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デジタル革命を生き抜くこれからの企業経営

ソフトバンク株式会社
代表取締役会長
宮内 謙 氏

ソフトバンク株式会社 代表取締役会長 宮内 謙 氏

宮内 謙 氏(みやうち けん)プロフィール:1977年 日本能率協会入職。84年 日本ソフトバンク(現ソフトバンクグループ)入社。88年 同社取締役に就任後、常務取締役を経て現在、取締役を兼任。99年 ソフトバンク・イーシーホールディングス代表取締役社長。2003年 ソフトバンクBB(現ソフトバンク)取締役副社長。2015年 同社代表取締役社長。2021年4月から現職。

ソフトバンク株式会社
設立:1986年(昭和61年)12月9日/資本金:204,309百万円(2022年3月31日現在)/従業員数単体:18,929人/連結:49,581人(いずれも2022年3月31日現在)/事業内容:コンシューマ事業、法人事業、流通事業、ヤフー・LINE事業の4つの主要分野において多岐にわたるデジタルサービスを行う。


経営者にはテクノロジーの進化の一歩先を読む「シナリオライティング」が求められると話すソフトバンク会長の宮内氏。加速度的なスピードでパラダイムシフトが起き続けているデジタルの世界で必要な経営の視点とは。

驚異のスピードで進化するテクノロジー

 不易流行――「変化しない本質を忘れない中に、新しい変化も取り入れる」という意味で、私が好きな言葉です。ソフトバンクは「情報革命で人々を幸せに」することが創業以来変わらぬ経営理念であり、ベースには不易流行の考え方があります。現在、テクノロジーは強烈な勢いで進化しており、ビジネスシーンにおいては度重なるパラダイムシフトが起きている。まずは、テクノロジーの″進化〟についてお話しします。

 コンピューターが登場したのは1946年。1956年に登場したハードディスクは、たった5MBにも関わらず、トラックに積み込むのがたいへんなほどの大きさでした。今、私が持っているiPhoneの容量は1TB。つまり100万MBですから、当時のハードディスクの20万倍のデータ量が手のひらサイズになったわけです。電話としても小さくなりました。ショルダー型の移動式電話が登場したのが1985年ごろ。重さは3キロもありました。

 たった30年ほどでテクノロジーは飛躍的に進化したわけです。当初、CPUは1秒間に5000回の加算ができる処理能力でした。今は10の18乗くらいでしょうか。GPUのエネルギー効率は1000倍に、HDDの記憶容量は400万倍になりました(下図参照)。なかでも、ネットワークの速度は驚異的に加速しており、2030年くらいになると神経回路のスピードよりも速くなると言われています。そうなるとメタバースの中で、五感を感じるようになるかもしれません。2028年ごろには、メタバースは100兆円規模のビジネスになるとも言われています。

飛躍的な進化を遂げたテクノロジー

テクノロジーで世界が変わる 新ビジネスの5事例

 テクノロジーが進化したことで、新しいビジネスも生まれています。その代表的な事例を簡単に紹介しましょう。

 まず、創業11年の「モデルナ」ですが、現在8兆円の時価総額です。2020年1月10日に中国がコロナウイルスの遺伝子情報を公開すると、そこから彼らは3日間でワクチンの設計図を書き、42日間で臨床試験用のワクチンを完成。そして8カ月ほどで臨床試験も完了させ、わずか1年で販売にこぎつけました。1億ドルのデジタル投資でデータベースを完全にクラウド化してデータセントリックにし、IoT、ロボティクス、アナリティクス、AIなどのテクノロジーをフルに活用し、好循環な自動化サイクルをつくったのです。ポイントは、完全にクラウド化にしたこと。これで格段にデータ処理のスピードが上がり、短期間でワクチンを供給することができました。

 次に、DXのもっとも先進企業とも言える「テスラ」です。時価総額は138兆円。通常、クルマと言えば減価償却型で価値が下がっていくものでしたが、テスラのクルマは月に1回のペースでアップグレードされます。自動運転機能がアップデートされ、ナビの画面ががらりと変わり、空調もバッテリーも音響システムもすべてアップグレードされる。つまり、減価償却型ではなく価値創造型の新しいビジネスなのです。

 人材派遣業でもDXは進んでいます。「job and talent」はテンポラリーワーカーと企業とのマッチングプラットフォームを立ち上げたスタートアップ企業。ビジネスモデルとしては、雇用主が「来週、何としても工場に30人ほど人がほしい」とスマホ内のアプリをポンとたたくとシステムに格納されているAIエンジンを積んだデータベースの中から最適な人材をマッチングさせるというものです。「この人にはこの仕事が合う」ということをAIがどんどん学習しており、ビデオ面接も適性検査も契約もすべてスマホで完結。加えて労働時間の管理から給与支払いまでも一貫して行うことができます。こうしたサービスでこの企業は今、急成長しています。

