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環境の変化の中で生き残るために
企業が今すべきことはコーポレートガバナンス改革

J.フロント リテイリング株式会社 
取締役会議長
山本 良一 氏

J.フロント リテイリング株式会社 

山本 良一 氏(やまもと りょういち)プロフィール:1951年神奈川県生まれ。73年株式会社大丸入社。営業改革推進室長兼営業企画室長などを経て、2003年代表取締役社長就任。07年J.フロント リテイリング株式会社発足、同社取締役兼大丸社長。10年株式会社大丸松坂屋百貨店代表取締役社長。14年J.フロント リテイリング株式会社 代表取締役社長。20年5月から現職。

J.フロント リテイリング株式会社
設立:2007年(平成19年)9月3日/資本金31,974,406,200円/従業員数5,589名(2022年2月28日現在)/事業内容:全国主要都市に「大丸」「松坂屋」を15店舗、またSC事業でショッピングセンター「PARCO」を18店舗展開。他、デベロッパー事業、決済・金融事業、卸売業なども展開。


創業1717年の大丸百貨店と創業1611年の松坂屋百貨店、歴史ある二社が2007年に経営統合して発足したJ.フロント リテイリング。「コーポレートガバナンス改革」により指名委員会等設置会社を採用し、経営を大きく変えたプロセスとは。

※指名委員会等設置会社とは、指名委員会・監査委員会・報酬委員会という3つの委員会を通じて経営全般を監督する取締役と、業務を執行する執行役を分離した組織形態を持つ株式会社のこと

非連続な成長に不可欠な「コーポレートガバナンス・コード」

 私がガバナンス改革に本腰を入れ始めたのは2014年ごろのことです。それまでのほぼ四半世紀、大丸松坂屋百貨店で営業改革や事務部門の改革などを推進してきた経験から、執行レベルでは改革を進めたという自負がありました。しかし、J.フロント リテイリングの社長になり、環境変化が大きく変化する中で生き残るためには「非連続な成長」が必要だと、会社の将来に大きな課題を感じていました。ちょうどそのころ、2014年の日本版スチュワードシップ・コードが発表され、日本のコーポレートガバナンス改革が始まったのです。2015年に策定されたコーポレートガバナンス・コードをみたとき、私は「これだ!」と気づきました。「株主の権利・平等性の確保」「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」「適切な情報開示と透明性の確保」「取締役会等の責務」「株主との対話」という5つの基本原則こそ、企業のあるべき姿だと思いました。

 当社の取締役会はもう何年も前から何も変わっていない、何のための意思決定機関なのかということを痛切に感じ、経営の仕組みそのものを変えることで、今までの延長線上ではない非連続の成長ができるのではと考え、舵を切ることにしたわけです。

 J.フロント リテイリングにおけるコーポレートガバナンスの変遷を下図に示します。大きな転換点は、2017年に「指名委員会等設置会社」に機関設計を変更したことですが、これと併せて取り組んだテーマがその下の図に示したものです。4つめの「経営人財の育成」は、株主の関心の高いところです。株主は、今の経営者が説明している中期経営計画を実行できる将来の経営人財が育っているのかを冷静に見ており、それは株価にも影響しうると言えるでしょう。

コーポレートガバナンスの変遷

コーポレートガバナンスの改革の主な取り組み

戦略を論議し決定する取締役会に変える

 取締役会改革でまず取り組んだことは、第三者機関を使って当社の取締役会を客観的評価する「取締役会実効性評価」の導入、社外取締役への事前説明、論議時間の確保です。当時の取締役会資料は細かく、ページ数も多い。取締役会は、8割が資料説明で2割が論議という状況でした。質問に答えるのも社長だけ。およそ活性化された取締役会とは言えません。そこで取締役会を

「戦略を論議し、決定する場に変える」ことに着手しました。限られた時間の中で戦略論議を行う時間を捻出するために、取締役会に付議する基準を見直し、議案を絞りました。たとえば、決議を要する金額基準を引き上げたということです。また、当日の説明時間を短くするために、社外取締役に事前説明を行う場を設けることもしました。

 さらに、決議ではなく「協議事項」を設け、必ずしも1回の論議で決議しないことにしました。骨子や方向性が見えた生煮えの段階で一度取締役会にはかり、社外取締役の意見を聞き、再度執行側で論議し、より良い方向で改めて取締役会に提案をし、決議をするということです。

 このような取り組みの結果、2割だった論議の時間が6割から8割程度となりました。侃々諤々の論議ができる取締役会になったのです。

 私が社長時代に提案したM&Aが、「これはやるべきM&Aではない」と社外取締役から棄却されたこともあります。執行側は前へ前へと行きたがりますが、そこを冷静な目で「違う」と言えるのが社外取締役。そういう取締役会にしていかなければいけないのです。

