企業変革と経営企画部門の役割
JMAC40周年記念イベント:経営企画セッション
JMAC 40周年記念イベントの冒頭を飾った経営企画セッションでは、第一線で各社の経営をリードされている役員の方々をパネリストにお迎えし、企業変革に欠くことのできない存在と言える「経営企画部門の役割」に関して議論していただいた。
2020年11月9日、大手町三井ホールで行われた「経営企画セッション」では、4人のトップリーダーと一橋大学大学院教授というメンバーで、経営企画部門のあるべき姿と時代における変化について、トークセッションを実施。本誌では、そのダイジェスト版をお届けする。
90年代から2010年代と、経営企画部門は大きく変化してきた。10~20年前には「強い経営企画部門になるにはどうしたらいいか」というアジェンダが登場。その後の10年はどうだったのか、現在、各社の経営計画はどのように推進されているのか。これからのグレート・リセットの時代の中で、経営企画部門はどの方向に向かうべきか、各登壇者たちの鋭い意見が交わされた。
また、一橋大学大学院大薗教授の「中期経営計画のあり方」について再考・ポイントを整理したお話と、JMAC経営戦略センターと一橋大学が共同で実施した「経営企画部門の役割」実態調査報告を併せてご紹介する。
今回、ご登壇いただいたのは富士ゼロックス株式会社 岡野正樹様、ソニーフィナンシャルホールディングス株式会社 小林淳様、アステラス製薬株式会社 岡村直樹様、東京ガス株式会社 岸野寛様、そして一橋大学大学院経営管理研究科 国際企業戦略専攻 大薗恵美教授。進行はJMAC富永峰郎が務めた。
時代の変化に対応する経営計画と経営企画部門
富永 本日のテーマは経営企画部門です。経営企画部門は各企業に10人、20人という非常に人数の少ない部門で、会社全体の1%にも満たないポジションですが、企業変革において、たいへん重要な役割を持っていると考えます。
この10年の経営環境の変化、経営企画部門の方向性を、大薗先生はどのようにお考えでしょうか。
大薗 経営環境が安定しているときには、さまざまな事業部門からの経営計画を積み上げ式でまとめていてもなんとかなっていました。しかし、今般の環境変化を鑑みますと、企業変革をリードする役割が経営企画部門でなくてはなりません。PDCAではなくOODA≪観察(Observe)、状況判断(Orient)、決断(Decide)、実行(Act)≫や、OKR(Objective and Key Results)のような長期の目標を持って一歩ずつ進んでいくかどうかを確認しよう、という議論が高まっています。これは企業変革をどうやって起こしていくか、これに経営企画がどう貢献するかというのがとても大きなテーマになってくると思います。
富永 従来型では成り立たなくなってきているということですね。富士ゼロックスの岡野さん、いかがでしょうか。
岡野 この10年で何が変わったか。かつては戦略やビジョンによってコーポレートや経営企画部門が事業部門を牽引するという前提で、戦略の質が求められていました。しかし今、何が大事かというとエグゼキューションです。実行できなければ意味がありません。容易に実行できる戦略をつくることも同様です。
なぜそれが大事になってくるかというと、まず技術の進化のスピードが格段に上がったことです。私が入社したころは、今のようなスピード感ではありませんでした。さらに意思決定のスピードアップを求められることでしょうか。新しい領域に出ていくとき、昔は「3年後に出ていこう」というようなスピード感でしたが、今は「明日や来月」といった状況です。さらに、今まであったビジネスドメインの垣根がなくなりつつあります。GAFAの領域もそうですが、新規の参入障壁がなくなりつつあるということです。それは自由にできるということですが、知恵や工夫をいかにスピード感をもって実行に移せるか。そのためには、経営トップや株主が認める論理性、納得性、そして実行性を備えなければなりません。
弊社は2019年11月に、富士フイルムの100%子会社になり、2021年4月1日以降、富士フイルムブランドの複合機で、グローバルに出ていきます。
富永 ありがとうございます。ソニーフィナンシャルホールディングスの小林さんいかがですか。
小林 ソニーではグループ本社、事業本部、欧米の海外販売会社、そして現在の金融事業と幅広く経営企画畑で業務に携わってきました。会社の組織形態によっても異なりますが、それぞれに経営企画部門があり、立場によってその役割が異なります。
ソニーの経営企画は、それぞれのグループで「トップマネジメントの参謀であれ」というのが、基本的な考え方です。従いまして、トップマネジメントに何を提言していくかが非常に大切です。そのためには全体感を持つこと。ひとつの事業が厳しくなったときに、他の事業でどうやって取り戻すか。日頃のコミュニケーションにより社内の実態を常に把握しつつ、外部目線で考えることです。グループ全体で見ると、どうしても優劣がでてきますが、限られた経営資源をどこにどれくらい投下していくか、長期的な観点でかつ客観的な視点を入れながら考えていくことが重要です。
