ビジネスインサイツ68
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One Olympus で 真のグローバル企業を目指す
JMACトップセミナー 「グローバルヘルスケアカンパニーに向けての挑戦」より
オリンパス株式会社 代表取締役社長執行役員
東芝テック株式会社 未来志向のアイデアで オンリーワンの技術創出を目指す 三菱ケミカル株式会社 TPM は「人づくりの柱」 全員参加で 10 年後の姿をつくる ソニー株式会社 「遊び心」が改善の気づきを加速させる
笹 宏行
島田電子工業株式会社 たった 30 分で設備の稼動状況を見える化
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毎回、革新、成長を続けている企業のトップに 経営哲学や視点について語っていただきます。
JMAC トップセミナー 誌上講演
One Olympus で 真のグローバル企業を目指す
〜 JMAC トップセミナー「グローバルヘルスケアカンパニーに向けての挑戦」より〜
オリンパス株式会社
不祥事を乗り越え 開発出身ト ッ プが改革を断行
私は 1982 年(昭和 57 年) 、オリンパス光学工業(現 オリンパス) に内視鏡の開発者として入社しました。以来、 約 30 年にわたって医療事業に従事し、この間、米国駐在 や内視鏡の洗浄消毒に関連した仕事、それを経て開発本部 長、マーケティング本部長を経験しました。そして突然、 「2012 年 4 月から社長に」という話があり、引き受けま した。私は事業という観点では医療を中心に一生懸命やっ てきた経験はありましたが、会社の経営は門外漢でした。 その状況で経営を引き受けたということです。 当社では約 7 年前に不祥事がありました。今日は、そ れをどう乗り越えてきたのか、そのあと再成長を目指して どのようにやっていこうとしているのかについてお話しし ます。 まず、不祥事についてです。バブル期は円高ということ もあり、製造業にとっては非常に厳しい時代でした。そし て株価が上がる中、当社も他の多くの会社と同じように金 融商品に投資していました。しかし、バブルがはじけて巨 額の負債が残りました。それをその時の損失として処理せ ず、M&A の際にアドバイザーへの報酬として処理してい たことから、有価証券報告書の虚偽記載に問われました。
第三者委員会を設置して調査した結果、損失隠しが発覚、 2011 年 11 月に発表したという経緯があります。その後、 過去 5 年分の修正報告などすべての手続きを終えたのち、 2012 年 2 月に新経営陣を発表しました。そのとき新たに 経営を任されたわれわれ社内出身者は、経営の「素人」ば かりでした。
信頼回復に向けて 経営体制を抜本改革
それではなぜ不祥事が起こったのか。第三者委員会によ れば原因は次の 4 つでした。 • ガバナンス体制の欠如(経営トップに権限が集中、情報 開示体制の未整備) • 事業ポートフォリオの肥大化、経営資源配分の非効率性 (売上偏重でノンコアビジネスが肥大化、事業環境変化 への対応の遅れ) • 毀損した財務体質(バランスシートの肥大化と不祥事後 の自己資本比率 2.4% という低さ) • 風通しの悪い風土(自由闊達な風土の後退、コンプライ アンス意識の欠如) 経営再建にあたり、われわれがまず考えたのは、 「失っ た信頼を回復するためには何をすればよいのか」というこ
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設立:1919 年 10 月 連結売上高:7,865 億円(2018 年 3 月期) 連結従業員数:35,933 人(2018 年 3 月 31 日現在) 事業内容: 医療事業 (消化器内視鏡/外科内視鏡システム/処置具) 、 科学事業(生物顕微鏡/工業用顕微鏡/非破壊検査機 器) 、映像事業(デジタルカメラ/録音機)
2019 年に創立 100 周年を迎えるオリンパス。その事業継承の道のりは 建の旗手としてトップに抜擢されたのが笹宏行氏だ。笹氏は言う。 「私
Sasa Hiroyuki
決して平坦ではなかった。約 7 年前に不祥事が発覚、そのとき経営再 は経営の素人だった」 。しかし、 だからこそ断行できた改革がある。 「オ
リンパスの使命とは何か」を追求し続けたこの 7 年は、信頼回復、そ 世界トッププレーヤーへの挑戦を続けるオリンパスの、改革の足跡と 展望、その想いのすべてをお話しいただいた。
して再成長へ向けての道のりそのものであった。不祥事を乗り越え、
代表取締役社長執行役員
笹 宏行 氏
とでした。そして次の 4 つ、 すなわち、 「ガバナンスがしっ かりした経営体制」 「健全な事業」 「安定した財務体質」 「風 土」――が確立されて初めて信頼される企業になれると考 えたのです。 この 4 つを達成するために策定・発表したのが「中期 ビジョンの経営方針」 です。 ポイントは、 「1. 原点回帰」 「2. 利 益ある成長」 「3.One Olympus(ワンオリンパス) 」の 3 つです。 「1. 原点回帰」は、金融商品へ手を出したことへの大き な反省から来ています。われわれの本業は、 「技術を開発 して、製造して、販売して、サービスをすること」ですか ら、その「原点に帰ろう」という意味です。また、 「しっ かりと利益が出る事業をやっていかないと信頼を回復でき ない」ということで、 「2. 利益ある成長」 。そして、大き な経営危機に瀕していたので、 「とにかく全員であたろう」 ということで、 「3.One Olympus」です。 これらの経営方針に基づき、ガバナンスの再構築(社 外取締役を過半数入れる、コンプライアンスの強化など) 、 財務の健全化(1000 億円の増資で自己資本比率を 3 割台 に回復など) 、事業ポートフォリオの再構築を進めていき ました。とくに事業ポートフォリオについては、コア事業 をまず決めて、不要なものは整理しました。私がこの立場 になってから整理した会社の数は、約 90 社です。
「会社がなく なっ ても事業は残る」 One Olympus で経営再建
