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One Olympusで 真のグローバル企業を目指す

オリンパス株式会社
代表取締役社長執行役員 笹 宏行 氏

 2019年に創立100周年を迎えるオリンパス。その事業継承の道のりは決して平坦ではなかった。約7年前に不祥事が発覚、そのとき経営再建の旗手としてトップに抜擢されたのが笹宏行氏だ。笹氏は言う。「私は経営の素人だった」。しかし、だからこそ断行できた改革がある。「オリンパスの使命とは何か」を追求し続けたこの7年は、信頼回復、そして再成長へ向けての道のりそのものであった。不祥事を乗り越え、世界トッププレーヤーへの挑戦を続けるオリンパスの、改革の足跡と展望、その想いのすべてをお話しいただいた。 ※2018年11月27日JMACトップセミナー「グローバルヘルスケアカンパニーに向けての挑戦」より

不祥事を乗り越え 開発出身トップが改革を断行

 私は1982年(昭和57年)、オリンパス光学工業(現オリンパス)に内視鏡の開発者として入社しました。以来、約30年にわたって医療事業に従事し、この間、米国駐在や内視鏡の洗浄消毒に関連した仕事、それを経て開発本部長、マーケティング本部長を経験しました。そして突然、「2012年4月から社長に」という話があり、引き受けました。私は事業という観点では医療を中心に一生懸命やってきた経験はありましたが、会社の経営は門外漢でした。その状況で経営を引き受けたということです。

 当社では約7年前に不祥事がありました。今日は、それをどう乗り越えてきたのか、そのあと再成長を目指してどのようにやっていこうとしているのかについてお話しします。

 まず、不祥事についてです。バブル期は円高ということもあり、製造業にとっては非常に厳しい時代でした。そして株価が上がる中、当社も他の多くの会社と同じように金融商品に投資していました。しかし、バブルがはじけて巨額の負債が残りました。それをその時の損失として処理せず、M&Aの際にアドバイザーへの報酬として処理していたことから、有価証券報告書の虚偽記載に問われました。第三者委員会を設置して調査した結果、損失隠しが発覚、2011年11月に発表したという経緯があります。その後、過去5年分の修正報告などすべての手続きを終えたのち、2012年2月に新経営陣を発表しました。そのとき新たに経営を任されたわれわれ社内出身者は、経営の「素人」ばかりでした。

信頼回復に向けて 経営体制を抜本改革

 それではなぜ不祥事が起こったのか。第三者委員会によれば原因は次の4つでした。

  • ガバナンス体制の欠如(経営トップに権限が集中、情報開示体制の未整備)
  • 事業ポートフォリオの肥大化、経営資源配分の非効率性(売上偏重でノンコアビジネスが肥大化、事業環境変化への対応の遅れ)
  • 毀損した財務体質(バランスシートの肥大化と不祥事後の自己資本比率2.4%という低さ)
  • 風通しの悪い風土(自由闊達な風土の後退、コンプライアンス意識の欠如)

 経営再建にあたり、われわれがまず考えたのは、「失った信頼を回復するためには何をすればよいのか」ということでした。そして次の4つ、すなわち、「ガバナンスがしっかりした経営体制」「健全な事業」「安定した財務体質」「風土」――が確立されて初めて信頼される企業になれると考えたのです。

 この4つを達成するために策定・発表したのが「中期ビジョンの経営方針」です。ポイントは、「1.原点回帰」「2.利益ある成長」「3.One Olympus(ワンオリンパス)」の3つです。

 「1.原点回帰」は、金融商品へ手を出したことへの大きな反省から来ています。われわれの本業は、「技術を開発して、製造して、販売して、サービスをすること」ですから、その「原点に帰ろう」という意味です。また、「しっかりと利益が出る事業をやっていかないと信頼を回復できない」ということで、「2.利益ある成長」。そして、大きな経営危機に瀕していたので、「とにかく全員であたろう」ということで、「3.One Olympus」です。

 これらの経営方針に基づき、ガバナンスの再構築(社外取締役を過半数入れる、コンプライアンスの強化など)、財務の健全化(1000億円の増資で自己資本比率を3割台に回復など)、事業ポートフォリオの再構築を進めていきました。とくに事業ポートフォリオについては、コア事業をまず決めて、不要なものは整理しました。私がこの立場になってから整理した会社の数は、約90社です。