 そしてマーケティングの企業の「Firework」。クライアントの自社サイトにショート動画を埋め込むサービスで、ユーザーエンゲージメントが約4倍、購買意欲が約1.8倍、サイト滞在時間は約2.8倍と、ユーザーの購買意欲を高め、売上げ向上につなげます。ECサイトの画面の下に、小さく動画やライブ配信画面が現れるようなイメージです。今はSNSで流すとその瞬間、グローバルでモノが動く時代。この手法はぜひみなさんの会社でも使っていただきたいと思います。

 最後に金融の例として「PayPay」を紹介します。こちらはソフトバンクの取り組みとなります。

構造改革をためらわない経営方針を

 ソフトバンクの経営戦略は「成長戦略」と「構造改革」です。成長戦略をどう描くかを考え続けること。そしてテクノロジーの変化により仕事の仕方もどんどん変えること。つまり積極的な構造改革です。PayPayの事例も、この戦略がベースにあります。

ソフトバンクの経営戦略

 PayPayはスタートして3年ほどでユーザーが4500万人を超えました。実は、3カ月でサービスを立ち上げたことに注目していただきたい。これが実現したのは、クラウドを使ってグローバルな多国籍チームで、24時間体制でリモート開発を行ったことにあります。そして、決済機能や顧客管理、認証やセキュリティなど、システムを分散させ、各システムに世界最先端の開発技術を活用。これが開発の自由度を高め、スピードアップを可能にしました。さらに、サービス開始からも改良が簡単で、すぐにアップデートできる。テスラと同様に、価値創造型のビジネスモデルです。今やみなさまの生活に密着した「スーパーアプリ」へと進化を遂げました。

スーパーアプリに進化したPayPay

 ソフトバンクの進化は、テクノロジーの進化とともにあります。コンピューターが誕生し、インターネットが生まれ、ブロードバンドの登場、そしてスマートフォンへ。私はこのパラダイムシフトのすべてに立ち会ってきました。さらに、AI、5G、IoT、ブロックチェーン、メタバースへと移行しています。この「デジタル革命」は、強烈な勢いで進んでおり、経営者は成長戦略を常に描くこと、そして構造改革をためらわないことが重要です。

 私は、今後企業活動においてAI、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)が不可欠になると思っています。RPAで、たとえばデータがすべてデータベース化され、ロボティックに(=自動的に)計算され、分類される。それをAIが解析し、問題を検知するといったイメージです。

構造改革に必要な3つのポイント

 効率化は、データをどう扱うかにかかっています。私どもが手がけるある工場では、ロボットやカメラで空間をセンシングし、バーチャル空間で部品や機器をリアルタイムに可視化し、物流を最適化する取り組みを進めています。この取り組みが実現すれば、数億円のコスト削減効果が出ると見込んでいます。

20年先のテクノロジーをシナリオに描く

 ソフトバンクでは2019年より「デジタルワーカー4000プロジェクト」を実施しています。これは、AIやRPAを活用し、BPRを推進するもの。社員4000人分の業務を削減し、トータルで年間770万時間の創出を実現しました。生産性を高め、社員を高付加価値業務、新規事業へシフトしています。

 業務の棚卸し・再設計(BPR)を行い、不要業務の廃止、重複業務の集約、業務フローの簡素化を行います。そのうえで、RPAやAIなどのテクノロジーを活用することで、全社を横断した徹底的な業務効率化を実現しました。

デジタルワーク4000プロジェクト

 現在、社内にはAIの基礎eラーニングを受講した社員が約8000人います。デジタルに強い人材をつくり出すことで、デジタル活用が加速していくでしょう。今後のビジネスは営業力、技術力だけではなく、データサイエンティストも自社の人材として確保していく。これがデジタル革命に必要な経営の視点です。

 さて、ソフトバンクは現在、グループ企業319社(2022年3月末時点)。ビジョンファンド1、2+ラテンアメリカ・ファンドのポートフォリオ企業が441社(2021年12月末時点)あります。そこで、グループ内の企業をつないでシナジーの創出も推進しています。具体的には「シナジードライブセンター」という新組織を立ち上げ、グループ企業各社のCEOで会議を実施。そうすることで最新のテクノロジーを共有でき、プロジェクトのスムーズな事業化が実現できます。その結果、各社の企業価値も上げることができ、グループ全体で売上げを伸ばすことが可能になります。開始から8カ月で、すでに70を超えるプロジェクトが始動。シナジーの創出も、ソフトバンクの経営戦略に組み込みました。

 もちろん「情報革命で人々を幸せに」というソフトバンクの経営理念は変わることはありませんが、変わりゆく世界に企業ドメインが変わることがあるかもしれない。しかし、変わらぬ経営理念があれば、必ず戦術は生まれてくるはずです。

 ソフトバンクはデジタル領域の会社ですから、デジタルの先を見ています。みなさんも、それぞれの産業の中において、10年先、20年先はどうなっているか。経営陣はそれを発想してシナリオライティングをしていただきたい。スマートフォンも宇宙旅行も、誰かがシナリオを書いたことからスタートしているのです。

※本稿は2022年4月16日に開催したJMACトップセミナーの基調講演をもとに作成したものです。
※社名、肩書きなどは講演当時のものです。

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