未来を拓くヒントは、先人の言葉にあり 人と企業を育てる「十の教訓」
株式会社ジェイテクト
取締役社長 安形 哲夫 氏
電動パワーステアリングの世界トップシェアを誇るジェイテクトは、2006年、光洋精工と豊田工機が合併して誕生した。安形氏は2013年の社長就任以来、トップマネジメントを担ってきたが、そこには自身がトヨタ自動車時代に学んだ教訓が色濃く反映している。トヨタ生産方式、経営戦略、コミュニケーションの極意など、その1つひとつが実体験を通して得た貴重な教訓となった。新人時代の失敗談に始まり、管理職の心得、経営者が持つべき視点に至るまで、エピソードを交え余すことなくお話しいただいた。 ※2018年8月3日JMACトップセミナー「先人十訓 私が学んだ十の教訓」より
「今後気をつけます、はダメ」まずは仕組みをつくれ
私は1976年(昭和51年)、当時のトヨタ自動車工業に入社しました。トヨタでは生産、営業、海外を転々としましたが、ベースは生産管理マンです。トヨタには、トヨタ生産方式をつくった大野耐一さんがおられました。残念ながら直接教えを請うことはできませんでしたが、大野さんのお弟子さんたちがまだ社内にたくさんいた時代に、さまざまな方に出会い、数々の貴重な教えを受けました。それを整理して書き留めたもののうち、10のエピソードを選んで持ってきたのが今日の話です。
先人十訓
其の一:仕組創造 今後気をつけます、はダメ!
其の二:徹底追究 「なんでだ?」を5回繰り返す
其の三:現場主義 カローラが500万円にならない理由
其の四:戦略必勝 儲かっとるかね?
其の五:可変行動 性格なんぞ変わらん。だけど行動は変えられる!
其の六:発言促進 「それで?」聞き上手の言わされ専務
其の七:情理尽力 女房を口説いた時のことを思い出せ!
其の八:悪報迅速 まあそこへ座れ!
其の九:観察熟考 大野さんは答えを教えてくれなかった
其の十:自問真価 競争力はあるのか?
さて、本題に入ります。1番目は「今後気をつけます、はダメ!」という新入社員時代の話です。配属3ヵ月目、私は資材管理課で材料を手配する仕事をしていました。しかし困ったことに、当時はコンピューターから出てくる数値の精度が低かったので、毎回修正が必要でした。そこで、もう修正しなくていいように、システム部に私の担当工場のデータだけを全部キャンセルしてもらって、自分で1からデータを正しく入れ直しました。ところがその処理結果が出た翌日、社内は騒然。システム部が間違えて全工場のデータをキャンセルしていたのです。責任を感じてデータの復元を手伝いましたが、3日間夜通しの作業は本当にたいへんでした。
やっと一件落着して課長のところに行き、「今後、こういうことがないように気をつけます」と言うと、「君がガンバったことはわかっているけど、その『今後気をつけます』というのは気に入らないね」と言われたのです。「気をつけますというのは、マネジメントの道から外れている。マネジメントの第一歩は、ボーッとしていても異状があればそれを知らせるランプがついて、そこに飛んでいけばいい仕組みをつくることだろう」と。あれは私にとって最初の洗礼でしたが、ずいぶん勉強になりました。今でも忘れられない教訓です。
「なんでだ?」を5回繰り返し 真因を追究する
2番目は「『なんでだ?』を5回繰り返す」という話で、いわゆる5why、5なぜです。資材管理の次は生産企画に行きましたが、そこの係長はトヨタでも有名な「なんでだ?」おじさんでした。これはよくするたとえ話ですが、「機械が壊れました」「なんで壊れた?」「機械を駆動しているモーターが焼きつきました」「なんで焼きついた?」「モーターを駆動しているオイルポンプが詰まりました」「なんでオイルポンプが詰まった?」「オイルが汚れていました」「なんで汚れた?」「オイルをきれいにするオイルストレーナーが破れていました」。ここまで来て「トヨタにはもともと定期的にオイルの清浄度をチェックする仕組みがなかった」という真因にたどり着くわけです。真因まで辿り着かないで対策をやっていると必ず再発しますから、真因を追究する文化、習慣はとても大事です。
3番目は、「カローラが500万円にならない理由」です。生産企画部で、ジェイテクト初代社長の吉田さんが係長、私が平社員の時の話です。ある日、吉田さんに呼ばれてこう言われました。「現場には9割の理があるが、現場の言うことをそのまま『そうですね、たいへんですね』と聞いていたら、今ごろカローラは500万円になっとるぞ。現場には『そうは言っても、こうすべきだ』と押し返せ。それをやっているからカローラはいまだに150万円でできるんだ」と。ここまでは割とわかりやすい"べき論"です。