次は、One Olympus についてお話しします。当時、事 件が起こりさまざまな報道がされる中で、社員たちは不安 や不満、謝罪、後ろめたさといった気持ちにどんどんなっ ていきました。さらに、組織間でもお互いに「悪いのはそ ちらだろう」と責め合い、コーポレートと事業部、事業部 と事業部の間に溝ができました。 このときまず行ったのは、月 2 回の「社長メッセージ の発信」です。 「私たちはこのようにして良くなっていき ます」とマイルストーンを示し、それが達成されるたび に、 「ここまでよく来ました。次はあそこまで行きます」 と。 そうすると社員は「着実に前に進んでいる」と感じること ができますし、そういう実体感を持たせないと、なかなか モチベーションというのは沸きません。 また、双方向の「タウンミーティング」もかなりの数を 実施しました。社員 10 人ほどと私や経営陣でミーティン グを開きます。これまでにグローバルで 2000 人以上と 直接会って話をしました。いろいろな社員の状況を聴いた り、職場風土がどうなっているのかを把握したりすること ができて、非常に役立ちます。さらに、経営が何を目指し て舵取りをしているのかも伝わり、社員のモチベーション
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も上がります。これは今も続けています。 そして、社内行事も自粛しないで積極的に推進すること で、 「こうしたときだからこそ、これでがんばろう」とい うメッセージを発信し続けました。 実はそのころ、私も医師から応援のメールを多数いただ きました。 「オリンパスには患者さんに対する責任がある。 だから、しょげたり迷ったりせず、 『自分たちは患者さん のためにある』 、そう思ってやるべきことを全うしてくだ さい」と。そして、私から社員には、こういうメッセー ジを出しました。 「会社はなくなるかもしれない。けれど、 事業と製品とサービスはなくならない。なぜなら、それを 待っている人たちが世の中にはたくさんいる。みんなもそ のために働いているのであって、会社のためだけに働いて いるわけではない」――こうすることで目標を持たせる。 One Olympus になれる。私はそう考えたのです。 いました。そのため、 成長している医療事業に人が足りず、 他の事業では余る、ということが起きていました。また、 グローバル体制を強化するために、事業・部門の垣根を超 えてグローバルに統括する必要があったのです。 そこで、 分社していた会社を統合し、 事業を縦軸、 部門 (機 能)を横軸としたマトリックス制を構築しました。全社最 適の観点で組織間の壁をなくし、事業間や部門間で人の異 動をしやすくしたのです。こうして事業拡大に向けた経営 体制強化をした結果、2017 年には医療事業の売上高は全 体の 8 割、全事業の海外売上高比率も 8 割になりました。 それでは、われわれオリンパスの医療事業が提供する価 値とは何でしょうか。大きく分けると「早期診断」と「低 侵襲治療」があります。病気は早期に発見し、診断できれ ば、低侵襲(身体に負担の少ない)で治療ができます。そ うすると医療コストを大幅に下げることができるため、医 療費抑制が求められる中において、オリンパスはとても良 い事業ポートフォリオとポジショニングを持っていると言 えます。 実際には、胃や大腸などの消化器内視鏡で「早期診断」 ができ、 簡単な治療なら内視鏡で行えます。 外科手術になっ た場合でも、開腹せずにおなかに小さな穴を開ける手術で あれば傷口も小さく(低侵襲) 、入院期間の短縮や早期の 社会復帰が可能です。オリンパスはこうした治療の事業ド メインを持っています。
再成長を目指し、足元固め オリンパスなら ではの価値提供を
こうして経営再建に 3 年間注力したのち、2015 年には 「これからはもっと前を向いて歩こう」と、次の 5 年の中 期戦略を立てて、 「成長に向けた準備」を始めました。 まず行ったのが、 「人材流動性の確保」です。当社は事 業部制を敷いていますが、当時は事業単位で資源を持って 講演後の質疑応答・意見交換より
Q : 社長になって約 7 年、 長かったか短かったか。また、 自身の振る舞いのコアとなっている想いとは。 笹:過ぎてみるとあっという間の 7 年でしたが、する ことや考えることが非常に多く、1 日 1 日はとても長 いうことを、この 7 年間で学びました。 かった。 「本当に覚悟をすると意外にできるものだ」と
稀有なビジネスモデルで 世界ト ッ ププレーヤーを目指す
それでは、分野ごとの世界の市場規模とマーケットシェ アはどうなっているのでしょうか。現在の状況は次のとお りです(カッコ内は市場規模 : シェアは%で表示) 。
① 早期診断の消化器内視鏡(3,500 ~ 3,700 億円) : 70% 超 ② 早期診断の処置具(3,700 ~ 3,900 億円) :約 20%
Q:変わっていける組織・会社になるために一番重要 なことは何か。 笹 : 「社員にどういう気持ちになってもらえるのか」 「そ
れを経営としてどう把握して変化させていくのか」が
ポイントです。そのための仕組みや仕掛けは当然やっ ていかなければいけない。人というものは「変わりた くない」 「ぬるま湯にずっとつかっていたい」と思いが ちですが、それでは変われません。ですから、いわゆ キーポイントです。私自身、 「内視鏡の事業は今は大丈
③ 低侵襲治療の外科内視鏡(2,600 ~ 2,900 億円) : 20 ~ 25% ④低侵襲治療のエネルギーデバイス(1,600 ~ 1,800 億円) :18 ~ 20%
る「健全な危機感」をどうやって持たせるか。これが 夫だけど、今のままを今後も続けていったら、いつか こうなるよ、そうなってからじゃ遅いよ、だから今や るんだ」というメッセージをつねに発信しています。
どの市場も成長しており、競合する企業は①消化器内視 鏡のみほぼ日本企業で、その他 3 つは主に海外企業です。 オリンパスは全世界に 200 以上の拠点を持っていますが、 すでに 70%超のシェアを持つ消化器内視鏡は更新需要が
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笹 宏⾏
Hiroyuki Sasa
1982 年 オリンパス光学⼯業株式会社(現オリンパス株式会社)⼊社 2001 年 内視鏡事業企画部⻑ 2005 年 オリンパスメディカルシステムズ株式会社 第 1 開発本部⻑ 2007 年 同社 マーケティング本部⻑ 2007 年 オリンパス株式会社 執⾏役員/オリンパスメディカルシステムズ株式会社 取締役 2012 年 オリンパス株式会社 代表取締役(現任)/同社 社⻑執⾏役員(現任)
