イノベーションを人の力とDXで新たに生みだす
株式会社ブリヂストン
執行役専務 技術・品質経営分掌・Global CTO
坂野 真人 氏
坂野 真人氏 (ばんの まさと)プロフィール:1963年愛知県生まれ。名古屋工業大学工学部機械工学科卒業。1986年株式会社ブリヂストン入社。乗用車用タイヤの構造設計を専門とし、2009年PSタイヤ開発第3部長、2012年タイヤ研究本部長、2017年執行役員 生産財タイヤ開発担当。2018年常務執行役員 製品開発管掌を経て、2019年1月から現職。
株式会社ブリヂストン:1931年福岡県久留米市にブリッヂストンタイヤ株式会社設立。その前年、前身である「日本足袋タイヤ部」により第1号タイヤが誕生。タイヤ事業をコア事業とし、自動車関連部品、電子精密機器などの化工品、スポーツ用品、ソリューションビジネスなど多角的に事業を展開。「2050年 サステナブルなソリューションカンパニーとして社会価値・顧客価値を持続的に提供している会社へ」というビジョンを掲げる。
自動車業界に大変革をもたらす「CASE」。
それは、タイヤ業界においても100年に一度の大変化の時代を迎えたことを意味する。
中長期事業戦略で「ブリヂストン3.0」を掲げたブリヂストンの向かう先とは。
強いリアルにデジタルを組み合わせる
小澤 本日はよろしくお願いします。弊社は創立40周年を迎え、これからの時代に向けて、持続可能な社会に挑戦する企業を支援する推進機関でありたいと考えております。そこで、本日はサステナブル発想において先進的なビジネスを展開されているブリヂストンさまにお話を伺いたいと思います。
以前、御社の開発担当の方が「タイヤが使われているシーンというのは、行ってみないとわからない」という話をされていました。実に印象的な言葉ですが、DX(デジタルトランスフォーメーション)が進む中、やはり「現場」が非常に重要な事業ということですね。
坂野 そうですね。ブリヂストンを支えてきたのがまさに「現物現場」という考え方です。
私の座右の銘は「道がクルマをつくる」です。これは先輩の開発者から「クルマは人がつくるのではない。道がつくるものだ」と教えてもらい、その話に非常に感銘を受けたからです。
たとえば、ドイツには速度制限のないアウトバーンがあります。そこを高速で走るクルマの性能においてはおそらくドイツ車は世界一でしょう。ところが、ドイツ車がパリの石畳の上を走ると驚くほど車体が揺れて、その性能の良さが感じられません。一方、フランス車でその石畳の上を走るとたいへんスムーズなわけです。まさに「道がクルマをつくる」ということです。これはタイヤにも言えることで、現場だからこそわかることがあります。
ゴムは非常に難しい素材です。いまだにゴムの特性を完璧に説いた技術者、科学者はおりません。ゴムの中で起きていることがあまりに複雑すぎて、シミュレーションがリアルを超えられないのです。現存するゴムの性能をはるかに超えるゴムは、AIでも絶対につくれないのが実情です。
小澤 御社はDXやテクノロジーのイノベーションも進んでいるのではないですか。
坂野 はい。若いエンジニアたちがイノベーティブなアイデアを出すためには、彼らの思考を速く回す環境づくりが必要で、やはりDXは不可欠です。
私どもにはタイヤづくりの歴史があります。世界で1位と評されるタイヤをつくっていることもあり、かなり優れたデータベースを持っています。正確なシミュレーションを行うアセットはそろっているわけです。今まで築いてきた強いリアルにデジタルを組み合わせることで、おそらく他のタイヤメーカーにはない、「より強いリアル&デジタル」ができるのではないかと思っています。これが私どものイノベーションの核になる最大の基盤だと思っています。
ブリヂストン3.0が生まれた背景
小澤 中長期事業戦略の中で「ブリヂストン3.0」を発表されています。この方針が生まれてきた背景は、どのようなものだったのでしょうか。
坂野 創業期を1.0とするならば、1988年に米国第2位のタイヤメーカー「ファイアストン」を買収し、本格的にグローバルに打って出たのが2.0。そして2020年に新たにグローバルCEOになった石橋が始めたのが3.0です。
これまで弊社は「現物現場」をモットーにタイヤをつくり、売ることを生業としてきましたが、自動車業界は100年に一度と言われる大変革、いわゆる「CASE」に突入しています。この大きな変革に適応して弊社自身も変わっていくことが3.0と捉えています。
