復興がもたらすイノベーティブな未来
公益社団法人福島相双復興推進機構(福島相双復興官民合同チーム)
代表理事 北村清士 氏
北村清士 氏 (きたむら・せいし)プロフィール:1947年福島県喜多方市(旧・塩川町)生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、1970年東邦銀行入行。資金証券部長、総合企画部長、常務取締役本店営業部長、取締役副頭取などを歴任し、2007年頭取、2021年相談役に就任。一般社団法人東北経済連合会 副会長。社会福祉法人福島県社会福祉協議会 会長。2021年4月から現職。
公益社団法人福島相双復興推進機構(福島相双復興官民合同チーム):官民が一体となり、被災事業者の自立に向けた支援の実施主体として、福島相双復興官民合同チームを2015年8月24日に創設。翌2016年12月に福島相双復興推進機構は公益社団法人化。避難指示対象地域県内12市町村の復興・創生、事業者の事業再開・継続、居住していた人たちの生活再建などに寄与することを目的とする。
2011年の東日本大震災から10年、福島はどのように復興を進めてきたのか。
そこには、地域の人々とともにじっくりと〝伴走〟し続けている組織があった。
2015年8月に立ち上げられ、今では地元の皆さんから「官民さん」と呼ばれる福島相双復興推進機構だ。
個々の実情に合わせた「伴走型」支援の必要性
小澤 今回は「福島の復興、その先の推進」についてお話を伺えればと思います。よろしくお願いします。
震災から10年。2015年の設立以来、福島の復興を推進してきた福島相双復興推進機構さまですが、改めてその組織の特徴と取り組み内容をお聞かせください。
北村 福島相双復興推進機構(以下、相双機構)は今年で設立6年になります。「相双」とは福島県東部、太平洋沿岸部に位置する「相馬地域」と「双葉地域」を指しますが、東日本大震災と原発事故で被災した相双地域などの県内12市町村の復興・創生に向けた役割を担っています。この組織は別名「官民合同チーム」とも呼ばれる公益社団法人で、官民からさまざまな業務経験をしてきた者が集まっており、その多様性が特徴である集団です。
小澤 創設の翌日から、皆さんがおのおの事業者に訪問を開始されたと聞いております。
北村 そのとおりです。これまで、実に5600もの事業者さまを訪問し、自立再建に向けたコンサルティング支援が約1500件、人材確保支援も900件を超えました。被災者の方々の単なる窓口ではなく、能動的に働きかけ、皆さまのニーズに基づいて支援を行い、また生活の再建についても、大きな役割を担っています。
小澤 いわばオーダーメイド的な支援策を実施されているということですね。弊社も個人商店さまをはじめ、さまざまな規模の事業者さまの再建支援をさせていただいておりますが、通常のコンサルティング以上に、個々の事情に合わせていく「伴走型」の重要性を強く感じています。
北村 地元の商工会・商工会議所などにご協力いただきながら、事業者訪問をしてきました。最初は「何しに来たんだ」「何ができるのか」という反発もあったようです。当初は手探りだったと思いますが、事業者の方々の話をしっかりお聞きすること、寄り添うことで双方に理解が深まり、今では「官民さん」と呼んでいただけるまでになりました。
小澤 事業内容の具体例もお聞かせください。
老舗のうなぎ店も水産加工業者も大きな決断
北村 事業者さまへの支援は多岐にわたりますが、2例ご紹介します。
まず浪江町で5代続く老舗のうなぎ店「大坊」さま。震災後、東京の江東区に一時避難されました。時間の経過とともに再開の不安も大きくなり、気が滅入る日々が続いておられたようです。そのような状況の折、相双機構とともに東京での事業再開も視野に入れ、物件情報や初期投資、事業再開後の売り上げ予測など、さまざまなディスカッションを重ねたところ、やはり故郷である浪江町で再開したいと決心されました。資金繰り、仕入れ先などもアドバイスさせていただき、無事にお店をオープンされました。「一人ではできない。相談相手がいたから再開できた」と話されていたそうですが、多くの事業者さまがそうなのだと思います。「10年前のことを思い出すと、こんな形で再開できると思わなかった」と感慨深くおっしゃっていたそうです。
もうひとつの事例は、明治30年創業の「柴栄水産」さまです。休業を余儀なくされていましたが、3代目の現社長の事業再開への思いは強く、常磐ものの魚を再びトップブランドにしたいと事業再開を決意されました。相双機構のコンサルタントがその思いを受け、全体計画(マスタープラン)の作成などをご支援し、事業再開に至っています。
小澤 事業を再建するにあたり、人材の確保も重要な課題だと伺うことがあります。
北村 おっしゃるとおりです。震災前に働いていた従業員さんの復帰が難しく、人材確保支援を行っています。補助金採択や品質管理体制の構築なども支援させていただいています。常磐ものの魚は全国的にも評価が高いので、地元の名産としても間違いなく復活できると、コンサルタントも信じて伴走してきました。
