日本人が大切にしてきた「清流の思想」を経営に生かす
サラヤが見据える未来
サラヤ株式会社
代表取締役社長 更家 悠介 氏
Withコロナ時代を迎え「衛生・環境・健康」が不可欠な社会に。創業から一貫して、その3本を柱として事業展開してきたサラヤの成功は、「生物多様性」の考えを経営に組み込んだことだった。
衛生・環境・健康の3本のビジネス
弊社は創業より、「衛生・環境・健康」を事業の柱として、ビジネスを展開しています。父が創業した1952年ごろ、日本では赤痢が流行していました。厚生労働省の統計によれば、11万1000人が赤痢になりました。そこで、手洗い石けん液を開発し、商品化したのがシャボネットです。学校などでの手洗いも習慣化されました。ここから始まったのが私どもの「衛生事業」です。
その後、1970年代にヤシノミ洗剤を発売します。この頃は河川の汚濁がかなりひどい状況でした。石油系の界面活性剤は値段が安いため、非常に普及し、その排水により河川で泡がもうもうと立ち、魚が大量に死にました。洗剤に含まれるリンによって富栄養化が起き、河川の環境破壊が起きたのです。ところがヤシノミ洗剤は分解性が良く、環境負荷が低くて手肌にもやさしい。これが「環境事業」のスタートです。このヤシノミ洗剤は、このあと私どもの新たなビジネスのきっかけになります。
そして健康事業ですが、父は甘いものが大好きで糖尿病を患っていました。それで「健康でゼロカロリーの天然の砂糖代わりになるものを探すように」と命が下り、行き着いたのが中国の羅漢果です。これは今のラカントビジネスで、現在も発展しています。これが「健康事業」の始まりです。
父は熊野の山奥で育ち、きれいな水のある環境だったこともあり、生理的に清潔を好んでいました。また、それがなくなっていくことに対する反骨的な要素も持っていたと思います。そういう中で、自然が循環していくような商品づくりを考えたようです。今もその考えを継承しています。
生物多様性と経営が結びついたきっかけ
事業として「生物多様性」について気づきを得たのは、2004年にテレビのインタビューを受けたことです。「サラヤさんのヤシノミ洗剤はパーム油が原料ですよね」と指摘されました。原料であるパーム油は、ボルネオが一大産地です。ボルネオでは、需要が増えるに従いジャングルを切り開いてパーム園に変わっていきました。そのため、絶滅危惧種であるボルネオ象などの生息地が破壊されているというのです。これはパーム油を使うヤシノミ洗剤が原因なのではないか、ヤシノミ洗剤は環境に悪いのではないか、とご指摘を受けました。
実際、その事実を知らなかったため、これをきっかけにボルネオについて詳細に調べ、現状を把握。そして現地に「ボルネオ保全トラスト(BCT)」を協力して設立し、ヤシノミシリーズなどの売り上げの1%をBCTに寄付するというビジネススキームを組みました。川沿いの緑を保全することで、ある程度多様性が保たれるということがわかったのです。この仕組みでお客さまとボルネオをつなぎ、環境保護とビジネスの両立が可能になりました。生物多様性に貢献しながら、ビジネスもうまくいく。貢献のバリューチェーンができ上がったのです。
当初は「パーム油を使うな」とご批判も多数いただきましたが、ブレずにやってきたことにより、ヤシノミ洗剤は自然派のカテゴリーの中ではナンバーワンブランドに成長しています。
生物多様性で学んだ事業と商品の多様化
多様性の受容は大切ですが、一方で「三方良し」にすることが難しくもなります。しかし、私は「杉林だけの山は、杉がだめになると山全体がだめになってしまう」という考え方を持っています。里山のように多種の木が植わっていると、杉がだめになっても他の木によって、森が維持される。これは経営の考え方と同じです。
たとえば、今回のコロナ禍で外食産業はお客さまが減り、厳しい状況になりました。一方、スーパーマーケットは売り上げ増。ステイホーム需要が高まり、店頭で弊社の洗剤もよく売れています。また、加工食品も売れるということで、バックヤードで利用される衛生商品、これはBtoBですが、こちらも売り上げが伸びています。外食分野は厳しくてもスーパーは好調。弊社の中でも分野によって売り上げが異なり、当然ですが社会情勢によっても変動します。しかし、事業分野と商品の多様性があることにより経営のバランスがとれる。これからの不確実な社会は、こういった考え方が非常に重要になってくると思います。
社会貢献をベースにしたグローバル展開
