パーパス経営が事業のあり方や企業体質を変えていく
株式会社ベネッセコーポレーション
代表取締役社長 小林 仁 氏
小林 仁氏 (こばやし ひとし)プロフィール:1960年岡山県生まれ。立命館大学卒業。1985年株式会社福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社。ベネッセエムシーエム、ベネッセスタイルケアの代表取締役社長を経て、2016年ベネッセコーポレーション代表取締役社長。2021年4月からベネッセホールディングス代表取締役社長COOを兼任。
株式会社ベネッセコーポレーション:1955年、岡山県で「株式会社福武書店」を創業。中学生向けの図書や生徒手帳等の発行を開始。1990年にフィロソフィ・ブランド「Benesse」を発表。1995年に商号を「株式会社ベネッセコーポレーション」に。主要事業である「国内教育」のほか、妊娠・出産・育児や幼児向けを中心とした「Kids & Family」事業などを展開している。その他、ベネッセグループでは第2の柱となっている「介護・保育」事業や語学事業も展開。
社会のあり方が大きく変わりつつある今、企業は〝存在意義〟を軸とした「パーパス経営」へと舵を切り始めている。コロナ禍以前から、その重要性に気づき、実現に向けた経営を実践しているベネッセコーポレーションにパーパス経営推進のキーポイントをお話しいただいた。
予測不能な社会構造の変化に求められる経営
「Benesse」とは、ラテン語の「bene」と「esse」を組み合わせた造語で「よく生きる」という意味です。私どもは約30年前に、「すべての人がよりよく生きる向上意欲を支援する企業になろう」と福武書店改め、フィロソフィ・ブランドとなる「ベネッセ」をスタートさせました。これを機に教育を柱としていた事業に加え、ベネッセコーポレーション、およびグループ全体の中で、介護、妊娠出産、語学など事業領域を大きく広げ、まさに「よく生きる」をサポートする企業群へと進化しています。
2020年に世界を大きく変えたコロナ禍やSDGsへの意識の高まりなど、私たちは今、社会の構造が大きく変わる変換点にいます。大きなパラダイムシフトが起きている今、経験したことがない社会の変化に対し、企業としてどう取り組むべきかが、私どもに求められています。さらに、経済価値だけではなく「世の中への貢献」も、併せて求められるようになっています。そこで重要となるのが「自分たちの存在意義を改めて考え、それを拠り所にすること」、つまり、パーパス経営です。今後ますます先を読むことが困難な社会の中で、いかにビジネスを展開していくか、何にチャレンジしていくか、その拠り所が重要だと考えたのです。
創業者は「建物のない学校をつくりたい」という想いから日本中分け隔てなくしっかりとした教育を提供するビジネスをスタートさせました。そこにはその時代の教育課題に対し、自分たちがどうありたいのかという拠り所があったと思っています。そして、今は教育を取り巻く課題がさらに大きく変わりました。誰もが先を読めない時代の中で、子どもたちの教育はどうあるべきか。5年、10年先の世の中の大きな変化に対応できる人材教育とは何か。AIの進化に対応する教育とは何か。私たちにはこれらの変化への見立てがあり、これがベネッセの前提になっています(❶)。
自社らしさと自社の強みからパーパスを生み出す
パーパス経営への取り組みは、コロナ禍よりも1年ほど前にスタートしました。入試改革や変更、教育のDX化などお客さまを取り巻く環境は大きく変化しています。この変化の中、改めてすべての商品で「お客さまの困りごとに寄り添うこと」ができる状態をつくりだすには何が必要か議論が始まりました。そのプロセスの中で「絶対にぶれてはいけない考え方、パーパスが必要」だという気づきがあったのです。
パーパスとは「存在意義」と言われ、自分たちの企業が存在する理由です(❷)。このシンプルな問いこそが、多様化した顧客ニーズへの対処法を考えていく自社の社員に重要な指針になると考えます。企業活動の中にはビジョンやバリューという言葉が出てきますが、そうではなく徹底的にお客さま目線、世の中の変化に合わせてベネッセのパーパスを定義していきました。
どの企業も「自社らしさ」があると思います。しかし、それだけではパーパスは生まれません。世界のニーズと自社の強みが交わるところ、その言語化に徹底的にこだわることでパーパスが見えてきます(❸)。そのために私が最初のたたき台をつくり、それをベースに何度も経営陣と徹底的に議論を重ねました。幹部が徹底的にこだわり、生み出していくプロセスこそが大切だったと思います。その過程で生み出したパーパスが「現在から将来にわたって、社会・生活面の大きな変化の中で社会の構造的課題に対し、その解決に向けてどこよりも真摯に取り組んでいる姿勢に共感できる存在」「自分が一歩踏み出して成長したいと思った時にそばにいてほしい存在」の2つです。今回のパーパスは社会からのニーズ、顧客からのニーズを、言葉として明確にしています。
イズムの行動基準によりコロナ禍でもスピード化
さらに重要なことは、パーパスをお題目で終わらせないことです。そのためには経営としての仕組みが必要なため「イズム」を制定し、同時に社員に発信していきました。イズムとは仕事を通してパーパスを実現するために、一つひとつの仕事の中で大切にすべき価値観である「判断基準」と、ベネッセの仕事観や考え方、ふるまいなどの「行動基準」を合わせたもの。イズムに基づくことで、パーパスが実現する仕組みです。この中で「判断基準」を具体的に以下の5つにまとめました。