主体のため伸びしろは少なく、その他 3 つはシェアを増 やせるということ、その場合、海外メーカーが競争相手に なるということがわかります。 また、今後は事業成長の重心を①消化器内視鏡による診 断領域から②④の治療領域へとシフトしなければなりませ ん。医療費抑制が求められる中、病院は消化器や外科内視 鏡などキャピタル製品への投資を控える一方で、老齢化で 患者さんが増えると症例数も増え、それに紐付く処置具や エネルギーデバイスなどのシングルユース(使い捨て)治 療デバイスは伸びていくことが予想されるからです。 グローバルで勝ち抜いていくためには、従来の強みに加 えて、欧米のグローバルカンパニー並みの経営スピード・ 経営効率が必要です。われわれは今後、 「経営意思決定の 迅速化・効率化」 「リスクマネジメントの一元化」を同時 に実現しなければなりません。すなわち、 「グローバルグ ループ一体の経営体制」に転換しなければいけないという ことです。 また、 グローバルタレントが活躍できるよう、 「グ ローバルで統一した人事制度の策定」も進めています。 さらに、治療領域の強化に合わせた事業体制に変えてい きます。これまでは、キャピタル製品や治療デバイスを含 めて診療科別に 5 つの事業ユニットに分かれていました。 しかし、両者はビジネスモデルが違いますから、キャピタ ル製品を中心とした内視鏡事業とシングルユースデバイス を中心とした治療事業の 2 つに分けた体制に変えていき ます。この 2 つの相反するビジネスモデルを両方持つ会 社はなかなかありません。われわれはこれを強みとして、 世界で唯一のグローバルヘルスケアカンパニーを目指して いきます。
腹落ちできる経営こ そが One Olympus を実現する
そして、2018 年5月には経営理念を刷新しました。今 説明してきたことをこれからやり遂げるためには、さらに モチベーションを沸かせなければなりません。ですから、 「自分たちは何のために働いているのか」ということが腹 に落ちるものが必要でした。それが新グローバル経営理念 「私たちの存在意義『世界の人々の健康と安心、心の豊か さの実現』 」です。オリンパスには健康や安心、心の豊か さの実現につながる製品があり、事業活動を通じて広く社 会に貢献していくことが私たちの使命です。そして、それ を支えるのがコアバリューの「誠実・共感・長期的視点・ 俊敏・結束」です。 また、社員がこれを自分ごととして捉えるためにはボト ムアップが大切です。経営理念の策定にあたっては世界中 の社員の中から 300 人に手をあげてもらい、世界各国で 80 回以上、存在意義や価値観について討議しました。 これを 2018 年 5 月にリリースし、10 月には先述の大 きな改革「グローバルグループ一体となった経営体制への 転換」を社員に説明しました。そういう背景もあって、今 はそれぞれの職場で「自分たちはどのようにしてコアバ リューを目指すのか」を繰り返し話し合ってもらうことも 始めました。 器だけではダメ、仕組みだけではダメ、そこに社員のみ なさんが共感を持ってついてきてくれるための仕組みをつ くり、それを実行する。これが大切だと思います。今日の 話が、何らかの参考になれば幸いです。
本稿は 2018 年 11 月 27 日に開催した JMAC トップセミナーの基調講 演をもとに作成したものです。
講演を聴いて
を生み出す取組みには多くの参加者が感銘を受けたと思います。社員の方々が自ら作 成したメッセージ動画は多くの人に感動を与えました。事業の拠り所、それは顧客で あり、従業員であると思います。今回はこのことを改めて認識させてもらいました。
JMAC・代表取締役社長
笹
社長が社長になられてからの約7年間を正直にそして真摯に語ってくれまし た。人柄が醸し出されたひと時でした。負の遺産を払拭して新生オリンパス
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~研究者の「起業家マインド」が新時代の技術をつくりだす~
ビジネス成果に向けて 企業事例をご紹介します。 JMAC が支援した
未来志向のアイデアで オンリーワンの技術創出を 目指す
東芝テック株式会社
新規事業の企画は千三つ(せんみつ)である――千のうち三つ しか成功しないとも言われるこの世界に、挑戦し続ける研究者 だ。数限りないアイデアを出し続けるために、彼らが選択した たちがいる。東芝テックの「未来 Create 活動」のメンバーたち 方法とは。そして、新規事業の企画に挑戦し続ける中で、どの ようにしてモチベーションを保ち続けてきたのか。活動で培っ たスキルと信念を糧に、新たに目指す境地とは。今回、活用し た 5 つのアプローチの事例を交えながら、活動の軌跡と今後の 展望を伺った。
商品・技術戦略企画部 リサーチ&デベロップメントセンター センター長附
菅野 浩樹 氏
Hiroki Kanno
「第 3 の事業の軸」をつくる
東芝テックは 1950 年(昭和 25 年) 、当時の東京芝浦 電気株式会社(現・株式会社東芝)から分離独立し、当初 は蛍光灯、和文タイプライタが主要事業であった。現在は POS(販売時点情報管理)システムを中心として流通小売 業向けソリューションを扱うリテール事業と、デジタル複 合機など主にオフィス向けソリューションを扱うプリン ティング事業の 2 つを柱とし、オート ID(自動認識)や インクジェットヘッドも含め国内外で広く展開している。 POS システムは国内では TEC ブランドとして知られ、 国内・海外ともにシェア No.1 を誇るが、最近とくに成長
未来 Create 活動で
しているのはセルフレジだ。2017 年に衣料品店向けに開 発した「RFID 読取りセルフレジ」は、その革新的な技術 が話題を呼んだ。従前のセルフレジでは客が自分でバー コードをスキャンする必要があったが、このセルフレジで はその必要がない。無線の「RFID タグ」ですべてを一括 でスキャンできるため、買い物かご内の複数商品を自動で スキャンしてくれる。繁忙時のレジ待ち時間の短縮と店舗 内の回転率向上が期待できるこの新技術は、リテール事業 (セルフレジ) に RFID の自動認識技術を応用したソリュー ション提供だ。 こうした先駆的な開発を進めながらも、同社は近年の急 激な事業環境の変化に危機感を募らせている。リテール事