ここからまだ先があります。時の吉田係長は「だけどな、現場が本当に困っているときには、現場が泣いてくる前に行って助けてやれ。それができたら現場のお前に対する信頼は盤石なものになる。いつもはお互いの主義主張から綱引きをしているが、本当に困っているときには絶対に助けてくれる。そういう管理者になれ。だから現地現物で、毎日足すり減らして現場をまわれ。誰よりもよく現場を理解していなかったら、マネジメントできないぞ」と。これは厳しく言われました。もちろん、今でも守っています。時間を惜しみ、1つでも多くの現場に行くようにしています。
笑顔の「儲かっとるかね?」は 綿密なストラテジー(戦略)
4番目は、「儲かっとるかね?」です。入社6年目の時にトヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売が合併して、私は合併後の第1期生で車両の営業部に配属されました。そこの部長は販売店さんが来るとニコニコしながら「儲かっとるかね?」「儲けにゃいかんよ」と言うわけです。そして実際、われわれが儲かっていない販売店さんに張り付いて、一生懸命に経営改善をやっていたら、3年後には販売店全体で史上最高益が出ました。
これを部長に報告すると、「大至急、販売店向けの節税策を考えろ。来週みんなを集めるから」と言われたので、税務の本を読みまくり、急ごしらえで節税マニュアルをつくりました。結果、販売店の手元には純利益がしっかり残った。すると部長はこう言ったのです。「この儲けたお金の使い道は2つだけだ。借金を返すか、店舗をきれいにするための投資をするか。それ以外は認めない」
ここに至って初めて、やっと部長の真のねらいがわかったのです。ニコニコして「儲かっとるかね?」と言いながら、実はストラテジー(戦略)があった。預かった販売店をきちっと財務的に強くして、販売力のあるディーラー群に仕立てるためには何をしなければいけないか。それを最初から言ったのではダメで、「儲かっとるかね?」と言っていたわけです。このとき、ストラテジーを持たない経営はない、ということを肌で学びました。
魅力的な人を見つけたらマネをして自分のものにしろ
5番目は、「性格なんぞ変わらん。だけど行動は変えられる!」です。これも営業のときの話です。私は今でこそこうして話していますが、昔は割と無口で、どうしたら販売店さんとうまくやれるのかな、などいろいろと悩んでいました。そうしたら上司にこう言われたのです。「性格を変えようなんて、そんな大それたことを考えるな。だけど行動は変えられる。だから、『あの人いいな』と思う人の言動を見て、マネをしろ。それをずっと繰り返していけば、そのうち板につくから心配するな」と。まだ30歳前後だった私にとってはコペルニクス的転回で、「ああそうか。マネして行動を変えればいいんだ」と思った瞬間、胸のあたりがとても楽になったのを今でも覚えています。
次は6番目、「『それで?』聞き上手の言わされ専務」です。これも営業時代の話で、国内営業担当の専務に学んだことです。その人は部下の話をとても真剣に聞いてくれる人で、相手の目を見てうなずきながら、「なるほどね、僕には専門外だからよくわからんのだけど、そうなってるの、へぇ、なるほどねぇ。それで?」と聞いてくるのです。これが危険極まりない。この調子でみんな話を引き出されて、全部話してしまうわけです。「問うに落ちずに語るに落ちる」とはこういうことか、と今にして思いますね。
だから私も、部下と話すときには目線を合わせて「で?へぇ、そうなんだ、へぇ」とか言いながら一生懸命マネはしているんですよ。でもあの域には達せられないですね。ヒアリング力というのはコミュニケーションの第一歩ですから、諦めずに努力していきたいと思っています。
マネジメント成否のカギはコミュニケーションにある
7番目は、「女房を口説いたときのことを思い出せ!」です。営業から生産に戻って課長になったとき、上司にまず言われたのは、「君たちは『部下と対等なコミュニケーションを心がけます』などと言うけど、そんなに簡単なものじゃない。ポジションパワーを意識しなきゃダメだ」ということでした。「べき論だけでは人は動かない。とくに下の人間に向かっては、女房を口説いたときのことを思い出せ。『こんな話をしたらどう思うかな』とか、あのときほどコミュニケーションにエネルギーを使ったことはないだろう?」と。
この話は、私も昇格辞令を渡すときに必ずしています。「昇格したのだから、今まで以上に部下にハンデを与えるようにしてください」と。そのようにしない限り、とくに下に対するコミュニケーションはできませんから、かなり意識しています。
