第一線の組織マネジメントを考察する
【最終回】第15回 やりくりのマネジメントの意味合い
- 人事制度・組織活性化
伊藤 冬樹
本コラムも15回を迎え今回で一区切りをつけようと思います。最終回ではやりくりのマネジメントが描く職場の姿を明らかにして総括とします。
やりくりのマネジメント全体像
今回までの連載の内容を俯瞰し体系化したものが図1です。はじめにこの図を使って本コラムのポイントを振り返っておきたいと思います。
第2回のやりくりのマネジメントの項では無理・矛盾の職場の中でのマネジメントのありようを、"やりくり"というキーワードで紹介しました。ちょっと大げさですが、組織マネジメントを推進するに当たっての哲学とも言えるものです。
第3回では制度・仕組みだけに依存しがちな経営管理層を取り上げ、第4回では業務がオーバーフローで爆発寸前の現場といった組織マネジメントの問題を提起し、第5回でやりくりのマネジメントを実践する際の思考原則とでもいうべき指針を、"モノは捉えよう"という言葉で表しました。この原則はすべての社員に適用されるべきもので、ともすると唯一の解(正解)を求めがちな人々に対するアンチテーゼです。
第6、7回では管理職が抱くべきものの見方、考え方を明文化しました。モノの考え方、見方の幅を広げ、部署の業績達成だけでなく、業務を遂行するメンバーの状況にも目を向け、そのうえでモノは捉えようで考えようということです。さらに第8、9回ではメンバーとの接点で取るべき管理職のスタンスを示しました。メンバーとの相互信頼関係を基軸に職場全体で無理難題に立ち向かい、何とかやりくりしようというメッセージです。続いて第10回から12回では担当層に期待する行動を示しました。さまざまな面で厳しい現場においても、決して受け身になることなく主体性を持った行動を促しています。
最後に第13,14回では第6回以降のやりくりのマネジメントの各要素をマネジメントの仕組みとしてどう落とし込むかを、自律自走、場というキーワードで表現しました。
重層的な関わりづくり
これまで紹介してきた一連の取組みにより、やりくりのマネジメントが目指す究極の職場の姿を文字どおり絵にしてみました(図2)。表題をつけると、職場のメンバーが相互に"重層的に関わり"を持っている状態と言えましょう。
最近の職場には遊びがなくなったと言われています。納期の短縮化が進み、自らがじっくり検討・工夫できる時間が減って、達成感を実感できる場面が少なくなってしまいました。また業務効率化の進展により、世間話をする余裕もなくなってしまい、職場は静まり返っています。さらにその損失の大きさから失敗をする余裕(?)もなくなり、職場は緊張の真っ只中で仕事を進めていますし、当然ながら冒険もできなくなりました。また社員の会社に対するスタンスの変化により、メンバー間の仕事以外での接点が急速に失われています。なんでもメールで済ませてしまい、フェイス・トゥ・フェイス(face to face)の会話もなくなってしまいました。
こうした状況を図2の左側に表しました。殺風景な職場で、孤独の中で黙々と定められた担当業務をこなすだけ、といった状況です。図の右側では目指す姿として重層的な関わりが実現した状態を描きました。左側と同じ職務を行いつつも、その業務の会社にとっての意味合いや、業務を通じた自分の成長が意識され、さらにはメンバー間の信頼関係のもと、他のメンバーからの十分なサポートも受けながら、適度なにぎやかさのある明るい職場の雰囲気の中で進められている状態が実現されています。
"関係の質"と幸せの追求
マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授は組織の成功循環モデルの中で"関係の質"を謳っています。組織が良い成果を得るためにまず必要なことは、メンバー間の信頼関係であり良好なコミュニケーションであると提唱しています(関係の質)。良い関係は前向きな思考につながり、他者からの気づきを得て、新しい知恵につながります(思考の質)。さらに、前向きな自律的な行動と良いチームワークにつながります(行動の質)。この結果として良い成果が得られるというものです(成果の質)。
また、慶應義塾大学の前野隆司教授は幸福学を提唱しています。そこでは短期的幸せはカネ、モノ、地位といった要素で得られますが、長期的幸せを得るためには"幸せの4つの因子"が必要だと提唱されています。4つの因子とは、
(1)自己実現と成長
(2)つながりと感謝
(3)前向きと楽観
(4)独立とマイペース
ということだそうです。
会社ですから業績達成は第一義です。一方でそこで働くのは感情を持った生身の人です。この点を配慮して、業績確保に向けて生産性一辺倒で仕事を進めるのでなく、"and"の発想で、適度なゆとり・遊びを織り込んで、自己成長や働きがいといった成果をも獲得していこうというのがやりくりのマネジメントなのです。前野教授の幸福の要件に重なる点も少なくなりません。またそうすることで成功循環モデルにもあるように、得られる成果も高まることが期待され、この点がやりくりのマネジメントの真骨頂であるといえましょう。
やりくりもやりくりしながら
こんなにうまくコトが運ぶわけがない、と疑問に思う方もいらっしゃるでしょうが、まったくそのとおりで最初からスムーズにマネジメント施策が運営されることはまずありません。
おわかりと思いますが、やりくりのマネジメントが現場で展開されるには、やりくりマネジメントの哲学が関連者一人ひとりの胸にストンと落ちていることが必須条件です。はじめからピンと来る人はまれですが、それでも何とかやりくりしながら進めていると、あるきっかけで気づく人が出てきて行動も変わっていきます。そしてこの気づきが、他の人にも伝播し、やがて全社的な動きになっていきます。
また、本コラムで紹介したすべての要素を一気に展開できなくても問題ありません。状況に合わせて小さく始めて、あせらずに徐々に広めていけば、必ず変化につながっていきます。やりくりのマネジメントそのものも何とかやりくりして推進するというのが成功のキモとなると思います。
本コラムの取組みにより、みなさんの会社の社員が元気になり、業績アップにつながることに少しでも貢献できることを祈りながら、ここで筆を置きたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
※自社で取り組まれた事例がありましたら、ぜひ教えてください。筆者のメールアドレスは、fuyuki_itou■jmac.co.jp(■はアットマーク)です。楽しみにしています。
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