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業ではタブレット端末の普及で POS 端末が減少しつつあ り、プリンティング事業ではペーパレス化が進むなど、事 業の市場成長が鈍化しており、もはや安泰ではいられない という状況にある。 こうした背景をもとに始まったのが、今回の「未来 Create 活動」 だ。 この状況に危機感を抱いた研究者たちが、 新規事業の創出を目指して 2011 年に立ち上げた。活動 を主導してきた菅野浩樹氏 (商品 ・ 技術戦略企画部 リサー チ&デベロップメントセンター センター長附)は、当時 の想いをこう語る。 「2 つの主要事業の市場成長が鈍化す る中で、事業を成長させるために研究所ができることは何 か。それは技術を核にした新規事業や商品の創出ではな いかということで、既存事業にとらわれない新たな『第 3 の事業の軸』をつくりたいと考えたのです」
グ手法) 」では、インパクトが強いニュース情報を収集し、 そこから将来の社会変化を予測してアイデアを出していっ た。 これら最初の 2 つは社内メンバーのみで取り組んだが、 研究テーマの創出にはつながらなかったという。 新たなアプローチを模索していた菅野氏に転機が訪れた のは、2014 年 7 月のことだった。参加した「新規事業を 継続して創出できる研究所への変革セミナー」 (JMAC 主 催)の中で、従来取り組んでこなかった「社外有望技術起 点の新規事業企画アプローチ」が紹介されたのだ。JMAC チーフ ・ コンサルタントの小田原英輝が講師を務めていた。 このアプローチに興味を持った菅野氏は、JMAC に支援を 依頼することに決めた。 こうして 2014 年 8 月、東芝テックは JMAC をパート ナーとして、新たな挑戦へと踏み出した。
ポリシーは「起業家マインド」 つねに未来を考え続ける
未来 Create 活動には、実業務の研究開発と並行して全 員参画で取り組んでいる。ポリシーは「起業家マインド」 。 起業家は 24 時間アイデアを探し続けているとも言われる が、なぜ研究者が、そして全員が「起業家マインド」を持 つべきなのか。菅野氏は「やはり、 『研究者がいつも未来 を考えている』ことは非常に大切です。だからといって、 机の前に座ってウンウンと唸っていればアイデアが出てく るというものでもない。頭の片隅でつねにこの活動のこと を意識していれば、日常のふとしたことがアイデアにつな がる可能性もある。そういうこともあって、 『全員で起業 家マインドを持って取り組みましょう』と掲げています」 と説明する。 それでは、実際の活動はどのように進めたのか。活動当 初はとくに何かの手法は取り入れず、皆で集まっていろい ろとアイデアを出し合っていたが、 「次第に新しいアイデ アが出なくなり、方法を工夫しようといろいろな取組みを 始めた」 (菅野氏)という。その後は毎年アプローチを変 えながら、合計 5 つのアプローチ(右図)を活用して新 規事業企画に取り組んできた。 1 つ目の①「メガトレンド起点」のアプローチでは、自 社以外の成長事業領域(食料・エネルギー・医療・教育) も対象にしてそのトレンドを調査し、それをヒントに研 究テーマを探索した。2 つ目の②「未来洞察(スキャニン
④ ⑤
技術起点への転換で さらに発想豊かに
ここから JMAC 支援のもと、3 つ目のアプローチがス タートした。③「社外有望技術起点」のアプローチでは、 世の中にある有望技術の情報を集め、自社の新規事業に活 かせないかを考えていった。 その中で活用したのが、 「有望技術シート」と「仮想カ タログ」だ。 「有望技術シート」には、探索した 100 の技 術を 1 つずつ「技術の概要」 「技術を使える製品・サービ ス」 「顧客価値」などの視点でまとめた。100 もの技術を どうやって探索したのか。菅野氏は「研究所のメンバーは 自分の専門分野・興味のある分野から探すため、どうして も限定的・主観的になりがちです。社外の技術を網羅的・ 客観的に探索するために、JMAC に『どの情報源にアクセ スすればいいのか』 『どんな探し方をすればいいのか』の
①
メガトレンド調査を 起点にした研究テーマの創出
社会課題 SDGs を 起点にした提案
②
東芝テック 未来 Create 活動 5つのアプローチ
未来洞察 (スキャニング手法)
保有コア技術を コアとした ビジネス提案
③
社外有望技術 導入による ビジネス提案
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アドバイスを受けながら、一緒に探索していきました」と 説明する。探索した 100 の技術は JMAC が提示した評価 項目(尖鋭性・応用性・実現可能性など)で点数付けして、 次のステップに進める技術を選抜した。 これと並行して行ったのが、マクロトレンド調査だ。世 の中の成長商品を調査して、その成長要因から将来のニー ズを予測する。このマクロトレンドと選抜した有望技術を 掛け合わせてアイデアを発想した。 「仮想カタログ」には、 これらのアイデアを 1 つずつ「顧客価値」 「製品・サービ スイメージ」などの視点でまとめていった。 このアプローチの特徴は、それまでの「社会課題起点」 から「技術起点」に転換したところにある。菅野氏は当時 の様子を「われわれは技術者ですから、技術起点になって からはさらに発想が豊かになり、 議論も盛り上がりました」 と振り返る。 翌年の 2015 年は、①「メガトレンド起点」に再度取 り組んだ。2016 年には④「保有コア技術起点」で自社が 保有する技術の進化により展開できる新規事業を企画し、 2017 年には⑤「社会課題 SDGs 起点」で国連が掲げる SDGs(持続可能な開発目標)をヒントに社会課題の解決 を目指して企画した。こうして毎年アプローチを変え、時 には過去のアプローチを深堀りしながら、多角的に新規事 業の企画に取り組んできた。 菅野氏は、 「アイデアを出し続けることは非常にたいへ んですが、JMAC は『どうやったらアイデアをひねり出せ るか』という知見と経験が豊富なので、そこに一番期待し ています」と語る。 JMAC 小田原は、 「新規事業の企画では、日常的にアン テナの感度を高めることが大事です。研究者の方はその専 門性の高さゆえ自分のテーマに集中しがちですが、この活 動で外に目を向けることで視野が広がったのは大きかった と思います」と語る。