実は、3.0の先に5.0のビジョンがあります。持続的に事業を続けている将来のブリヂストンの姿です。そのために、ソリューション・コントリビューターとして成長していかなければなりません。そのときを4.0とし、その変革への足がかりが3.0という位置づけです。
小澤 長期ビジョンの先にパーパスを置かれて、そこからバックキャスティング的に4.0、そしてそのために必要な3.0を定義しているわけですね。
坂野 中長期事業戦略を発表した際に、メディアの方から「ブリヂストンは、タイヤメーカーからソリューションカンパニーに軸足を移すのですか?」と質問されたことがありました。私どもはタイヤメーカーですから、タイヤをつくって売るということが事業の中心であることは変わりません。そのタイヤを最大限に生かす手段のひとつがソリューションと考えています。ですから、ブリヂストン3.0とは、タイヤをつくって売る、私どもは「稼ぐ力」と呼んでいますがそれを再構築し、ソリューションに打って出るための基盤を固め直すためのステップと考えています。
トラック用タイヤから生まれたソリューション
小澤 「サステナブルなソリューションカンパニー」というビジョンを制定されていると思いますが、具体的にはどのようなソリューションをお考えですか。
坂野 ブリヂストンの中では2つ定義しています。1つは「タイヤセントリックソリューション」。これは断トツの商品をつくり、そのタイヤによるベネフィットをより多く享受していただくための方法を、ソリューションとして置いています。もうひとつは「モビリティソリューション」。自動運転や電気自動車、シェアドカーなど、CASEにより変容するクルマ市場に、今までになかった価値を生み出すためのソリューションと位置づけています。
実は、ブリヂストンのソリューションの原点は、トラック用タイヤのサービスマンたちが始めた活動にあります。
ずいぶん昔のことですが、日本で過積載が横行していた時代がありました。トラックが規定以上の荷物を積んでしまうため、タイヤの故障が大きな課題でした。当時、多くのタイヤメーカーは「過積載をしないでください」とお客さまに注意を促していましたが、ブリヂストンでは「壊れないタイヤをつくり、お客さまに、より長く使っていただこう」という発想になったのです。
そこで、最初に始めたのが「ローテーション」です。トラックは後輪のタイヤが早く減るため、前後のタイヤをローテーションして使っていただくことを推奨しました。当時「そんなことをしたらタイヤが売れなくなる」という意見もありましたが、結果的にブリヂストンフレンドリーなユーザーが増えていったのです。これがソリューションの原点です。もちろん、耐久性が良いからローテーションが可能になるわけで、これはまさに商品の良いところをより活かすタイヤセントリックソリューションだったわけです。
小澤 よくわかりました。御社が今掲げていらっしゃる社会価値と顧客価値の両方を実現していくというビジョンは今始まったことではなく、創業時からその精神が強く根づいていたわけですね。
坂野 はい、そのとおりです。現在は、運送、農業、航空、産業・建機、建築、鉱山など多くの現場で、ブリヂストンの高い技術力を生かしたソリューションビジネスを展開しています。これからがさらに進化して、ブリヂストン5.0につながっていくはずです。
サステナブル発想がイノベーションを生む
小澤 中長期事業戦略の中で、優先順位が高いものとして「サステナビリティビジネス構想」があると思います。ビジネスとしての持続性、あるいはリサイクルといった商品の持続性などはどのようにお考えでしょうか。
坂野 タイヤがたどる3つの道をつくることで、使い終わったタイヤがすべて元に戻るサイクルができます。これを「サステナビリティビジネス構想」と呼んでいます。
3つの道とは、回収したタイヤをもう一度製品化してお使いいただく「タイヤtoタイヤ」。タイヤからゴムを取り出して原料として再利用する「タイヤtoラバー」。そしてゴムを完全に分解して素原料に戻す「タイヤtoローマテリアル」です。
現状、廃棄されているタイヤは燃やす、あるいは埋めるわけですが、これを原料に戻せたら環境的にかなり大きなインパクトになります。これは石油業界とパートナーシップを組み、社会貢献としても取り組んでいきます。自社だけでできることは、ビジネスとして競争力を上げていくことができますので、この両輪の考え方が、サステナビリティビジネス構想の根本とも言えます。
小澤 その取り組みは、イノベーションにもつながっているのではないでしょうか。