ソニーのような規模の企業になると、全体の戦略を一つにまとめるのは非常に難しい部分があります。しかし、その中でトップマネジメントとして、どういう方向に会社を持っていくのかを考え、それに各事業のベクトルを合わせていくような提案をするところが経営企画の重要な役割ではないでしょうか。
富永 小林さん、ありがとうございます。ソニー改革の一端が見えた気がします。では、アステラス製薬の岡村さんはいかがですか。
岡村 弊社は2015年に「変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの価値に変える」というビジョンを打ち立て、経営計画に展開しています。そこでは、「『患者さんの価値』とは何だろう」と一度立ち返りました。これを統一しておかないと、価値の捉え方が、いろいろ出てきてしまいます。たとえば、営業部門や研究部門がそれぞれの部門の解釈では会社全体として困るので、価値の共通定義を定めました。それは、患者さんにとって"本当に意味のあるアウトカム"を分子に置き、そのアウトカムをヘルスケアシステム全体が提供するのに必要なコスト、つまりリターン・オン・インベストメントという考え方です。この価値をつくり、お届けするのがもっとも重要なミッションだ、ということが会社の隅々まで行き渡るようにしています。
2018年にリリースした経営戦略では、医療用医薬品にビジネスを集約し「Focus Areaアプローチ」を掲げています。市場に投入している製品のオペレーショナル・エクセレンスを徹底的に追求し、現業からキャッシュを生む。そのキャッシュを元に、治療領域ごとの研究開発をもっと追いかけ、患者さんの価値に変えていくという追いかける順番をひっくり返す考え方です。そして、医療用医薬品を超えて患者さんにとっての本当のアウトカムにつながる取り組みに挑戦しています。
"VALUE"という言葉を全社員が使うようにしているので、きわめて実効性の高い経営計画をつくっていると自負しています。
富永 ありがとうございます。岸野さんはいかがでしょうか。
岸野 弊社は2019年11月に、グループ経営ビジョン「Compass2030」を発表しました。先日、菅首相が「2050年カーボンニュートラル」を宣言されましたが、私どもはそれをリードしていくことを宣言しています。
デジタル化、それからお客さまの価値観の変化・多様化がすごいスピードで進んでいる中で、弊社は「三つの挑戦」を挙げています。ひとつがCompass2030で宣言したCO2ネット・ゼロです。二つ目は自前主義ではなくて、エコシステムをどうつくっていくかということ。ガスと電気だけを販売していては、価格競争だけになってしまいますので、いかにそれ以外の価値を高めていくかの挑戦です。三つ目は2030年以降拡大していくエネルギーのLNG(液化天然ガス)でどう収益を高めていくかです。
それに向けた企業変革として、2010年代後半からコーポレートガバナンスでは取締役会改革を始めています。次に財務戦略の見直しも進行中です。事業戦略についてはビジョンを定め、その中で「両利きの経営」を推進すべく、少しずつ進んできています。
これからの課題として、何しろ右手(既存事業)の強い会社なので、両利きの経営に向け、組織や人材のあり方、もっと遠心力の効く外向きの組織にするべきではないか、と考えています。
「経営企画部門の役割」実態調査から感じること
富永 経営企画部門は基本的には経営側の立場ですが、調査結果を見ると事業部門へ積極的に関わる、外部とネットワークを組む、事業のイノベーションを推進する、などを少数精鋭でやっていくことが重要だと感じました。大薗先生、ポイントは何でしょうか。
大薗 今回の調査では、経営企画部門は少人数のほうが利益の成長率が高いことが示されました。また、利益が成長した企業の経営企画部門ほど任期は短く、事業部との人材の頻繁な入れ替えも重要です。そして、現場に足りていない情報やスキルを特定し、支援すること。経営トップが考える企業変革を事業部で実現するための橋渡しをしている経営企画部門は利益増加企業に多く見られました。
富永 岡野さん、調査結果をご覧になってどうですか。
岡野 昨今の変化がうかがえます。調査報告に「関わり方」という言葉がありましたが、そもそも経営企画部門は経営トップの意図を反映して戦略をつくることだけでなく、事業部門や機能部門と密接に関わり合いながら戦略を展開していくことが求められている。そういう関わり方の変化を感じました。
もうひとつ、「現状のトレンドのままでやっていても意味がない」ということが示されているのではないでしょうか。ひと昔前でいうと、中期計画をつくるのが企画の仕事だった部分がありました。しかし、今は「問題が起きたらすぐに対応する」ということが必須です。喫緊に解決すべき経営課題を迅速に把握し、これを片づけると会社が良くなる、と考えて対応すべきです。