ることなく活動を続けられるかが重要となる。 菅野氏は、メンバーの参画意欲を醸成するため、日ごろ から活動の意義を伝えるよう心がけているという。 「研究 所のミッションは事業の未来を担えるような研究をしてい くことであり、未来 Create 活動はそのための活動である、 ということを機会があるごとに話しています」 また、成功のイメージを持つために、新規事業を実際に 成功させた経験者を他社から招き、講演を聞く機会を設け ている。JMAC を介してこれまでに 2 回開催したが、菅 野氏は「社外の講演会では一方的に話を聞いて終わること が多いのですが、この形式だと直接いろいろと話を聞くこ とができたので非常に役立ちました」と話す。 さらに、研究所の中だけで活動を完結させるのではな く、全社に向けての情報発信も積極的に行っている。たと えば、年に一度行われる全社に向けた「研究所の成果発表 会」では、未来 Create のコーナーをつくり、研究者が自 らパネルを使って紹介している。会場には東芝テックの経 営層や各部門の社員が何百人と来場するため、今では「未 来 Create 活動」という言葉は全社的によく知られるよう になった。 「とくに経営層やマーケティング部門からの関 心が高く、その場で参考になる助言を直接受けることがで きるため、メンバーにとって非常に大きなモチベーション になっています」 (菅野氏) JMAC 小田原は、 「今回のような技術を核にした新規事 業開発では、技術者自身が企画に取り組むことで、テーマ に対する夢・意欲を醸成することが大事です。技術者のみ なさんには、事業立ち上げまでのさまざまな課題を解決し ていく中心人物として、 事業化まで諦めない 『覚悟』 と 『粘 り強さ』を持ってほしいと思います」と語る。
さらなる成果を目指して
足跡を見つめ直し、前進する
こうして 2011 年から 7 年間にわたり未来 Create 活動 を続けた結果、いくつかの成果を残すことができた。1 つ の例としては「研究テーマの創出」で、2014 年の③「社 外有望技術起点」から出た研究テーマを事業部に移管し、 研究を継続している。他の例としては「技術中期計画への テーマの反映」で、2016 年の④「保有コア技術起点」か ら出たテーマがこれにあたる。未来 Create 活動から技術 中期計画に反映するようなテーマが生まれたことは、大き
千三つの世界で必要なのは
諦めない「覚悟」と「粘り強さ」
未来 Create 活動では、事業提案のスキルを磨くのと同 時に、メンバーのモチベーション維持にも注力してきた。 本活動のような新規事業の企画はなかなか成果が出にくい ため、千三つ(千のうち三つしか成功しない)とも言われ ている。そのため、いかにモチベーションを保ち、心折れ
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な一歩となった。 菅野氏は一連の活動を振り返り、実業務との相乗効果を 得られたことも大きかったと語る。 「活動で視野が広がり、 いろいろ調べたことが既存事業のヒントになることも多 かったですね。また、JMAC と一緒に活動する中で『市場 性はどうか』 『どのようなビジネスモデルにするか』 といっ た視点も習得できたので、実業務のほうでも研究テーマの 事業アウトプットを描くうえで非常に役立っています」 そして今、2018 年はこれまでの膨大な記録を整理する ため、 未来 Create の全員活動を一時的に休止している。 「毎 回、かなりの比率で似たようなテーマが出てくること、今 後入ってくる新入社員は過去の活動を知らないことから、 専任部隊をつくって過去の記録をもう一度読み返し、 閲覧 ・ 活用しやすい形にまとめています」 (菅野氏) ティ 5.0(日本政府が提唱する科学技術政策の基本指針の ひとつ。IoT や AI、ロボットを駆使して社会課題の解決 を目指す)や ESG(持続的成長を目指すうえで重視すべ き 3 つの要素。環境:Environment、社会:Social、ガバ ナンス:Governance)などがあり、産業をクロスさせな ければ先に進めません。時代のスピードに合わせて IoT の 導入などにきっちりと取り組める組織にしていきたいと考 えています」 最後に、未来 Create 活動の新たな挑戦課題についてこ う語った。 「2011 年の活動当初に比べ、現在は事業環境 変化のスピードがさらに加速し、市場競争も激化してい ます。こうした中、わが社は中期経営計画で、2 つの主要 事業の事業領域を “ 店舗やオフィス ” からその周辺の “ 一 般消費者や物流、製造 ” まで拡大する方針を打ち出しまし た。われわれは技術の会社ですから、その実現のためには 外から技術を買ってくるのではなく、たとえば RFID 一括 セルフレジのような、われわれのコア技術で、われわれに しかできない技術・商品を創出していかなければなりませ ん。ですから、今後の未来 Create 活動では、これまでの 新規事業の創出に加え、新しい技術の創出にも挑戦してい きたいと考えています。 『技術起点で強い事業をつくりた い』という想いがありますので、そのためにはどのような 研究をしていったらいいのかも含め、未来 Create 活動の あり方を検討しています」 千三つの世界に挑み続けた東芝テックの研究者たち―― その確かな技術と未来 Create 活動で培った底力を糧に、 今、さらなる飛躍のときを迎えている。
洞察には必要です 情報が社会課題の 変化の兆しの
オンリーワンの技術創出で 強い事業をつくる
今後の活動に向けて着々と準備を進める中で、菅野氏は メンバーへの期待を次のように語る。 「先ほど小田原さん のお話にもありましたが、研究者は専門性が非常に高い人 達なので、身近なところにある事業に集中しがちです。今 は異業種の参入が加速していますから、視野を広げて異業 種とのクロスにも積極的に取り組んでいってほしいです ね。視野を広げることが未来 Create 活動の目的ですから、 そこに期待しています」 また、組織としても時代のスピードに対応した研究開発 をしていかなければならないと話す。 「まさに今、ソサエ
担 当 コ ンサルタントからの一言
未来の社会課題洞察が新事業企画のポイント
