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本質を捉え、イノベーションを起こし続ける
~挑戦の場を与えて人の持続的成長を導く~

花王株式会社
代表取締役社長執行役員 澤田 道隆 氏

花王株式会社は1887年(明治20年)創業、誰もが知る歴史ある大手化学メーカーである。洗剤、トイレタリー用品、化粧品のほか、さまざまな産業界に向けた工業用製品などを製造・販売している。2012年に代表取締役社長執行役員に就任した澤田道隆氏は、技術者のときから一貫して「物事の本質を捉える」ことを重視してきた。経営において「物事の本質」とは何か、ものづくりにおける花王らしさ、今後の展望などをお聞きした。

科学の目で物事の本質を追求せよ

 鈴木:澤田社長のお父様も花王に勤めていらっしゃったとのことですが、就職先に花王を選ばれた理由からお話しいただけますか。

 澤田:私が大阪大学の学生のころ、父が花王に勤務していた縁で、当時の社長の丸田と大阪支社で出会う機会がありました。同じ化学を専攻している私に対し、「物事を現象だけ表面だけで捉えるのは化学ではない。その裏側にある原子分子の世界まで知ることで初めて化学がわかってくる。そうすると化学は、科学(サイエンス)の領域にまで広がるのだ」と話してくれました。

 また、「多くのことを知り、吸収したいという願望は理解できるが、学生である今はシンプルに科学の目で物事を観ること、科学のスタンスで物事を考えるようにすることが大事だ」と諭されました。

 「科学の目で物事の本質を追求せよ」――あれ以来、今でも丸田のこの言葉が脳裏に焼き付いて離れません。感銘を受けた私は、「この花王から生み出されてくる商品は普通ではない」「花王とはどんな会社なのだろう」と、ぜひ花王に就職したいと考えたのです。

 実際入社してみると、花王は私の期待どおりの会社でした。花王では、製品開発の際には、「エビデンスを重視」します。なんとなく良さそうだから、といった雰囲気でものをつくることはしません。科学的根拠を示すところからスタートするのです。

 たとえば、「洗濯物の生乾きのにおいの解消」というテーマを立てたときは、まず、においの本質研究からスタートします。研究を進めていくと、においの原因は菌が関与していること、生乾きのにおいは菌の中でもモラクセラ菌が関与していること、その菌は洗濯槽の裏側にも潜んでいることなどが次々にわかってきます。それを製品開発へと生かすわけです。

 また、「加齢に伴って歯が黄色くなることの改善」というテーマでは、まずは歯の色に関して徹底的に本質を研究します。歯はエナメル質が黄色い象牙質を覆っていますが、そのエナメル質にはすき間があり、それが光を乱反射させるすりガラスの役割をして白さを保っています。しかし加齢とともに、そのすりガラスに食べ物や唾液からつくられる無機物などが詰まってくると、光が乱反射せずに、次第に象牙質の黄色が目立ってきます。これが加齢による歯の黄色さの本質です。歯の表面の歯垢だけが主要因ではないわけです。

 ですから、研磨ではなく、すき間の無機物を除去できるような成分が有効であり、その成果をホワイトニングハミガキに応用したのです。

 このように花王製品は、本質研究に基づいて技術を開発し、それを製品開発に生かしているのです。販売やマーケティングも、この本質をしっかりと理解し、特長ある活動を行っています。

原点に帰ればやり続けることができる

 鈴木:澤田社長は、技術者として長い間素材開発の研究とマネジメントを担われてきました。その中で感じとった花王らしさ、また実践されてきた花王らしさについてお聞かせください。

 澤田:私は、研究開発部門のときには、「"世界一""世界初""オンリーワン"を目指そう。誰も成し遂げてないことをがんばって実現し、それを認めてもらって、また次の意欲へつなげていこう」とみんなと話していました。

 たとえば、爪に優しいマニキュアをつくろうと、世の中にない「水性マニキュア」の開発に取り組みました。しかし「水性でありながら水には強い」という相反する2つのニーズを両立させないと、この「水性マニキュア」はできません。相反する性能の両立はサイエンス的には難しいのです。

