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ファスナーの世界市場に挑むYKKの技術と精神

YKK株式会社
代表取締役社長 大谷 裕明 氏

黒部から世界のマーケットリーダーへ

 ファスニング事業、AP(アーキテクチュラルプロダクツ=建材)事業と、両者を支える工機技術本部を抱え、世界73カ国/地域(2018年3月末現在)に展開するグローバル企業のYKKグループ。北陸新幹線開業を機に、研究・開発部門や製造拠点がある富山県黒部市に本社機能の一部を移転し、「技術の総本山」としての位置づけを強化している。富山県は、創業者・吉田忠雄の出身地でもあり、YKKグループは地域のまちづくりにも貢献している。  今回は、JMACトップセミナーの基調講演(2019年3月12日開催)をベースに、ファスニング事業におけるビジネスの視点を紹介する。  YKKが製造するファスナーは国内では高いシェアをもつ。しかし、目を向けるのは世界市場。なぜなら、YKKグループの最終ゴールは収益の最大化ではなく、全ステークホルダーへの貢献度の最大化だからだ。同社のファスニング事業では、世界73カ国/地域でグループ約4万5千人のうち約2万6千人の社員が働く。売上は「顧客からの支持」を、利益は「事業の持続性」を表すバロメーター、株式は経営への参加証というのがYKKのスタンスだ。アパレル市場、縫製市場が劇的に変化し続けている今、ファスナーの「スタンダード」「BOP(ベース・オブ・ピラミッド)」セグメントに挑戦する秘策とは何か。

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美しい扇形の黒部川扇状地

「最大需要市場」をスタンダードと呼ぶ

アパレル業界の劇的変化

hint_ykk_01.png ファストファッションの台頭によりアパレル市場は大きく変わりました。ファッションの短サイクル化が進み、ファスナーには価格はもちろん少量・多品種・短納期対応が求められています。顧客をピラミッド型に分類すると、頂点がバリューコンシャスゾーン。高級ブランドや、機能重視のスポーツアパレルなどのお客さまです。次がスタンダードゾーン。もっとも顧客層の多い量販店、ファストファッションやEC。そしてBOPが近年ターゲットにしているインドなど新興国の内需市場。これは新たなターゲットで、材料や製法から見直してこれまでとまったく違う商品を開発して販売を開始しました。
 この巨大なアパレル市場のど真ん中、スタンダードとBOPという、最大ボリュームゾーンに、私たちは「より良いものを、より安く、より速く」の考え方で挑戦していきます。

事業の心臓部が工機技術本部の理由

hint_ykk_02.png 創業当時のファスナー製造は手作業でした。YKKでは1950年ごろから機械化を始めると、その後、機械の自社開発にも取り組み1980年ごろには自社開発の機械をすべての工程に導入。最新の機械設計を自社内(工機技術本部)でできることが、中国やアジアのファスナー供給会社と競争していく上での最大の強みになっています。日本の技術力を投入した機械を各国の工場に装備することで世界同一品質で製造し、お客さまに商品を提供できるようになります。「より良いものを、より安く、より速く」これがファスニング事業のスローガンですが、実現のために工機技術本部が不可欠なのです。

100億本突破

hint_ykk_03.png わが社では1年間に300万㎞以上、地球約80周分のファスナーを、全世界で生産しています。18年度はようやく、念願の販売本数100億本に届きました。第1次の中期経営計画を始めた01年度の販売本数は約75億本。しかし、そこから販売数量が伸び悩みました。そこで「もう一度、ボリュームゾーンであるスタンダードに挑戦しよう」と13〜16年度の第4次中計で100億本の販売目標を定めたのです。「より多くのお客さまによい品質のYKKのファスナーを使っていただき社会に貢献したい」という創業思想に戻ろうということです。
 社内では、造語ですが「二兎を追わねば一兎も得ず」と言っています。通常のマーケティングセオリーには反するかもしれませんが、どのマーケットゾーンも獲得せよ、という意味です。今中期最終の20年度に掲げる目標は128億本。高い目標でも、実現を見据えています。

創業から変わらぬYKKの精神

hint_ykk_04.png「善の巡環」は、創業者・吉田忠雄が唱えた企業精神です。一般的には「循環」ですが、あえて「巡」を使っているのは、他人の利益を図らずして、自らの繁栄はない、というところから来ています。これは吉田自身が書いた毛筆ですが、「環」は無限マークを意識して書いたのではないでしょうか。この精神は、世界中の文化や言語の異なるYKKグループ社員にも浸透しています。日本国内はもとより全世界の社員に浸透させていくのも、本社機能の大きな役割のひとつです。
 もうひとつ、YKKでは経営理念として「更なるCORPORATE VALUEを求めて」を掲げており、その中心に「公正」という言葉を置いています。グローバルな事業展開には判断がつきものですが、その判断基準は、「公正」だとしているのです。

全社員が経営者

 YKKは上場していません。非上場企業であるがゆえの甘さがあってはいけないと、財務資料や有価証券報告書は期日前にはしっかり揃えて公表します。たとえ見る人は少なくても、上場企業なみの情報開示と内部統制はしっかり行っています。株主至上主義という経営スタイルもありますが、わが社は社員が株主。創業者の言葉に「森林経営」というものがあります。年月を経てベテランとなった太い木や、若くて細い木。森林経営とは、それぞれの個性により能力を活かし、一緒に前進していくというもの。全員が経営者という考え方です。地域に根づき、ステークホルダーを大切にするのも、その一環です。

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富山県黒部市のパッシブタウン。持続可能な社会づくりに貢献

世界の巨大市場に6極経営体制で挑む

日本のコントロールは必要最低限でよい

世界の巨大市場に6極経営体制で挑む

 上の図は、YKKが世界を6極に分けて地域経営を行っていることを表す地図です。
 わが社の中期経営ビジョンに「Technology Oriented Vale Creation(技術に裏づけられた価値創造)」というものがあります。より良いものを、より安く、より速く、顧客にファスナーを提供するための根幹は技術力。黒部の工機技術本部でつくられる機械を各国に配備し、各事業会社で均一で高品質なファスナーを製造する体制が整っています。

 日本以外の5極には「地域統括会社」を置いています。目的は3つ。1つ目は各地域での資本管理、2つ目は資産の有効な運用。それぞれの地域で得た利益は、日本に送金するロイヤリティ以外、すべて現地で再投資しています。3つ目はガバナンス。世界中に散らばる事業会社を本社のみでガバナンスを効かせるというのは難しいため、各地域統括会社が責任をもって行っています。

 YKKが初めて海外に拠点を持ったのは、1959年のニュージーランド。1965年の役員会で、海外事業に関して、以下のような姿勢で臨むことを決定しました。

 ひとつは現地の産業開発に貢献し、経済発展に寄与すること。次に「土地っ子になれ」ということ。これは、そのような覚悟で行きなさい、という意味です。そして、本社と海外の現地会社との相互間の関係は平等、責任は対等であること。日本本社のコントロールは必要最小限でよいという考えです。遠く日本から数字だけを見ていても、海外事業会社が抱えている本当の問題は、現地に赴かないとわかりませんから。

 私を含めた執行役員は、日本にいるのは1年の3分の2から半分くらい。残りの時間は、問題が起きているどこかの国の会社へ行き、ともに問題を解決することが仕事だと思っています。あるいは解決するすべを生み出すために、問題点を工機技術本部に持ち帰り、次の機械設計にすぐに着手する。そういうサイクルを回すための役割として、本社の役員がいるのです。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.69からの転載です。

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