坂野 はい。本日お越しいただいている技術センターは、「ブリヂストン イノベーション パーク」として生まれ変わり、その名のとおりイノベーションの起爆剤となる場として考えています。
先ほど申し上げた、自社でできる部分とパートナーシップを組んで共創していく部分。その起点になるのがこのイノベーション パークであるという位置づけです。さまざまな価値や技術を持っている方々と、「共感、共議、共研、共創」して実行する場です。ここから社会価値、顧客価値を共創していきます。
小澤 つまり、このイノベーションパークは、社内外の方と一緒に研究開発を進めていく場として位置づけられているということですね。
坂野 はい。もっとブリヂストンを知っていただき、共感していただけるお客さまにはどんどんブリヂストンの奥深くまで入っていただいて、一緒に価値を創造していきたいというコンセプトでつくっています。実際に、それが有効に機能するという実感も得ています。
今後は小平にもテストコースができます。栃木にあるテストコースはお客さまの価値を最終確認する場ですが、小平のテストコースはエンジニアたちが価値を体感して次のアイデアにつなげる、彼らの思考を高速回転させる場となります。そのため、アイデアをすぐ試せるようなコンパクトな設計になります。
イノベーションには偶発的なものもあり、そのマネジメントは困難です。マネジメントとしてできることは、若いエンジニアたちがイノベーティブなアイデアを出し合える環境を整えてあげることだと思っています。
新しいチャレンジに必要な体制とは
小澤 イノベーションを推進していくためにはマネジメントも不可欠だと思います。実際はどのように行われているのでしょうか。
坂野 企業が新しいチャレンジに打って出るためには、会社自体がある程度カルチャーを変える必要があると考えています。なぜなら、多くのことを同時並行で進める必要があるからです。
たとえばダイバーシティ&インクルージョンを推進するためには、最近注目されているHRX(ヒューマンリソース・トランスフォーメーション)などで人事の仕組みを変える必要があります。さらに巨大化した組織をスリムかつシンプルにして意思決定も速くしなければなりません。このように、さまざまな改革を同時並行で進めたその先にビジネスイノベーションが起きるのではないでしょうか。技術開発だけでなく、それに携わる従業員の働き方、組織体制や意思決定プロセスなども含めてすべてが融合して初めて、会社としての大きなイノベーションが実現していくと思っています。
小平の技術センターでは、「カルチャーチェンジ」という取り組みを行っています。これは従業員の幸せと企業の成長なくしてはサステナブルなビジネスは成り立たないという考え方のもとで「働き方を変えよう、マインドセットを変えよう」という取り組みです。
従来の「指導する、叱る」文化から「お互いに認め合って褒め合う」文化に変えていく。それがチームワークになり、部門の壁を超えたプロジェクト的な働き方が自然発生的に生まれてくることを期待しています。
小澤 ブリヂストン3.0を中核に、マネジメント部分も革新していく。そして会社全体を変えていくことに取り組まれていることに、御社の覚悟を非常に強く感じます。
坂野 ここで、一点だけ忘れてはいけないことがあります。それは、やはりイノベーションを進めるためには、事業の基盤を強固にする必要があるということです。つまり「稼ぐ力」ですね。
ブリヂストンの場合はコアである「タイヤをつくって売る」。ここでしっかりと稼ぐ。そこでできた余力を使ってイノベーションをすると考えなければなりません。イノベーションが先行してしまうと、企業の母体自体が揺らぎ、存続の危機に陥ったりもするでしょう。そもそも、それではサステナブル経営になりません。
イノベーションを進める過程には多くのチャレンジがあり、失敗もあります。ですから、失敗に耐えられるだけの体力も必要です。そのために事業のコア、強み、競争力の部分は絶対的に必要なのです。
小澤 ブリヂストン3.0はイノベーションに向かうための「稼ぐ力の再構築」でもあるということですね。たいへん興味深いお話をいただき、ありがとうございました。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』73号からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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