ものづくりマネジメント最前線
第5回 生産技術力のある会社が競争に強い理由
- 生産・ものづくり・品質
石田 秀夫
石田 秀夫(シニア・コンサルタント)
新型コロナウイルスの流行は、サプライチェーン上の生産国、生産工場、生産のインソース・アウトソース活用などを、改めて見直す機会にもなった。
ものづくりにおいて、工場建設・工程設計・工法開発・生産しやすい設計などを担当する部門を一般に「生産技術」と呼ばれている。この生産技術こそ、技術のブラックボックス化、他社がマネできない(模倣不可能性が高い)技術・工法の確立を担い、競争力の維持に貢献する部門なのである。とくに素材・電子部品・自動車・自動車部品などの業種では、競合他社が模倣できない「生産技術」の実現の一翼を担っている。製造業の中では目立たない部門であるが、生産技術部門の戦略的な活用がますます重要になることは言うまでもない。
国内回帰と国内の質的な再強化の潮流
コロナ禍でサプライチェーンが停止・停滞したことで、生産・調達において中国など一国への集中は避け、アセアンの国々などへ移管や並列化が進んでいる。こうした動きはリスク分散のためでもあるが、ものづくりのレベルを再度引き上げるためでもある。とりわけ製造の難易度が高いもの、付加価値や模倣不可能性を高めるために必要なものは、国内回帰を進めるなど、国内外で生産分担の見直しが加速化した。これは地産地消を否定しているのではなく、コンポーネントやデバイス・部品などを主な対象とした場合には必要な対策である。
また、国内回帰は単に生産を日本へ戻すということではない。ものづくり全体(開発設計~生産技術~生産)の力をさらに向上させる戦略構築・推進を並行して行うことで、国内回帰の本質的な効果を達成することなのだ。戦略的な国内回帰を行うことにより、コロナ前に課題であった、海外で得た資金を日本国内の開発投資(製品・生産技術)に回せないという事象も解決に向かうだろう。
国内回帰というと海外とのコスト競争の話になることが多い。労務費が高騰してきた国と比較すると、その国に対して2~3倍の労働生産性が日本でクリアできれば、日本での生産性に分があると推算できる。これは、新たな生産の方法や自動化など、ものづくりの力を強化すれば達成できるレベルである。
言うまでもなく、製造の労務コストは「労務単価」×「時間」である。海外生産で「労務単価」の低減は比較的早くできる。この単価を下げることで改革・改善が停滞した企業では、「時間」の低減に対して革新的な手を打っていないことが散見される。単価の低減で満足してしまうのである。
そのような状態になると、単価の安い国に"焼き畑農業"のように移ることになり、知恵を使って革新したとは言い難く、生産技術力、ものづくりの力が本質的に向上しない。
われわれはコンサルタントとして、多くの製造業や関連する業界を長期にわたって支援している。これまでの知見から言えるのは、リーマンショック時の苦しい時に前述の「ものづくりの体質」を改善、強化できた会社は、このコロナ禍でも強さを保っているということだ。
とくに生産技術部門は、ものづくりの体質改善、体質強化に大きく貢献できるはずだ。加えて、新型コロナウイルスが流行しているこの期間に、生産技術力の強化、関連するものづくり力の強化を中長期視点で進めてもらいたい。戦略的な国内回帰の中でそれらの力を高め、新たな貢献を行うことが重要である。
競争力ある生産技術部門とは? 生産技術の未来
生産技術部門でもっとも重要だといえる「生産技術開発」について考えてみる。そこには"生産技術者の未来"を描くヒントがある。
もっとも重要なのは「生産技術開発」
製造業ではあまり目立たない部門とはいえ、それでも社内認知度が高い生産技術部門は、以下の3つに積極的に取り組んでいる(筆者はこれを生産技術部門の「新三種の神器」と名づけている)。
- コンカレント・エンジニアリング(CE)
- シミュレーションやIT・バーチャル技術
- 生産技術開発(工法・設備)
この中でもとくに寄与度が高いのは、生産技術開発(工法・設備)への積極的な取り組みである。工法・設備を購入したままの状態で使うのではなく、さらに工夫、改良を加えるいくことと捉えてもよい。
生産技術開発(工法・設備)に積極的に取り組んでいる会社は生産設備の内製化比率が高く、知的財産戦略を重要視している。それらの会社では、自らの技術的競争力が高いと考えており、その生産技術力を上げるため、社員に挑戦させて育成しているのである。
どの生産技術を開発するか?