福島の復興に重要な水産業再建に向け、水産関係の仲買・加工業者さまへのご支援を今後も続けてまいります。
農業支援は先端技術でスマート農業へと向かう
小澤 営農再開支援も重要な事業支援のひとつですね。再開支援にとどまらず、先端技術を活用したスマート農業の実証まで進んでいるとお聞きしています。
北村 はい。こちらは福島県、農林水産省と連携し、農業者の方々を訪問して再開の意向、それに伴う要望なども伺っています。約2200者を訪問しながらご支援しておりますが、農業機械の導入や技術指導なども行うことで再開につながっているところもあります。加えて新たに農業に参入したいという方々もいらっしゃいますので、担い手と農地のマッチングをすることで営農再開面積の拡大にもつながっています。
最近はスマート農業への取り組みも進んでおり、ドローンや無人ロボットトラクターなどを活用した支援策もあり、スマート農業の実践を進めているところです。
とはいえ、大きな課題はやはり販路開拓です。地産地消はもちろん、相双地域の野菜を全国に販売する支援も引き続き必要だと考えます。
販路支援の一例を紹介します。南相馬市に「小高交流センター」が開設された際、市から「センター内の小高マルシェ(野菜販売所)に出荷する農家を増やしたい」という相談を受けました。小高マルシェは小高区の有志の農家さんたちを中心に共同運営でスタートさせました。市と相双機構が協働で地元農家を勧誘し、高品質、多品目というお客さまのニーズに応えるために「小高マルシェの野菜セット」を商品化するなどの支援を行いました。
旬の野菜を農家の皆さまが心を込めて箱詰めし、東京の飲食店への発送やウェブサイトで購入できるようにするなど、販売の仕組みも順調に回り始めています。
交流人口を増やすまちづくり支援
小澤 事業をされている方、生業をされている方々の継続には、人が安心して集まれる場としての「まちづくり」が欠かせないと思います。まちづくりへの支援はどのような事例がありますか。
北村 まずひとつは「商圏の確立」です。たとえば楢葉町には2018年6月に「ここなら笑店街」がオープンしました。楢葉町は震災後、全住民が一時的に町を離れることになり、町に戻った人々が交流する大切な場所となったのが前身の「ここなら商店街」です。仮設店舗の営業から4年、店舗数も10店舗に増えて「笑店街」がオープンしました。
飯舘村にある「までい館」は、復興拠点となる道の駅です。特産品などが販売され、重要な販路となっています。ほかにも大熊町大川原地区の「大熊町商業施設」、交流館としては双葉町の「産業交流センター」などがあり、開設や運営のお手伝いをしてきました。
そして「交流人口の拡大」も重要なテーマです。事業計画策定などにお力添えをした「福島いこいの村 なみえ」が8月にリニューアルオープンをしました。このような施設を通して訪れる人が増えていくことを期待しています。
また、「相双地域での震災学習」として、修学旅行を提案させていただいたところ、10の高校の誘致に成功しました。昨年11月には福岡県立福岡高校の2年生、約380名が修学旅行に来県。震災、そして原発事故を経験した福島ならではの教育旅行プログラムである「学びの旅」を経験していただきました。関心を持っていただけたことで、教育旅行プログラムとしての価値を再認識しております。
修学旅行の宿泊先はJヴィレッジでした。こちらは1997年にサッカーの聖地として営業をスタートさせましたが、震災により休業し、2019年4月に全面再開し、復興のシンボルになっています。常磐線のJヴィレッジ駅もでき、利用しやすくなりました。
小澤 福島県では「ホープツーリズム」というキーワードで、新たな価値を創造されています。
北村 はい。「ホープツーリズム」は福島のありのままの姿と、復興に向けて各分野で果敢にチャレンジする人々との対話という部分に焦点を当て、修学旅行だけでなく社会人学習にも活用できると思います。ホープツーリズムはまさに「自分自身を成長させる学びの旅」です。現実の今の場所を「見る」というキーワード、震災から今日まで復興に関わってきた現地の方々の経験談を「聞く」というキーワード、そしてそれらを自らの問題として捉えて、未来に向かってどう取り組むか「考える」という3つのキーワードでプログラムを構成します。
福岡高校の皆さんは、浪江町にある「大平山霊園」を訪問されました。ここでは津波が襲った直後の避難の状況などの説明を受け、ここで起きたことの現実味が増したようです。震災の現場から何かを感じ取ってもらい、地元福岡に帰ってから家族や友人に話すことで、福島の現状が福岡にも伝わることを期待していると教頭先生もおっしゃっていました。
小澤 まさに交流人口の拡大を目指す、ホープツーリズムにかける想いが実を結ぶ実例ですね。おっしゃるように、社会人の研修には、たとえば復興をけん引したリーダーの方などのお話は、マネジメントに関する大きな学びになるのではないでしょうか。