コロナ禍は確かに、衛生事業を拡大につなげるきっかけではあります。手洗い関連商品は、今回のコロナ禍で需要が一気に高まりました。グローバル展開では、これからアフリカで手指消毒商品の製造展開の拡大を考えています。しかし、これは大量生産をして売るというよりも、欧米企業が取り組まないセグメントをねらったグローバルニッチという考え方です。
西アフリカでエボラウイルス病が流行したときに、最初に製造拠点をつくったウガンダから手指消毒液を山ほど載せて10トントラックを出しました。ウガンダと西アフリカの間には広大なジャングルがあるのですが、そこはもともとエボラの発生地と言われている場所です。道なき道を行き、途中道に迷ってしまい、1回であきらめてしまいました。アフリカ大陸は想像以上に大きい。そのため、製造拠点をいくつかつくる必要性を感じたのが始まりです。
もともと、アフリカのウガンダで2010年から「100万人の手洗いプロジェクト」を行っており、2011年に「サラヤ・イーストアフリカ」という会社をつくりました。手洗いの設備、手洗い普及の教育啓発を提供するほか、5歳未満で亡くなる子どもの数を減らすのが目的で、衛生関連商品の一部について、売り上げの1%をウガンダでの「ユニセフ手洗い促進活動」に提供しています。この活動などが評価され、第1回「ジャパンSDGsアワード」SD Gs推進副本部長(外務大臣)表彰を受賞させていただきました。
先にも申し上げたボルネオの環境保全もそうですが、会社の中に社会課題に対する受け皿をつくり、事業として継続できるようになったのは、常にグローバルに対する問題意識があるからとも言えます。事業に関連することで何か社会に貢献できることはないか。とはいえ、できることは限られていますから、事業の中でできる範囲でやりましょう、という考え方です。
SDGsを具体化させる
JMACさんにもお世話になりながらISOに関連したマネジメントシステムの中に「目標管理制度」を導入しています。SD Gsのテーマをこの中に統合化しながら進めています。SDGsへの取り組みは今後、ビジネスにおいて不可欠になるでしょう。
取り組みの切り口はいろいろありますので、社員には「あなたの具体的なビジネスもしくは勤務の中で、できることでいいから考えて持続可能な地球とか地域を残していこう」と伝えています。これは会社にとっても大事なことですし、家庭や子どもの未来にとっても重要なことだと思います。
SDGsに関連して、ユニバーサルヘルスにも取り組んでいます。感染症予防としてユニバーサル・プリコーション(標準予防策)を策定し、「あなたが感染しないためのツールはこれとこれ」というようなものをわかりやすく示します。手洗い、マスク、ガウン、シールドなどです。これはビジネスとして、これから拡大する可能性があるので、わかりやすいコンセプトをつくって、普及させましょう、というのが目標です。
サラヤの「清流経営」が実現できる理由
弊社は「清流経営」を掲げ、それが企業文化でもあります。清流というのは、父が育った熊野の山にあったもので、細く清らかに山々で流れる水。その清流の中には、多種多様な生物が生息し、川の水をきれいにしています。
私はフライフィッシングが好きなのですが、その場所はきれいな川でないと棲めない魚がたくさんいる清流そのものです。これはとても日本的で、海外にはそのような清流があまりありません。清流は日本の文化そのもので、神社へ行くと手を清めるなど、日本人のマインドは非常にニート(きれいできちんとしている)なのです。
この感覚は、日本企業の品質管理にもつながっており、世界からの期待でもあります。清潔で、高品質のものをつくる。日本人に対するもしくは日本企業に対する期待は、清流の中にあるような気がします。さらさらと流れるように、きれいな水が流れるような経営を目指していきたいですね。
一方、大河は汚いものも一気に流す勢いがある。これはたとえるなら、大企業の大きなビジネスです。清流がいい、大河がいいということではなく、清流もあるし大河もあるという考え方でよいと思っています。私どもの衛生・環境・健康というビジョン、それを貫くのが一つの清流です。日本人が追求する「清潔」、その繊細な考え方を、今後も経営のビジョンにしていきます。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』JMAC40周年特別号からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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