便は40年近くたった今でも成長を続けていますが、実はオイルショック後の経営難を立て直すために開始した事業でした。ですから、昌男氏には、経営難に陥る前に次の一手を打つことができなかったという反省があったのではないかと思います。その反省から、「元気なときこそ次の成長を目指して挑戦を続けるべきである」というヤマトグループの風土がつくり上げられ、今もなおそれが根付いているのだと思っています。
「路線事業」「宅急便」に次ぐ第3のイノベーションに挑む
鈴木:銀行業界と運輸業界では何が一番違うとお感じになりましたか。また、それが成長戦略を描くうえで、どのように影響してくるのでしょうか。
木川:一番の違いは銀行業界は非常に規制が強く、運輸業は規制が緩やかであるという点です。ですから、ヤマト運輸に来たときには、解放感がありました。次の成長戦略をどう描いていこうかと考えるときに、規制にとらわれることなく、自由にさまざまなことに挑戦し、当社の強みを存分に発揮できると感じました。
しかし、規制がなく自由な分、同じ土俵で闘っている他社との差別化を図っていかなければ勝ち残れないという厳しさもあります。オンリーワン、ナンバーワンの存在でいるためには、10年後20年後にターゲットとする市場でどのような変化が起きているのかを見通して、常に新しいことに挑戦し続けていかなければなりません。
私が入社した2005年当時、宅急便はまだまだ伸び続けていましたが、宅急便だけに軸足を置いたままではいずれ成長力を失うのではないかという危機感がありました。そこで、次の成長戦略では、宅急便を伸ばし続けながらも、新たなフィールドにも活動領域を広げることで事業ポートフォリオ構造を変えていこうと考えました。そのためにホールディングス制を導入し、さらに「路線事業」「宅急便」に次ぐ第3のイノベーションの実現に向けて今もなお走り続けています。
ネットワーク革新で企業の「物流改革」を目指す
鈴木:木川会長が描いている「第3のイノベーション」では具体的にはどのようなことを実現するのでしょうか。
木川:われわれは、第3のイノベーションを通じて「アジアNo.1の流通・生活支援ソリューションプロバイダー」となることを目標に掲げています。それに向けて打ち出したのが、ネットワーク構造改革を柱とした「バリュー・ネットワーキング」構想です。
この構想では、物流を単なる「コスト」から「価値を生み出す手段」に進化させ、企業の物流改革を支援することで日本経済の成長戦略に貢献することを目指しています。これまでtoC(個人宛て)に強みを発揮してきた当社のネットワークを進化させ、さらにモノの流れの中で修理・洗浄・印刷などさまざまな価値を付加することで、ワールドワイドに小口・多頻度でモノが動くBto(企業発の荷物)の分野で価値あるサービスを提供します。また、toC分野においても利便性をより向上させるために、eコマース(インターネット通販など)における関東・中部・関西の三大都市間における当日配送を実現します。
これらの実現のため、ネットワークの革新を図ってきました。グローバル輸送においては、「宅急便のアジア展開」と「沖縄国際物流ハブ」の活用によりアジアへの翌日配送を実現し、羽田に日本とアジアを結節するヤマトグループ最大級の総合物流ターミナル「羽田クロノゲート」を建設しました。また、国内輸送においては、今後の労働力不足も考え徹底的な省力化と、同時に国内主要都市間の当日配送を実現する新たなネットワーク「ゲートウェイ構想」をスタートさせ、その第1号となる「厚木ゲートウェイ」を建設しました。
この革新的なネットワークとロジスティクス・IT・決済といった当社グループの有する機能を生かして企業の「物流改革」を支援していきたいと思っています。
当社はこれまで、ゴルフやスキーの手ぶら文化やクール便、時間帯お届けサービスなどを次々とつくり出し、お客様の利便性を飛躍的に高めてきました。この宅急便で培ったエンドユーザー目線を生かし、企業のお客様のニーズに応えることで、企業の「物流改革」を大きく進めることができると考えています。
サービス向上のカギは社内改革にあり
鈴木:国内外ネットワークの構築とBtoBの強化、ソリューション活動を次々と実践されているヤマトグループですが、ネットワークの運用やお客様へのソリューション活動は、現場の社員の皆様によるところが大きいと思います。現場の社員の皆様に経営陣の想いを伝え、共に動いてもらうために、どのような方法をおとりになったのでしょうか。ご苦労されたことなどがあればお聞かせください。
木川:従来の物流においては、「品質」「スピード」「コスト」のうちどれかが秀でていれば評価されていました。しかし現在は、これらすべてが揃わなければ、お客様の満足を得ることはできません。そこで、品質とスピードを向上させながらも、低コストなサービスをご提供できるよう、ネットワーク構造改革とともに社内の業務改革と意識改革を行いました。
宅急便サービスを提供するヤマト運輸では、生産性低下につながるオーバーワークの見直しから始めました。たとえば、セールスドライバーの業務から集荷・配達以外の作業を極力省力化・分業化し、長時間労働をなくす仕組みづくりをしていきました。セールスドライバー自身が行っていた荷物の積み込みをパート社員に任せることで、早い人で朝7時前に出社していたセールスドライバーは8時に出社すればよくなりました。