 水性を実現する方向Aと水に強いということを実現する方向Bの両方を見て合わせても答えはなく、Aを突き詰めてBに行こうとしてもAの派生になってしまいます。だから解はAやBの方向にはなく、異なる方向のCやDというまったく別の視点や発想が必要なのです。

 しかし普通にしていても、その新しい視点や発想には至りません。セレンディピティー(思いがけず発見する力)が必要です。毎日ものすごく真剣に考えていると、普段何気なく見過ごしていることから、アッと気づくことがたくさん出てきます。この幸運がセレンディピティーです。命題の「水性マニキュア」は、壁紙の塗料の着想からヒントを得て実現しました。私たちがやっている研究とはまったく別の領域です。一心不乱に考えて考え抜いていたからこそ、異なる分野の知見によって「これだ!」と気がつくことができたのだと思います。

 残念なことに、この水性マニキュアは市場に浸透させることができませんでした。その技術自体はたいへん優れていましたが、強い知財網を構築しすぎたがゆえにフォロワーがつかず、ビジネスとしてはうまくいきませんでした。しかし、私たちは、その後も関連研究を続けました。そして、水性マニキュアに用いた染料の代わりに、水に強い顔料を融合させ、にじみにくい世界初の「顔料系インクジェット用インク」を開発したのです。

 技術には失敗はありません。しかし、研究を止めれば、それ以上技術は伸びません。だから、私たちは研究を止めることはしません。

 たとえば、10人でやっていた仕事がうまくいかなかったら、1や0.5で残します。一応抹消しているようにしても、実はコソッとやっている。「止めなければ失敗にならないのだ」と先輩が見えないところでやらせてあげています。こういう風土が花王なのです。

 時代を先取りしすぎてうまくいかないこともあります。そのときは生かせなくても後で生きると思われる発想や切り口、進め方のモデルもあります。これらは同様に、一度止めてしまうと再度立ち上げるのに5年10年とかかります。どこかで生き返るときがあると、常に議論しておいて、完全に切らずに残す必要があると考えています。

 少し前の話になりますが、ベビー用おむつメリーズが低迷している時期がありました。研究も生産も販売も、皆全員が努力しているのに振るわないのです。それゆえ、残念ながら、各部門間で不調和音が生じていました。そのとき、私たちは「花王は何のためにメリーズを世に出したのか」をじっくり問い直してみよう、原点に回帰しようと提案しました。「赤ちゃんがぐっすり眠るとお母さんもゆっくり休むことができる」そして「お母さんがゆっくりできると赤ちゃんにやさしく接することができる」、すなわち「かぶれにくく赤ちゃんの肌に世界一やさしいオムツの提案」それがメリーズブランドの原点です。このブランドの原点に立ち戻り、「通気性」と「やわらかさ」の機能価値を、手持ち技術を総動員して高めていったのです。そして、メリーズを使うことで、「赤ちゃんが笑顔になり、その笑顔を見て家族も笑顔になる」という想いを、ブランドのキャッチフレーズ「スマイル&スマイル」に込めました。

 今振り返れば、競合との熾烈な戦いに気持ちが行きすぎて、お客様のためにという原点を忘れかけていたように思います。

本質を追求し「花王らしさ」を具現化する

 鈴木:2012年に社長という違う立場になられましたが、経営の場における本質の追求や花王らしさについてお聞かせください。

 澤田:最近は形や数字ですべてを語ろうとする傾向がありますが、本質をしっかり議論せずに形だけ整えようとすると中身が薄くなってしまいます。また、それでは物事の本質までたどり着かないようにも思います。

 たとえば「ガバナンスを整える」「社外取締役を任用する」「女性の比率を増やす」など、形や数字にとらわれず、どういう目的でやるのかということを掘り下げて議論することが大事です。

 ガバナンス強化という観点では、取締役会の役割は将来の会社の方向性をしっかりと議論するのが目的だと考えています。ですから、豊富な経験と高い見識を当社の経営に生かしていただくことを期待し、6名の取締役のうち3名を社外取締役として選任しています。私たちが従来から持つ、科学の視点やものづくりの視点に加えて、金融の視点や学術の視点など、社外の多様な角度から花王の方向性を議論していきます。それは経営という観点での本質の議論ですので、花王の将来にとってたいへん貴重なわけです。