「会社がなくなっても事業は残る」One Olympusで経営再建

 次は、One Olympusについてお話しします。当時、事件が起こりさまざまな報道がされる中で、社員たちは不安や不満、謝罪、後ろめたさといった気持ちにどんどんなっていきました。さらに、組織間でもお互いに「悪いのはそちらだろう」と責め合い、コーポレートと事業部、事業部と事業部の間に溝ができました。

 このときまず行ったのは、月2回の「社長メッセージの発信」です。「私たちはこのようにして良くなっていきます」とマイルストーンを示し、それが達成されるたびに、「ここまでよく来ました。次はあそこまで行きます」と。そうすると社員は「着実に前に進んでいる」と感じることができますし、そういう実体感を持たせないと、なかなかモチベーションというのは沸きません。

 また、双方向の「タウンミーティング」もかなりの数を実施しました。社員10人ほどと私や経営陣でミーティングを開きます。これまでにグローバルで2000人以上と直接会って話をしました。いろいろな社員の状況を聴いたり、職場風土がどうなっているのかを把握したりすることができて、非常に役立ちます。さらに、経営が何を目指して舵取りをしているのかも伝わり、社員のモチベーションも上がります。これは今も続けています。

 そして、社内行事も自粛しないで積極的に推進することで、「こうしたときだからこそ、これでがんばろう」というメッセージを発信し続けました。

 実はそのころ、私も医師から応援のメールを多数いただきました。「オリンパスには患者さんに対する責任がある。だから、しょげたり迷ったりせず、『自分たちは患者さんのためにある』、そう思ってやるべきことを全うしてください」と。そして、私から社員には、こういうメッセージを出しました。「会社はなくなるかもしれない。けれど、事業と製品とサービスはなくならない。なぜなら、それを待っている人たちが世の中にはたくさんいる。みんなもそのために働いているのであって、会社のためだけに働いているわけではない」――こうすることで目標を持たせる。One Olympusになれる。私はそう考えたのです。

再成長を目指し、足元固め オリンパスならではの価値提供を

 こうして経営再建に3年間注力したのち、2015年には「これからはもっと前を向いて歩こう」と、次の5年の中期戦略を立てて、「成長に向けた準備」を始めました。
 まず行ったのが、「人材流動性の確保」です。当社は事業部制を敷いていますが、当時は事業単位で資源を持っていました。そのため、成長している医療事業に人が足りず、他の事業では余る、ということが起きていました。また、グローバル体制を強化するために、事業・部門の垣根を超えてグローバルに統括する必要があったのです。
 そこで、分社していた会社を統合し、事業を縦軸、部門(機能)を横軸としたマトリックス制を構築しました。全社最適の観点で組織間の壁をなくし、事業間や部門間で人の異動をしやすくしたのです。こうして事業拡大に向けた経営体制強化をした結果、2017年には医療事業の売上高は全体の8割、全事業の海外売上高比率も8割になりました。

 それでは、われわれオリンパスの医療事業が提供する価値とは何でしょうか。大きく分けると「早期診断」と「低侵襲治療」があります。病気は早期に発見し、診断できれば、低侵襲(身体に負担の少ない)で治療ができます。そうすると医療コストを大幅に下げることができるため、医療費抑制が求められる中において、オリンパスはとても良い事業ポートフォリオとポジショニングを持っていると言えます。

 実際には、胃や大腸などの消化器内視鏡で「早期診断」ができ、簡単な治療なら内視鏡で行えます。外科手術になった場合でも、開腹せずにおなかに小さな穴を開ける手術であれば傷口も小さく(低侵襲)、入院期間の短縮や早期の社会復帰が可能です。オリンパスはこうした治療の事業ドメインを持っています。

稀有なビジネスモデルで 世界トッププレーヤーを目指す

 それでは、分野ごとの世界の市場規模とマーケットシェアはどうなっているのでしょうか。現在の状況は次のとおりです(カッコ内は市場規模:シェアは%で表示)。

①早期診断の消化器内視鏡(3,500~3,700億円):70%超
②早期診断の処置具(3,700~3,900億円):約20%
③低侵襲治療の外科内視鏡(2,600~2,900億円):20~25%
④低侵襲治療のエネルギーデバイス(1,600~1,800億円):18~20%

 どの市場も成長しており、競合する企業は①消化器内視鏡のみほぼ日本企業で、その他3つは主に海外企業です。オリンパスは全世界に200以上の拠点を持っていますが、すでに70%超のシェアを持つ消化器内視鏡は更新需要が主体のため伸びしろは少なく、その他3つはシェアを増やせるということ、その場合、海外メーカーが競争相手になるということがわかります。