中長期の研究開発に取り組む研究開発部門における新規事業企画では、未 来の社会課題を洞察し、その社会課題を解決する技術を構想することが求 められます。ただし、何のインプットもなしに未来の社会課題を洞察する ことは難しく、未来の社会像を鮮明に描けるように、さまざまな観点から メガトレンドや社外技術といったいくつもの観点から、専門分野以外も含 変化の兆しの情報を集めることが不可欠です。東芝テック様においても、 めて変化の兆しの情報を集めて企画を進めました。未来 Create 活動を通じ て変化の兆しに関するアンテナ感度を高め、企画のための組織能力をさら に高めていくことも期待しています。
小田原 英輝
チーフ・コンサルタント
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経営基盤の強化に向けたさまざまな取組みについて、
JMAC が支援した事例を紹介します。
〜「設備故障 93%減」への道、その 10 年の記録〜
TPM は 「人づくりの柱」 全員参加で10年後の姿をつく る
「故障を減らす」 工場の命題を TPM で解決
三菱ケミカルは 2017 年 4 月、三菱化学・三菱樹脂・ 三菱レイヨンの 3 社の統合により発足し、素材から機能 商品まで幅広いフィールドで事業を展開している。 今回取材で訪れた豊橋事業所には、旧三菱レイヨンの工 場がある。その広大な敷地面積は東京ドーム 10 個分にも 及び、 今から 57 年前の 1962 年 (昭和 37 年) に創業した。 ポリプロピレン繊維の製造からスタートした工場は、その 後、炭素繊維(写真) 、中空糸膜、アクリル樹脂フィルム と事業を順次拡大し、今では 4 つの事業を展開する工場 となった。 製造現場の生産性を上げるためには、 「いかに設備の故 障を減らし、ラインの停止を防ぐか」が重要となる。その ため、豊橋事業所では昔から、さまざまな故障削減の改善 活動に取り組んできた。しかし、その成果も次第に下げ止
◀炭素繊維(ポリアクリロニ トリル繊維を高温焼成する ことで、金属材料を凌駕す る強度を持つ。軽量で強靭 な素材として、産業資材、 航空機、人工衛星、自動車、 スポーツ用品、環境分野な ど幅広く展開されている) 写真提供:三菱ケミカル
まってきたことから、2009 年、JMAC 支援のもと TPM (Total Productive Maintenance)を本格スタートした。 TPM は、製造企業の持続的な利益確保のために、継続的 に人材育成や現場改善を実施する仕組みをつくる。 本活動を主導してきた宮森隆雄氏(執行役員 豊橋事業 所長)は、1999 年から豊橋事業所の製造部で故障削減活 動に取り組んでいたが、途中 2007 年から 2011 年まで 他の事業所にいたため、TPM が始まった当初は参画して いない。だからこそ「2012 年にここに戻ってきたとき、 TPM がかなり軌道に乗っていたので驚いた」と振り返る。 活動開始から 10 年が経った今、故障件数は当初の 14 分の 1 にまで激減した。いったい、この 10 年間でどのよ うな取組みをしてきたのであろうか。
「私つくる人、あなた直す人」から 「自分の設備は自分で守る」へ
活動当初の様子について、TPM の立ち上げを工場で経 験し、現在は事務局を務める品田勝彦氏(企画管理部 も のづくり力強化 G グループマネージャー)はこう語る。 「最初の頃は、オペレーターは『設備のトラブルがあった ら保全を呼べ』という感じで、 『私は動かす人で、壊れた ら直すのが保全だ』という意識が強く、トラブルもロスも 多かった」
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三菱ケミカル株式会社
三菱ケミカル・豊橋事業所は 2009 年、TPM 活動を本格スタートした。そ の後、地道な活動を続け、この 10 年で設備の故障件数は 14 分の 1 に激 減した。その背景には、 「オペレーターと専門保全員の二人三脚」 「製造部 長と課長の活動をクロスさせる」といった独自の取組みがあった。それら はどのように行われ、そのとき人はどう変わっていったのか。息の長い活 動を続ける秘訣とは。そして昨年、 次世代の担い手を育成する「保全道場」 がスタート、新たな挑戦が始まった。今回、10 年にわたる活動の軌跡と 今後の展望を伺った。 執行役員 豊橋事業所長
宮森 隆雄 氏
Takao Miyamori
この場合、 「壊れたら直す」 ではなく 「故障を未然に防止」 できれば、故障を減らすことができる。そのために行うの が、オペレーター自身が設備の清掃・点検を行う「初期清 掃」だ。TPM ではこうした活動を「自主保全」と呼ぶ。 実際の活動では、品田氏を含む管理職がまず「初期清掃 とはどのようなものか」を体験し、それをオペレーターに 教えていった。当初、メンバーの反応は「また新しい活動 をやるの?」 というものだったが、 徐々にその意識は変わっ ていったという。品田氏は、 「みんなで初期清掃をやって、 汚れていた設備をキレイにして、不具合を発見できるよう になったことで、大きなトラブルになる前に気づけるよう になったのは非常に大きな成果でした」と語る。 宮森氏は、一歩踏み込んだ初期清掃から入って、徐々に 装置に詳しくなり、意識が変わっていったところが非常に よかったと述べる。 「もともと 『製造の人はつくるだけ』 『故 障は保全の人が対応する』ということが長年の文化になっ ていたので、最初にそこの意識の切り替えと覚醒ができた のは非常に大きかったと思います」
ターの報告を受けてから故障を直すことが多い。 そのため、 毎日設備に接しているオペレーターがいかに早く設備の異 常に気づき、報告できるかが重要となる。 そこで、豊橋事業所で注力したのが「設備に強いオペ レーター」の育成だ。オペレーターの設備への知識と点検 技能の向上を図るため、専門保全員がそれぞれの装置に関 しての知識をレクチャーしていった。宮森氏は、 「製造課 のメンバーは、図面を描いたりしながら、非常によく勉強 していました。製造側の知識も上がりますし、設備技術側 も『オペレーターはこういうところがわかっていなかった んだな』と知ることができ、お互いにしっかりがっちりと スクラムを組んで進めることができたと思います」 と話す。 また、 「オペレーターの知識が上がるにつれ、現場の要求 がより厳しくなってきたことで、設備技術側も『もっと高 度なことをやっていかなければいけない』と感じているよ うです」と語る。 そして現在は、 事前の 「チャンス保全」 に力を入れている。 これは同事業所独自の呼び方であるが、品種切替えのタイ ミングなど、“ 運転を止めているチャンス ” に保全すると いう取組みだ。オペレーターが事前に「異音が発生してい る」と設備の異常に気がついた時点で専門保全員に見ても らい、運転中の故障を減らす。宮森氏は、 「われわれは運 転中のブレイクダウンを減らすことを重視しています。現 場の感度が上がり、ひどい破壊に至る前に保全できるよう