富永 ありがとうございます。実態調査では、まだ外国人の登用が進んでいないというデータもありました。岡村さんはこのあたりいかがでしょうか。
岡村 この4月から、経営企画部長はイギリス人です。新型コロナの関係で日本に来れず、今でもロンドンで業務を行っています。15~16人の経営企画部員の中、2~3割が常に外国人で、それは各国の営業部門から来る者もいれば、技術部門から来る者もいます。多種多様な人材が4~5年よりもさらに短いタームでどんどん代わっていく。その中で仕事を覚えて、また各部門に散っていく運営をしています。
富永 外国人の経営企画部長が海外からリモートで運営されるというのは、かなりの工夫がいるのではないでしょうか。
岡村 グローバル企業である以上、相手が日本にいるとは限りません。日本流の「根回し」「忖度」はまったく不要ですから、合理性とスピードが増しているように思います。また、弊社の特徴は、経営企画の中にコーポレートガバナンスを統括する機能が備わっていることです。コーポレートガバナンスこそ、戦略の一部だと考えています。
富永 小林さんはいかがですか。
小林 先ほど短い期間で人材をローテーションするというお話がありましたが、以前、グループの部門長だったときに、管理系の人材がどの国に何人、何年ぐらい派遣されていて、ローテーションをする際はどのように組めばよいかというプランを人事とともに作成したことがあります。海外に出る人や事業部間で異動する人、本社の別の部門に行く人、トップの補佐など、経営企画と言ってもポジションはさまざまですが、いろいろな経験をすることが大事だと考えています。女性の管理職への登用については、日本に比べると海外のほうが比率が高いと思います。
富永 ありがとうございます。岸野さんは調査結果をご覧になっていかがでしょうか。
岸野 少数精鋭の企業が多いという調査結果でしたが、弊社の場合はこれまで経営企画部門は人数が多く、重たかった印象があります。その理由は、ガス事業法下での経済産業省との折衝や、パイプラインや工場などの設備投資計画を担っていたからです。
しかしこれからは大きく役割が変わり、M&Aやグループ経営、リスク管理を総合企画で担当していきます。何かあれば総合企画が事務局になって対応するという機能を備えました。
富永 多くの企業では、経営企画は事業部門に対して口出しするのが難しい、という悩みがあるようです。それも含めて、アドバイスやメッセージをお願いします
岡野 現場はよく知っていると事業部門をリスペクトすることは大事ですが、本当に知っているのかというところを突き詰めるべきではないかと思います。単純な質問をすると事業部門は意外と困るものです。先入観なしで事業部門と接することが必要です。
岡村 私自身も事業部門にたたかれながら育ちました。しかし、今は、先ほどご紹介した経営計画が水戸黄門の印籠みたいなものになっており、それをツールとして、事業部門と会話ができています。事業部門がいろいろ言ってきても、なぜそういう経営計画や戦略をつくったのかに立ち返って投げかけをしています。
経営企画は決まったルールのない面白い仕事です。会社のためになると信じるならば、思い切ってどんなことでもやればいい。課題を見つけ解決し、片づけて手を放すこと。そして次の課題に進む。いつまでも同じ課題を抱えていてはいけません。
小林 グローバルという点で重要なのは、伝えたいことを正しく伝えることです。海外での「あ・うんの呼吸」は、思ったような結果にならないことがほとんどです。違いを認識するのはグローバルビジネスにおける基本です。
経営企画は3割のデータでも何が言えるか、そこが勝負。上に言われたからやるではなく、自分の頭で考えてやることがとても重要です。そのためには、常日頃から社内外に自らコミュニケーションをとりに行き、幅広い視野と情報を持つことを心掛けることです。
岸野 現場はどうしても右手(既存事業)が強すぎて、現場発の新しいことがつぶされて前に進まないことがあります。左手(新規事業)を育てていくために、企画と現場部門との関わり方をどのようにしていくか。内向きになりがちな組織を、遠心力の効く組織にしていきたいと考えています。アジリティを持って、両利きの経営に取り組んでいこうと思います。
岡野 トレンドベースの経営企画部門では、会社は成長できません。リスクを冒して新しいことをやるような、とんがった意見やパッションを持つ人材が必要です。好奇心を持って学び、外部の視点を持って実行する。そして何事も楽しむことで大きな変化を乗り切ることができるはずです。
富永 本日は貴重なご意見をありがとうございました。これからの経営企画部門のあり方の、大きなヒントになれば幸いです。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』JMAC40周年特別号からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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