生産技術開発を議論する際にはどの生産技術を開発するのか、その対象決めが大切である。生産技術開発とは、生産技術部門の独り善がりで開発対象を決めるものではない。製品技術開発と相関を持ちながら、いわば戦略的に開発対象設定し、会社としての技術戦略の一つになる必要がある。
生産技術開発では、製品技術と生産技術の要素のコアの部分を対象にする。製品技術の要素におけるコア技術とは、その製品の商品性や性能、そして競争力を決める部分(完成品の一部分・部品・モジュール・デバイス)である。この製品コア技術を選定したうえで、それを生産する技術として生産技術開発を行う。その生産技術開発においても、コア製品のコスト・品質や競争力を決める部分や、模倣を防止する際にキーとなる工程に絞り込むことが重要である。
いずれにしても、ものづくりの競争力を上げるには、コア技術づくりが大切になってくる。このコアに集中し技術をつくり込み、長期にわたり技術的に競争優位とするためには、知的財産として守ることも重要だ。この守ることに無頓着な生産技術部門も数多くみられる。
生産技術開発を推進する会社は設備の内製化比率が高い
生産技術開発を推進している会社の生産設備の内製化比率が高いのは、その工法を実現する設備が一般販売されていないために内製化していると理解すべきである。
「内製化」は幅広く捉えてよいだろう。たとえば、汎用設備を購入して改造したり、独自性あるデバイスや治工具を付加したりすることも、内製化として定義しても差し支えない。いずれにしても、汎用設備や設備メーカーの導入した設備をそのまま使用するのではなく、自社独自の工夫を入れて使用していることを「内製化」と理解してよい。
これまで見てきたように、内製化比率が高いと独自の生産技術を生み出すことができ、競争力を高めることができるという「生産技術のより良い未来への方程式」が見えてくる。
昨今、コンサルティングの現場で生産技術の仕事の定義が変わっていることに驚いている。汎用設備や設備メーカー推奨の設備を導入し、流れの良いレイアウトに配置して立ち上げることが生産技術の仕事だと思っている会社が増えてきたのだ。付加価値が出せず、競争力をなくしていることが残念ながら散見される。確かに生産準備を行い、量産を滞りなく迎えることも大切であるが、他社も買うことができる設備をそのまま使用して競争力が上がるだろうか。
答えはノーだ。汎用設備を購入するのであれば、その加工・動作スピードを格段に上昇させるなど、チューンナップした状態で活用しないと競争力がないのである。生産事業で競争していない事業体では、このようなことを行う必要はないが、生産事業が競争下にある事業体の場合は必要である。
ある会社でこのようなことを述べると、「設備メーカーの保証がなくなってしまうが大丈夫だろうか」と生産技術部長が質問してきた。「限界を超える運転をしても壊れなくするのが『技術』である」と返答したら、キョトンとされたことがある。
これらは競争力がなくなっている生産技術部門によくある話だ。仕事の内容が設備メーカーの言いなりで、設備を手配するだけの「カタログ・エンジニア」の人口が増えてくると、生産技術部門の価値が下がってくるのである。逆に自社で設備開発を行い、生産性で何倍もの差をつけている会社では、とくにコア技術については「工夫していない設備は一切ない」と言っても過言ではない。
生産技術としていかにレベルの高い設備を使っていくか、技術のイノベーションを自ら起こし、いかにダントツの競争力を生むか。生産技術の仕事の価値を見直してみてはいかがだろうか。
このコロナ禍の期間にこそ、生産技術を中心に自社のものづくり力を高め、次への競争力をつけていく活動をすべきである。
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