 私は、花王は不器用な会社だと思っています。いっときのことに惑わされ、本質を横に置いて器用にふるまえば、一時的には伸びるかもしれませんが、長期的な成長にはつながりにくいと考えています。短期的視点で見れば、器用にふるまって、たとえば現在の1.3倍の利益を上げることは比較的容易と思われますが、長期的視点を持って1.1倍の利益をずっと続けていくことのほうが花王にとっては重要です。もちろん、単に続けるのではなく、何かのイノベーションをプラスして成長し続けることが花王らしいと考えています。

 イノベーションというのは、破壊的な価値提案というイメージがありますが、「凡を極めて非凡に至る」という地道な改善の積み重ねによる大きな価値提案も重要です。不器用な花王としては、破壊的価値提案だけでなく、地道な積み重ねによる価値提案も重視しています。

日本らしさを育みながら挑戦し続ける

 鈴木:澤田社長から次世代を担うトップ、経営幹部へ向けたメッセージをお願いします。

 澤田:花王らしさのひとつに、「失敗を恐れず挑戦する」ことがあります。それが増収増益をもたらすイノベーションの源泉になっています。たとえば、提案が上がってきた際、私たち役員がその判断に迷うときには、「GO」を出すことに決めています。迷うということは可能性があるということですから、その可能性に賭けたいと考えています。すなわち、「やらないリスク」より「やるリスク」を取るわけです。メンバーが精一杯の挑戦をして、それでも失敗することがあれば、われわれが責任をとればよいのです。そして、そのときたとえ失敗したとしても、また挑戦を続けることを認めてあげればよいのです。そうすれば、さらにチャレンジをすることへのモチベーションが上がり、可能性にかける勇気がわいてくるのです。

 だからトップは、社員のためにも失敗を恐れないことです。失敗を恐れてリスク回避ばかりしていては、会社の成長は望めません。思い切ったリスクテイクをしていく勇気が必要です。

 そして「人には誰でも無限の可能性がある」と心の底から信じているか、どうかです。最大の資産は、やはり「人」なのですから、会社の成長は「人」にすべてがかかっているといっても過言ではありません。その際、人材の育成が重要となります。人材育成では、「人を育てる」というより「人は育つ」というスタンスが重要であると考えています。その人に合った、良い舞台良い場を用意することです。メンバーは、その舞台の中で、必ず自らの力で育とうと努力します。たとえうまく育たなかったとしても、少しメンテナンスをして違う舞台を用意してあげることも重要です。粘り強く少しずつレベルアップできるように、場を変えてあげるのです。このように、簡単に結論を出さずに人の可能性を信じ続けること、これができてこそ経営者だと私は考えています。

 日本の会社がここまでがんばれたのは、だめでももう一度やらせてみるといった、失敗を許容する考え方が根底にあったからではないでしょうか。また、日本にはひとりで成果を上げたとしても最後はみんなでやったよね、と言い合える共感力の高さ、分かち合いの精神というすばらしい文化もあります。この日本的な良さを見つめ、資産として経営に生かしていくことが、大切ではないでしょうか。私も、このようなことを肝に銘じ、先輩たちが残してくれた有形無形の資産を最大限活用しながら、次の世代のための新たな資産を残したいと考えています。そうして、私たちがさらに100年200年と成長していく中で、花王らしく本質にこだわり愚直に本質を突き詰めていきたいと思っています。

【対談を終えて】鈴木 亨のひとこと

科学の目で物事の本質を追求するという思想が花王の風土として息づいていることを、澤田社長のお話を通して実感しました。また、「凡を極めて非凡に至る」という花王の不器用さこそが、物事の本質を追求する花王の行動哲学ではないかと思いました。そして最大の資産は「人」であり、人の可能性を信じ続けて、成果を皆で分かち合うという、日本的経営のすばらしさに自信を持たせていただきました。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.58からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。

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