製造と保全の二人三脚で 「故障ゼロ」に挑む
その後は、さらなる故障削減のため、次のステップへと 進んだ。専門保全員は日ごろ現場にいないため、オペレー
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品田 勝彦氏(企画管 理部 ものづくり力強 化 G グループマネー ジャー)
長がリーダーシップを持って分科会を率い、課長もそこに 入っていくという形でクロスさせているので、それがうま く運営できているポイントなのかなと思います」と語る。
「保全道場」で新人教育 次世代の担い手を育てる
TPM 開始から 10 年が経った今、活動は定着し、故障 件数は 14 分の 1 にまで激減した。豊橋事業所では、この になったことで、故障が大幅に減少しました」と語る。 体制を維持するために、毎年入ってくる新入社員の教育に 注力している。その背景について宮森氏は、 「昔の人はト ラブルの多いときも知っているので、 『今はかなり故障が 減った』という実感があります。しかし、新入社員は故障 が少ない状態で入って来るため、TPM のありがたみがよ くわかっていない。ですから、まずは『TPM はこういう 活動をやっている』ということを事務局がかなりしっかり と、数年間、定期的に研修しています」と説明する。 さらに、そのための実習設備である「保全道場」 (写真) もつくった。モデル設備では、設備技術者からボルトの締 め方、工具の使い方などを習いながら、実際に配管をばら す体験をする。また、 危険予知能力を高めるために、 「ロー ラーに巻き込まれたらどうなるか」を体験するコーナーも ある。 これをつくるために、宮森氏はさまざまな実習設備を見 学し、豊橋事業所に一番適した設備を模索したという。豊 橋では繊維を巻くローラーを多用するため、そのモデルも セットした。宮森氏は、足掛け数年かけて完成させた保全 道場への想いをこう語る。 「昔は、トラブルを通して腕も 知識も上げて、熟達していきました。しかし今は、トラブ ル自体が少ないため、 それを体験できないと自信が持てず、 怖さも知らないままになってしまいます。ですから、こう いった実習設備は絶対に必要だと思ったのです」 保全道場で講師を務める品田氏は、こうした教育はとて も重要であるとし、 「今までの活動を後戻りさせず、さら に良くしていくために、この保全道場を活用して事業所の 基盤をつくっていきたい」と熱く語った。 保全道場による教育について、JMAC の TPM コンサル タント木村吉文・中西浩明は「自主保全と専門保全がうま く連携しながら、現場に必要なスキルをしっかり理解した うえで保全道場を整えていったので、教育効果も高いと思 います。寿命を延ばす、修理間隔を延ばすために必要なス
リーダーの 「信念」と 「情熱」 が活動を牽引し、成功に導く
活動が成功している背景は、この保全体制の強化のほか にもう 1 つある。 全員参加の意識を醸成する体制づくりだ。 豊橋事業所では独自に、2 つの方法を取り入れている。 まず 1 つ目は、製造現場の活動を A タイプ・B タイプ に分けている。 装置を使うオペレーターの活動を A タイプ、 装置を使わない検査員の活動を B タイプとした。TPM で は製造部門が「なぜ自分たちだけ」という思いになること が少なくないが、検査部門も同じ熱量で作業改善に取り組 むことで、全員参加のスタートが切れた。 2 つ目は、 4 製造部長が専門分科会の会長を務めている。 事業所全体の活動は、部長率いる 4 分科会「自主保全・ 品質保全・個別改善・革新分科会」を中心に行う。これに より、 部長がトップ診断などで隣の工場を見る機会も増え、 活動への参画意識が非常に強くなったという。 この分科会の中で特徴的なのが、製造課長および生産技 術課長をメンバーとする「革新分科会」だ。現場の活動と 事業部のテーマをタイムリーにリンクすることを目的とし て、2015 年に立ち上げた。課長同士の横のつながりをつ くり、 レベルアップを図ることで、 課長が転勤で入れ替わっ てもレベルをキープできる仕組みづくりでもある。 宮森氏は、 「こうした活動は、リーダーが活動を信じ、 情熱を持ってやらなければうまく進みません。TPM は “ 仕 事とは別の余分なことをやっている ” と思われがちなた め、彼らにはいつも『TPM はあくまでも現場を良くする ための “ ツール ” だから、うまく利用してほしい』と話し ています。また、課長以下だけで活動すると、部長はどう しても傍観者になりがちです。その点、本活動では製造部
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キル・知識の習得など、さらに道場の活用範囲が広がるこ とを期待しています」と語る。
◀︎ 水運転体感実習設備では課題の 図 面 を 参 考 に、 配 管 や バ ル ブ を 調 整 す る 作 業 を 体 験 す る。 現 場 でのトラブル経験が少なくなっ たため、実習設備で経験を積み、 能力を高めている
TPM は 「人づく りの柱」 10 年後を見据え、着実に歩む
宮森氏は、豊橋事業所が息の長い TPM 活動を続けるこ とができたのは、即効性よりも基礎体力を上げていくこと に力点を置いてきたからだと語る。 「 『スピードアップして、 ある期限までにこれを達成する』ということよりも、 『持 続的に定着させよう、焦らず確実にやっていこう』という スタンスでスタートしたことが大きいと思います。教育な どへの取組みも、5 年 10 年経ったときに必ず差が出てく るはずです。実際、10 年前に比べるとわれわれの現場は ずいぶん変わったようで、たまによその事業所の人が来た ときに、 『だいぶ変わりましたね』という言葉を聞くと嬉 しいですね」 また、将来的には事務局主導ではなく、現場が自主的に 活動できるような文化にしていきたいとも話す。 「そうい うことが各現場で代々受け継がれ、それが当たり前になる のが理想です。ただ、外部の刺激を入れて変化していくこ とも大事ですから、JMAC さんにはこれからも、われわれ の考えつかないような新鮮な視点を提供していただきたい ですね」 そして豊橋事業所にとって、TPM は「人づくりの柱」 であるとする。 「私は、 TPM 自体は基本的には “ 人づくり ” だと思っています。技術的なことだけではなく、ものづく りの文化をつくるうえで、TPM 活動を柱にしてやってい きたい。それに耐えうる活動であると私自身が信じていま 担 当 コ ンサルタントからの一言 木村 吉文