 高い視座で戦略を論議し、社外取締役の知見を生かして会社の大きな方向づけを決める場所を目指したのが、当社の取締役会の改革でした。

指名委員会等設置会社に移行した理由

 取締役会の論議の時間は増えましたが、それで十分ではありません。ガバナンス改革は取り組むほどに課題が出てきます。毎年の実効性評価で出てきた課題すべてを取締役会で論議できないため、社外取締役、社長、取締役会議長で構成する「ガバナンス委員会」を設置しました。自由闊達に意見を交わす中で、「当社は指名委員会等設置会社に移行すべきではないか」という意見が出てきました。

 日本企業の機関設計には、監査役会設置会社、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社の3つあります。一番多いのは監査役会設置会社ですが、海外の投資家からは評価されていないと感じています。

 もっとも少ないのが指名委員会等設置会社で、上場企業の中でも100社に満たないといわれています。法定の「指名委員会」が社長など取締役の選解任を議論することから、経営トップが自らの人事を自分の裁量で決めることができない仕組みです。社長自身も解任される可能性があるわけです。

山本 良一 氏

 私が指名委員会等設置会社に移行したいと提案したとき、みなさんから「ルビコン川を渡る(一線を越える)決断ですよ、後戻りできませんよ」と言われました。しかし私はそれを選びました。当社が目指すガバナンスの方向性は、指名委員会等設置会社が最善であると自信を持っていたからです。何度も議論して2017年に指名委員会等設置会社に移行しました。

 移行後は、段階的に社外取締役の割合を増やし、今年の総会後は取締役 名のうち6名が社外取締役という体制になりました。指名・報酬・監査の法定三委員会の各委員長は社外取締役であり、委員の過半数は社外取締役です。完全にモニタリング型のガバナンスに移行したと言うことができます。

 しかし、体制が整ったからといって取締役会の実効性が高まるかというと、なかなかそうでもない。取締役会の場を有効にするための仕掛けづくりは必要です。指名委員会等設置会社にしても、社外取締役が社長の顔色をうかがいながら意見を言えないような雰囲気や風土があっては意味がない。当社では、社外取締役が情報共有する場として「エグゼクティブセッション」を設けています。必要に応じて社長や取締役会議長も参加して意見交換し、取締役会での議論が活性するよう取り組んでいます。

監督と執行の分離の重要性

 指名委員会等設置会社は、業務執行の決定を執行役に委任することができるので、社長は思い切って業務を進めていくことができます。その代わり、監督側は厳しい目で執行を監督するわけです。執行と監督の分離がかなり明確になっています。

 私の中で、これがとても良い結果を生んだと思ったのは、2020年のことです。コロナ禍で、このまま現中期経営計画を推進することが難しい状況になりました。私は、株主に対し、中期経営計画の骨子を見直し、後日説明すると約束する中、5月に社長を退任。新社長は、中計の骨子見直しに取り組むわけですが、新型コロナによる緊急事態宣言が発出され、大丸松坂屋もパルコも50日間営業ができない状態に陥りました。このときの取締役会では、「中計は後回しにして、今は構造改革を急ぐべきだ」との意見がありました。社外取締役は現実をしっかり見ているので、執行側が見たくない現実もはっきりと指摘します。そのときに、執行と監督が分離していることは非常に重要なことだと実感しました。執行側は現状延長線上で頑張りますが、没入してしまい全体を俯瞰できないことがある。そういうときに「正しい判断をしなさい」とアドバイスするのが、取締役会の監督責任なのです。

企業変革を表すコングルエンシーモデル

 下図が示すのは、企業変革のモデルです。内部、外部の環境は常に変化するため、仕事や業務を変えたときには、組織やルールを変えないとうまくいきません。しかし、それだけで結果が出るかというとそうでもありません。組織風土の変革や企業文化の変革が不可欠です。人材の育成や能力アップなど、感情に訴えることも重要です。すべての変革が相まって、成果に結びつくというのが、コングルエンシーモデルの考え方です。これをガバナンス改革の話に当てはめてみます。指名委員会等設置会社に変えるだけでなく、企業風土、取締役会の文化を変える環境づくり、社外取締役や執行側の能力の発揮も必要です。それらが相まって、ガバナンス改革が成功するという仕組みなのです。

コングルエンシーモデル

 最後に、私が約24年間、さまざまな改革を進めてきた中で、会社を動かすのに必要だと感じたことをお伝えします。もっとも重要な仕事は「大きなビジョンを示す」ことと「人を育てる」こと。優れた戦略と実行できる強い現場力は両輪で進めてこそ成果につながります。そして、企業に変革を起こすには最初の1ミリが大切です。どんなに大きな岩でも1ミリ動けば転がり、加速していきます。ぜひ初動に全力を尽くしてください。


※本稿はJMAC発行の『Business Insights』74号からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。

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