北村 そう思っています。これからのビジネスリーダーのあり方を学ぶ研修や、そういった人材育成をする場としても活用していただけると思います。
先端技術の集積拠点となりイノベーションが加速
小澤 相双機構さまが支援の取り組みを始められて約6年がたちますが、私どもも当初、支援させていただいていた内容から、少しずつ求められるものが、変化してきていることを感じます。次なるステージのお話を伺えますでしょうか。
北村 課題が変化し、私どもの役割も変化してきているのは間違いありません。
支援のポイントは3つあると思います。1つめは事業を再開された方々の経営維持・成長。最終的には下支えをしなくてもよい状態にしていくことが大事だと考えています。2つめは地域の価値を創出し、交流人口を拡大させていくこと。そして3つめは地域の復興の状況に応じたご支援を引き続き行っていくことです。
今、福島は新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」を推進しています。たとえば「福島ロボットテストフィールド」はロボットやドローンの実証実験エリアとなっており、ロボットの性能評価や操縦訓練などができる世界に類を見ない拠点となっています。この中核には22の研究室があり、大手企業を中心にロボット、ドローンの研究チームが入居しており、いずれ実現するであろう空飛ぶクルマの開発を目指している企業、大学、研究機関も入居しています。
浪江町にできた「福島水素エネルギー研究フィールド」は、まさに地球の未来を救うクリーンエネルギーの研究拠点で、2020年の3月に稼働を開始しました。再生可能エネルギーはこれからのエネルギー産業の中核を担うものになると思いますが、世界最大級となる水素製造装置が、この研究所に備えられています。浪江町は水素社会実現のための先駆的なモデル地域となるでしょう。
また、福島イノベーション・コースト構想推進機構が主体となり、「福島イノベーション創出プラットフォーム事業/Fukushima Tech Create(FTC)」がスタートしています。こちらは福島イノベーション・コースト構想に基づき、あらゆるチャレンジが可能な地域にするために、起業、創造を目指す企業や個人を強力にサポートしていく事業です。今年度は全国から81の応募があり、その中から33案件を採択し、伴走型で支援を進めているところです。
小澤 非常に厳しい現状の中で、社会課題解決の先進エリアに生まれ変わられたように感じています。まさに逆転の発想ですね。多くの団体を交えた新しい連携や、長年待ち望まれているエコシステムが創造される瞬間に、今まさに立ち会っているような気がします。
さまざまなイノベーションによる解決に向けたチャレンジの場であり、福島は今、非常に高いポテンシャルのある地域になっていますね。
北村 はい、私もそのように考えています。これからも相双地域以外からの人材・資本の呼び込みを図っていきます。
小澤 相双機構さまは今年の6月に「新五箇条」を制定されました。その中のひとつに「『希望の地』を目指して、新たな取り組みに挑戦する」というものがあります。この「希望の地を目指す」という言葉を、とてもインパクトを持って受け止めました。
北村 被災地の相双地域というのは、ある意味では課題の先進地、象徴的な地域であると捉えていいと思います。課題解決のためには、単に元に戻す原状復帰ではなく、マイナスからゼロを超えて、プラスになる局面に持っていく。さまざまなイノベーションを駆使して、社会的な課題解決にチャレンジしていく、先導的な役割を果たす地域となる「希望の地」を目指していきます。
実際、若いベンチャー企業にも興味を持っていただいており、これまで以上に幅広く多くの方々に「実証実験の場」として活用していただければ、第二期復興・創生期の大きなパワーになります。そのために、私たちもしっかりと支援させていただくこともお約束いたします。
小澤 改めて全体像を語っていただくと、スケールの大きさに圧倒されました。
そして私たちが持たねばならない未来に対しての視点と勇気をいただいたように思います。
北村 復興が進んでいるところ、まだこれからのところがあります。相双地域の今を知っていただくことが重要です。ぜひ、皆さまにも足をお運びいただきたいと思います。
小澤 ここ相双地域そして福島の皆さまの取り組みが、日本のよりよい未来につながっていることを改めて実感することができました。
本日は、誠にありがとうございました。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』73号からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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