8番目は、「まあそこへ座れ!」です。私が新車進行管理部で課長をしていたときの部長の話です。そこは進行中のプロジェクトの問題解決をする部署だったので、上へは悪い情報しか来ません。その部長は、誰かが飛んでくると机の上をさっと片付けて、「まあそこへ座れ」と。で、ニカッと笑って「どうしたんだ?」と斜めではなく必ず正対して聞いてくれました。あの姿勢は今でも忘れません。
その後、何代か後に私もそこの部長になりましたが、つい顔に出てしまいますね。部下は悪い話を持ってくるとき、ものすごくナーバスになっていますから、こちらの顔がピクッとしようものなら二度と来ません。ニカッと笑って受け止めてあげなければいけない。だから、誰かが飛んできたら、下を向いて「1、2、3」と3回深呼吸して、ニカッとする努力をしました。魅力的な人のマネはしなくてはいけないと思っているので、現役の間はこの努力を続けようかなと思っています。
9番目は、私の師匠たちの師匠である大野耐一さんのエピソード、「大野さんは答えを教えてくれなかった」です。トヨタの現場改善で若い人をどう育てているのか、有名な話があります。問題のあるラインがあっても答えは言わず、ラインの前にじっと立たせて、わかるまで考えさせるのです。厳しい中にもフォローがあって、人が育つ。私は65歳になった今でもつい答えを言いたくなってしまうので、これは反省しなくてはいけないと思っています。
永続的な発展を目指し、今、何をすべきか考え続ける
最後、10番目は「競争力はあるのか?」です。のちにダイハツの会長になった方の話です。この方がトヨタの副社長だったとき、みんなで生産技術の改革を一生懸命やりました。その成果について「このようにして生産性を2割上げました」と報告したら、「それで競争相手に対してどれだけ競争力を確保できたんだ?」と言われたのです。このとき、ベンチマークがない改善目標は意味がなく、自己満足でしかないということを厳しく教え込まれました。
この発想は、今でも経営計画を考えるときに活かされています。競合相手がどのぐらい伸びるのかを予測し、それより上に行かなければなりませんから、5年の中期経営計画を毎年見直して、常に5年先を見据えた戦略を立てています。さらに、10年、15年先には世の中や競争相手はどう変化しているのかを学習・議論する場もつくりました。こうした仕組みをつくっておくと、私がいなくなったあとに誰が社長をやっても、最低限のパフォーマンスを保証できます。それができなければ企業は永続的に発展できませんから、この会社に来たときに社長として真剣に、そして何よりも先に考えたのがこういうことでした。
今日は、私がこの40年近い間にいろんな方にしごかれ、叱られながら得た教訓を、そして自分自身が今でも大事だと感じて思って実行していることを申し上げました。何らかのご参考になったとすれば幸いです。
講演後の質疑応答・意見交換より
Q:営業部門の生産性や営業力を高める方法は?
安形:ビジネスフローの整理、面当たり営業、引き継げる体制づくり、の3つを実践しています。モノや情報の滞留をなくすため、仕事の内容と情報の流れを可視化することは大事です。「面当たり営業」とは、お客様のトップには私が、次の営業本部長に対しては営業本部長が、というように上から下まで各階層に「面」で当たることを言います。情報源が一人だけだと、「技術部長が反対していたのを知らず、後で結論がひっくり返ってしまった」ということもあり得るので、「面」で営業情報を取ることは大事です。また、こうした体制をつくっておけば、いずれ私や先方のトップがいなくなっても、次につながっていくのです。
Q:安形社長にとってのトヨタの文化、DNAとは?
安形:「5なぜ」で真因の話をしましたが、もう1つ大事なのは「そもそも何のためにやっているんだ」と真の目的を追究することで、それらに対する執着力は相当強いと思っています。ですから、「真因」や「真の目的」を徹底的に追究する、というところが強みであり、文化、DNAなのかなと思います。
【講演を聴いて】鈴木亨のひとこと
安形社長のお話のうまさもさることながら、先人の十の教訓、それぞれを自分が正にその場にいるような臨場感を持って聞くことができました。安形社長にとって大きなインパクトがあった事実に対して参加者の皆さんが共感を持たれ、自分の振る舞いと照らし合わせて、自分の十の教訓に昇華されたのではないかと思います。トヨタの人の育成、人材の層の厚さも改めて認識させてもらいました。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.67からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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