ベネッセイズム=日々の業務で実践すること=5つの判断基準
①お客様本位
私たちは、「お客様お一人おひとりの成長」に正面から向き合うことをすべての基本とします。お客様の今と将来を常に考え、期待を超えた商品・サービスを通して、満足を追求するために解決方法を考え抜きます。
②公明正大
教育や生活という領域で重要なことは、お客様からの信頼が全てということを肝に銘じ、いかなる時にも誠実であること、ごまかしや偏見のない態度や行動をとること、事実に基づいた行動をとることに徹します。
③革新的に挑戦
お客様にもっともよいものをお届けするために、世の中の変化、お客様の周りで起こっている変化に常にアンテナを立て、日常の仕事の一つひとつから常によりよいものを追求する挑戦姿勢を徹底します。
④スピード重視
過去を振り返り修正を行なっていく総括文化に加え、世の中の変化、お客様を取り巻く環境に対して、今まで以上にスピードをもって、一歩先のことを考え、実行していきます。
⑤共創・協業・連携
社内外の多様なステークホルダーとの信頼関係を積極的に構築していき、強固なパートナーシップのもとで自前を超えた価値創造に挑みます。
これらを社員に浸透させ実践するために、まずは管理職間で共有し、部門長クラスをいくつかのグループに分けた「ラウンドテーブル」を私も参加する中で進めていきました。さらに重要なことは、全社のパーパスを踏まえた、事業ごとのパーパスの策定です。各事業は、自らの事業のパーパスを言語化し、事業計画の起点に位置づけています。
実例をいくつか紹介します。コロナ禍でまさに、教育の現場が大きく変わりました。日本中の学校が休校となり、先生方は十分な準備ができないまま長期の休校となりました。まさに目の前で急激にお客さまの困りごとが増えたわけです。「進研ゼミ」では自宅学習の乱れに対してできることを社員が考え「総復習ドリル」「オンライン授業」をかなりのスピード感をもって提供できる体制を整えました。「こどもちゃれんじ」は「オンライン幼稚園」を提供しています。子どもたちの1日のリズムを崩すことなく、休校、休園期間を過ごしてもらいたいという思いがあったからこそです。
妊娠中、出産直後のお母さま方には「たまごクラブ」「ひよこクラブ」という商品があります。コロナ禍で交流ができなくなった不安な環境の中、全国でオンラインセミナーイベントを行うなど、少しでも不安をなくしてもらえるように、スピード感をもって動きました。
コロナ禍でもベネッセらしく何ができるのかを、パーパス、イズムを拠り所にして、現場の社員たちが顧客に寄り添う活動をしてくれたことが、今回の一例になっています。
中長期の成長を見据えた新しい提案制度
教育事業は、10年先、20年先を見据える視点が非常に重要なビジネスです。加えて変化の大きい社会の中でも常に求められる会社であり続けるために「子どもの未来に寄り添うプロジェクト」をスタートしました。これは10年後の社会構造課題の解決を目指すもので「10年後にはベネッセはどのような教育をすべきか」を、社員で議論するプロジェクトです。社内公募に約80名の社員が手を挙げてくれました。具体的な提案も固まってきました。
もうひとつはグループ全体でスタートした「B‐STAGE」という新規事業・業務改革提案制度です。経営方針と現場のアイデアをつなげることは、今後の企業活動において非常に重要だと認識し、始めた制度です。初年度は約1800件の公募があり、正直この数字に驚いています。課題意識を持った社員が多くいることがわかり、現場から生まれる業務の大きな変革についてしっかりと考え、会社の仕組み・制度に定着させていきたいと思っています。
こうした中長期的なテーマにチャレンジすることも、パーパスの考え方が社員に浸透し、体質化していくために不可欠な活動です。
これから企業に求められることを考えたとき、「経済価値」は変わらず重要なKPIです(❹)。しかし、経済価値があるだけで企業が認められる社会ではなくなりました。ベネッセは、創業当初から経済価値に加えて「顧客価値」を上げていくことを大切なことと考えてきています。さらに、「経済価値」「顧客価値」と同じくらい重要なこととして位置づけているのが図の左下の「社会価値」です。まさにこの3つの価値の交わる部分を言語化したものがパーパスになるべきだとベネッセでは考えています。
この3つをKPI化し、ビジネスとして実現するための仕組みをつくっていくことがそれぞれの価値に応えることにつながっていく、会社全体はもとより、事業ごとに整理しながら、パーパスを次のステージに持っていかなければならないと考えています。
※この記事は2021年9月9日開催のトップシンポジウム「ベネッセコーポレーションに見るパーパス経営の実践」(主催:JMAC)における小林氏の講演内容をもとに作成。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』73号からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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