第一線の組織マネジメントを考察する
第8回 信頼と貢献
- 人事制度・組織活性化
伊藤 冬樹
今回と次回で、やりくりのマネジメントにおける上司と部下の間の関わりについて触れたいと思います。
社員の組織貢献行動を引き出す
経営・管理側からの社員への最重要な期待は、一言で言えば企業目標(業績)達成につながる行動を推進してもらうことです。それも受け身ではなく前向きに、さらには状況に応じた最適判断をしながら自律的に進めていってもらうことです。
何のために働くのかと聞かれると、給料のためと答える人がいますが、この意識からはなかなか自律的な行動は生まれません。労働とその対価としての賃金というドライな契約関係というわけですが、この関係は裏読みすると給料以上は働かないということになってしまいます。また、給料を上げてもすぐに慣れてしまい、満足することは決してありませんし、他に給与の高い会社が見つかるとさっさと移ってしまいます。
目指したい姿は、社員がドライに給料のためだけに働くのではなく、会社、事業のために貢献しようという意識を底辺に持って自発的に行動している状態です。
そのための働きかけ(動機づけ)はどうあるべきかを考えるのが今回のテーマです。
さまざまな取組みの是非論
社員の動機づけ施策については数多くの取組みがなされており、多くの企業の成功事例がビジネス書や経済誌の特集などで紹介されています。ところが、成功した実績があるのだから自社でも取り組もうと考えて導入しても、期待どおりの成果が得られないといったケースも数多く発生しています。一体、何が悪いのでしょうか。
施策がうまく展開されていない原因を追究すると、施策そのものが悪いのでなく、施策の社員の捉えられ方に問題がある事例が多く見られます。『第5回 モノは捉えよう』で話したように、完璧な動機づけ施策などはありません。ただ単に機械的に施策を展開するだけでは施策の完璧でないところが強調されてしまい、成果につながっていかないのです。
組織貢献行動は信頼メッセージから
それでは、貢献意識を引き出すための管理者側からのアプローチはどうあるべきでしょうか。
結局は担当層の意識に訴えかけるしかないのです。決め手は信頼メッセージです。会社から社員に対し、「あなたを信頼しています」というメッセージを投げかけるのです。本人が会社からここまで信頼されていると感じることで、それでは会社に恩返し(貢献)しよう、会社のために一肌脱ごう、という意識につながるのです。
この信頼と貢献の関係は、俗に日本型人事制度と言われている中にその原型を見ることができます。従来の日本型人事制度は、年功序列、終身雇用、企業内組合に代表されるものですが、これは社員に対する信頼メッセージと捉えることができます。一言で言えば、"会社があなたの一生を丸抱えします"というメッセージです。これは労働力確保のためという背景もありますが、社員に対する信頼メッセージを生活保障という形で表現したものと捉えられます。だからこそ日本のサラリーマンは滅私奉公も厭わず会社に貢献してきたのです。
今風の信頼メッセージ
この日本型人事制度が崩壊したと言われて久しく、それぞれの制度に対するデメリットが強調されがちですが、信頼メッセージそのものはなくすべきではありません。生活保障に変わる今風の信頼メッセージが求められているのです。
今風の信頼メッセージの投げかけですが、生活水準が高まり、会社との距離感も広まっている現在では、生活保障という物的充足よりも本人が業務の中で興味を持ったり、魅力的に感じたり、誇りに思ったりという精神的な充実感の獲得が有効なようです。
われわれは、会社は社員をイコールパートナーとして"尊重"している、というメッセージが一番重要であると考えています。しかしながら、ただ言葉で「あなたを尊重しています」とだけ言っても、現実感がありませんから、この尊重メッセージを「期待する」「任せる」「支援する」そして「応える」の4つのマネジメント行動に展開しています。それぞれについて簡単に解説を加えます。
期待する
「期待する」とは、事業面からみたミッション(目標)や能力発揮であり、組織面から見た役割に対する期待です。さらには、現在の期待だけでなく、将来のキャリアに対する期待も伝えます。これらの期待は命令の形を取ることもできますが、尊重のメッセージからすると提案の形でオファーし、本人の意志で受け容れるような働きかけが望まれます。
任せる
「任せる」とは、業務委任や権限委譲であり、日常の業務遂行では自律自走を促すことです。任せる範囲は当然ながら本人の力量によって変わってきますが、任せられる範囲を見極め、任せられるように指導してから任せることがポイントです。
支援する
「支援する」とは、本人の業務遂行がスムーズに進むような支援と、本人の成長に関わる支援です。本人からの要請に対する場合もありますし、会社からの働きかけの場合もあります。組織全体に対する仕組み、制度による支援の場合もありますし、個別の支援の場合もあります。その他、業務には直結しませんが会社生活の支援や社員のプライベートの支援も否定するものではありません。
応える
「応える」とは、本人の行動に対するリアクションです。やってもらったことに対してノーリアクションでは相手に失礼です。結果やプロセスを的確に評価し何らかの形で返します。任せた範囲に対しては必要に応じて責任も取ってもらいます。要するに大人の対応をするということです。
こうして記述すると、信頼メッセージを伝えるのに何か特別な仕掛けが、必ず必要になるわけではない、ということがわかると思います。メッセージの象徴的な意味合いや行動に弾みをつけるための制度や仕掛け、場(イベント)をつくる場合もありますが、通常の組織マネジメントの中にこれらの要素を入れ込み、繰り返しメッセージを伝えていくことが基本となります。
信頼メッセージは漢方薬
信頼メッセージが社員の意識に浸み込んでくると、彼ら彼女らの意識の中に(組織のために)一肌脱ぐか、という意識が生まれ、組織貢献行動につながっていきます。信頼メッセージがまるで漢方薬のように効いてくるのです。
ただし、この状態が実現するまでには時間を要します。また個人差もあります。管理職としては一刻も早く実現したい姿ですが、決してあせってはいけません。ギヴアンドテイクということで、これだけ信頼メッセージを送った(ギブした)のだから、組織貢献行動があって当然(テイク)と思いがちですが、このようにテイクを権利的に捉えてしまい、何らかの"そぶり"に出てしまうと、磁石のように反発されてしまいます。こういうときは、ギヴアンドギブンという捉え方が重要だと言われています。ギブの後は、相手から組織貢献行動が起こるのを待つ(ギブン)、といった意識です。
事業環境の動きを考えると猶予期間は長くはないということはわかりますが、ここだけは時間をかけることを覚悟し、強い意思を持って諦めずに継続し続けてください。
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