ベテランのセールスドライバーからは、「他人が積んだのでは不安だ」「やっぱり自分で積み込みたい」という戸惑いの声が上がりましたが、お客様へのサービス向上のために少し今までとは違うやり方を工夫しようじゃないか、ということを現場に問いかけ続け、チャレンジしてもらいました。2年くらいトライアルし続けていくうちに、ベテランのセールスドライバーも「意外にいいじゃないか」と納得して、さまざまな工夫が現場で生まれ始めました。これと同時に、ソリューション営業を積極的に推進するための意識改革も行っていきました。それまでは本社が商品開発をして現場が遂行するトップダウン型でしたが、お客様のニーズを拾うためには現場の声をもっと聞こうということで、社長以下本社の役員が現場に赴き、そこで提案を受け議論を行うボトムアップ型のグループエリア戦略ミーティングを開始しました。これにより、お客様の生の声をより適切に商品企画に反映できるようになったと考えています。
また、企業の「物流改革」は宅急便という単機能で実現できるものではなく、ヤマトグループ全体で支援していくものですから、グループをあげてソリューション活動をしていこうと呼びかけ、啓蒙を進めていきました。
仕掛けと実行を分担・徹底 二人三脚で改革を断行する
鈴木:第3のイノベーションに向けて、ネットワーク構造改革をし、同時に社内改革も進めてこられました。これらを徹底してやられてきたことへの想いや今後の展望についてお聞かせください。
木川:一連の改革では、仕掛けと実行を徹底してきました。ネットワーク構造改革の仕掛けは主に私が行い、現場へ出向いての社内改革は私の前任者の瀬戸(現相談役)が担ってくれましたので、まさに二人三脚で進めてきました。これらの改革は同時並行的に行いましたが、だからこそ大胆かつ先進的なイノベーションが可能だったのです。
10年間必死で走り続けてここまで来たわけですが、成果はこれから刈り取っていくという段階です。ただし、きわめていい流れができており、事業のポートフォリオもねらいどおりに大きく変化しています。
何よりも、来年度には三河ゲートウェイが、再来年度には大阪のゲートウェイが完成する見込みで、関東・中部・関西間の当日配達の実現が見えてきました。海外のネットワークも順調に拡大しています。この姿を社内外に示すことができ、お客様には「ヤマトグループは大きく変わったな」「一緒に組めば何か面白いことができるかもしれないな」と感じていただける流れができたと思います。社員は自信を持ち、モチベーションは順調に上がっています。
また、日本企業が国際競争力をつけていくためには、ものづくりを担う一次産業二次産業の成長が欠かせません。たとえば、農産品を新鮮なまま海外に届けることにはとても価値がありますが、そのインフラはすでにわれわれが「国際クール宅急便」としてつくり上げています。デフレの時代に思い切った先行投資をしたおかげで、われわれの役割をこのタイミングでアピールでき、順回転できているのだと思っています。
経営者に必要なのは「発信力」どう伝え、理解してもらうか
鈴木:最後に、木川会長から次世代を担うトップ、経営幹部の方へ向けたメッセージをお願いします。
木川:私は、経営者にとって大事なスキル・力は4つあると考えています。
1つ目は「挑戦力」です。率先して事業変革をさせるといった、新しいものに挑戦する力が必要です。
2つ目は「決断力」です。これは、決断することに対して腹をくくっているかということです。たとえば、投資をいくらするかといったときに求められます。
3つ目は「危機対応能力」です。当社の場合、たとえば1年半前のクール宅急便の温度管理問題が典型です。問題が発生したときに経営者が初動をどうするかで、その後が決まります。初動を間違えると泥沼に入っていきますから、それをどうくい止めるか、社員の動揺をどうおさめるか、これは経営者として磨いておかなければならない力です。
そして4つ目は「発信力」です。これが4つのうちで一番大切です。社内外に発信するときは、どう伝え、どう理解してもらうかという自分のスタイルを持たなくてはいけません。いくら挑戦する力があっても、そして危機対応のスキルを磨いても、発信方法を間違えたら結局何もできません。先のネットワーク革新には、それまでの設備投資費の10倍にあたる約2,000億円という巨額を投じましたが、私はこれを積極的に発表しました。ヤマトグループが大きな攻めに転じたということをメッセージとして社内外に示すためです。また、メッセージはわかりやすいことが大切です。私は常に、言いたいことを短いキャッチフレーズにします。たとえば、昨年の発信は「シッカリ、イキイキ、ワクワク」でした。これには、ヤマトグループがこれからも成長し続けるためには「しっかりした経営理念を皆で共有し、社員がイキイキと働き、ワクワクするような経営戦略が実行されている」ことが大切だというメッセージを込めています。
次世代のリーダーには、長い視点で先を見通し、絶え間ない挑戦をしていってもらいたいですね。そして、この挑戦を支えてくれるのは「人」ですから、ぜひ「人づくり」を積極的に行い、全社員が一丸となって挑戦していく風土をつくっていってほしいと思います。
【対談を終えて】鈴木 亨のひとこと
木川会長が一貫してお話になっていることは「健全なる危機感」を持ち、次のステージへ挑戦していく、ヤマトグループのDNAではないでしょうか。このDNAを引き継ぎ、ヤマトグループのサービスの原点を見つめ、新たな改革の牽引者としてグループをまとめていくトップとしての強い想いと物流事業者としての熱い心意気を、ご本人のインタビューを通して感じました。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.59からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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