 また、今後は事業成長の重心を①消化器内視鏡による診断領域から②④の治療領域へとシフトしなければなりません。医療費抑制が求められる中、病院は消化器や外科内視鏡などキャピタル製品への投資を控える一方で、老齢化で患者さんが増えると症例数も増え、それに紐付く処置具やエネルギーデバイスなどのシングルユース(使い捨て)治療デバイスは伸びていくことが予想されるからです。

 グローバルで勝ち抜いていくためには、従来の強みに加えて、欧米のグローバルカンパニー並みの経営スピード・経営効率が必要です。われわれは今後、「経営意思決定の迅速化・効率化」「リスクマネジメントの一元化」を同時に実現しなければなりません。すなわち、「グローバルグループ一体の経営体制」に転換しなければいけないということです。また、グローバルタレントが活躍できるよう、「グローバルで統一した人事制度の策定」も進めています。

 さらに、治療領域の強化に合わせた事業体制に変えていきます。これまでは、キャピタル製品や治療デバイスを含めて診療科別に5つの事業ユニットに分かれていました。しかし、両者はビジネスモデルが違いますから、キャピタル製品を中心とした内視鏡事業とシングルユースデバイスを中心とした治療事業の2つに分けた体制に変えていきます。この2つの相反するビジネスモデルを両方持つ会社はなかなかありません。われわれはこれを強みとして、世界で唯一のグローバルヘルスケアカンパニーを目指していきます。

腹落ちできる経営こそが One Olympusを実現する

 そして、2018年5月には経営理念を刷新しました。今説明してきたことをこれからやり遂げるためには、さらにモチベーションを沸かせなければなりません。ですから、「自分たちは何のために働いているのか」ということが腹に落ちるものが必要でした。それが新グローバル経営理念「私たちの存在意義『世界の人々の健康と安心、心の豊かさの実現』」です。オリンパスには健康や安心、心の豊かさの実現につながる製品があり、事業活動を通じて広く社会に貢献していくことが私たちの使命です。そして、それを支えるのがコアバリューの「誠実・共感・長期的視点・俊敏・結束」です。

 また、社員がこれを自分ごととして捉えるためにはボトムアップが大切です。経営理念の策定にあたっては世界中の社員の中から300人に手をあげてもらい、世界各国で80回以上、存在意義や価値観について討議しました。
 これを2018年5月にリリースし、10月には先述の大きな改革「グローバルグループ一体となった経営体制への転換」を社員に説明しました。そういう背景もあって、今はそれぞれの職場で「自分たちはどのようにしてコアバリューを目指すのか」を繰り返し話し合ってもらうことも始めました。
 器だけではダメ、仕組みだけではダメ、そこに社員のみなさんが共感を持ってついてきてくれるための仕組みをつくり、それを実行する。これが大切だと思います。今日の話が、何らかの参考になれば幸いです。


講演後の質疑応答・意見交換より

Q:社長になって約7年、長かったか短かったか。また、自身の振る舞いのコアとなっている想いとは。
笹:過ぎてみるとあっという間の7年でしたが、することや考えることが非常に多く、1日1日はとても長かった。「本当に覚悟をすると意外にできるものだ」ということを、この7年間で学びました。

Q:変わっていける組織・会社になるために一番重要なことは何か。
笹:「社員にどういう気持ちになってもらえるのか」「それを経営としてどう把握して変化させていくのか」がポイントです。そのための仕組みや仕掛けは当然やっていかなければいけない。人というものは「変わりたくない」「ぬるま湯にずっとつかっていたい」と思いがちですが、それでは変われません。ですから、いわゆる「健全な危機感」をどうやって持たせるか。これがキーポイントです。私自身、「内視鏡の事業は今は大丈夫だけど、今のままを今後も続けていったら、いつかこうなるよ、そうなってからじゃ遅いよ、だから今やるんだ」というメッセージをつねに発信しています。

【講演を聴いて】鈴木亨のひとこと

 笹社長が社長になられてからの約7年間を正直にそして真摯に語ってくれました。人柄が醸し出されたひと時でした。負の遺産を払拭して新生オリンパスを生み出す取組みには多くの参加者が感銘を受けたと思います。社員の方々が自ら作成したメッセージ動画は多くの人に感動を与えました。事業の拠り所、それは顧客であり、従業員であると思います。今回はこのことを改めて認識させてもらいました。

※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.68からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。

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