TPMコンサルタント
▶︎回転体体験実習設備では、擬似手 を使って、 巻き込まれたときの「危 険度」を体験することができる
すし、TPM を通じて、現場改善などいろいろなことを楽 しめるような形の人づくりになっていったらいいなと思い ますね。モチベーションを持って活動に取り組めて、しか も仕事が楽になって、トラブルが減って残業も減る。これ らはすべて働き方改革にもつながっていきますので、この 活動をずっと続けていくことが大切だと思っています」 三菱ケミカルが TPM で得たのは、故障減の成果だけで はない。そこには人と組織の大きな成長があった。そして これからも、次の 10 年を目指して一歩一歩、歩み続ける。
人財育成の重要性を真に理解し、実践する
豊橋事業所とは長いお付き合いです(木村:2009 年〜、中西:2013 年〜) 。 同事業所は「継続的に人を育て続けていく」という信念のもと、長年活動を 進めています。これは昨今の社会において非常に重要な概念ですが、実際に 継続して実行するのは難しいのが実情です。しかし豊橋事業所は見事にそれ
4 4 4 4 4 4 4 4
をやり続けています。その原動力は「改善とは仕事が楽になり、生産性が上 人財育成のための教育プログラム、研修施設の充実ぶりがとくに素晴らしく 特筆すべきことです。今後の活動継続を心から応援しています。
がることである」ということを全員が理解し、 納得し実践しているからです。
▶︎ 回転体体験実習設備の前で の 研 修。 実 際 の 現 場 に は 回 転体を使った設備が多いた め、受講生も真剣そのもの
テーマです
永遠の
人財育成は
中西 浩明
TPMコンサルタント
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JMAC イチオシの IoT ツール紹介 Part 1
「遊び心」が改善の 気づきを加速させる
「誰でも発明家」をコンセプトに、IoT ブロックと簡単なプログラミングで、アイデアを ル時代の新しい改善の発想を生む感性が身に付くツールとして、JMAC も研修プログ MESH 開発時のエピソード、MESH による職場の改善への期待などを聞いた。 簡単に形にできるソニーの「MESH」 。学校教育の現場にも導入が進んでおり、デジタ
ソニー株式会社 MESH
meshprj.com
ラムに取り入れている。MESH 開発者の萩原丈博氏、事業開発担当の沼田洋平氏に
――MESH 開発のキッカケを教えてください。
く先に進めたほうがいい、ということを学んだのです。 いわゆるデザイン思考です。それと言葉での説明よりも 「見せる」を徹底することです。言葉だけでは発信側と 受け手側にズレが出るので、モノを見せて仮説検証する ことの大事さを学びました。
――デザイン思考を具体的にどう適用しましたか。
萩原 キッカケは「目覚まし時計」です。洗面所に行
かないと止まらないものがほしいというのが発想の原点 です。ほしい機能をアイデアのまま自由に配置して使い たいなと考えて、最初はスピーカー、マイク、振動セン サーなどのアイデアを「紙」 (写真)でつくって、ヒア リングしました。たとえばインターホンの横にマイクの 紙を置いて鳴るとスマホに連絡がくるなどのアイデアを 人に話してみると 「実はこんな困りごとがあって…」 と、 誰もが日常で課題を抱えていることがわかりました。課 題解決のハードルが高くて実現しにくいことでも、ハー ドルを下げることで「できること」がもっと拡がるだろ うとスタートしたのがこのプロジェクトです。
萩原 ものづくりや課題解決に活かすために最初は課
題抽出や共感から入って、それを問題定義してプロトタ イプでテストして、ヒアリングでその人の課題を解決す るには何が必要かを把握しました。次の仮説検証の段階 では、たとえば何万円か払ってでも使う人はいるだろう か、となるわけです。 プロトタイプでワークショップが開けるようになって から、大学の先生方からその価格なら買いたいとの評価 をいただきました。日常生活の課題解決からスタートし ましたが、強烈なニーズがある分野として教育は一つの エリアになりそうだということがわかってきました。
デザイン思考で仮説検証を繰り返す
――まず「紙」にして説明したのは面白いですね。
萩原 MESH プロジェクトを始める前の 1 年間、会社 え方がガラッと変わりました。
――アイデアからプロトタイプまではスムーズでしたか。
の公募留学制度でスタンフォード大学に行き、そこで考 プロトタイプをいかにお金と時間をかけずにつくれる か。より早く本質的なものをつくって、仮説検証して早
萩原 実はかなり時間がかかりました。もともと私は
ソフトウェアのエンジニアで、ハードウェアは今回が初 めて。ヒアリングで仮説検証していくプロセスを進める 一方で、 「つくる技術」の勉強にも苦労しました。その ころ(2012 年ごろ)は、ものづくり スペースや 3D プリンターはまだそ こまで一般的ではなく、試作をつく る環境自体があまり整っていなかっ たし、つくる技術に何が必要か、ど うデザインするか、などもネットや 周りで知っている人に聞きながらの 推進でした。ちょうど「DMM.make」 が 3D プリントサービスを提供するよ
▼ 「紙」 (写真左) でアイデアを表現して、 プロトタイプ、 製品になるまで。2012 年の 「目 覚まし時計」の発想から 3 年後に製品化できた
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うになって、安く利用できたのは幸いでした。 そして完成したプロトタイプで子供たちのワー クショップを開いて面白いことを発見しました。 最初は紙にアイデアを書いて、その後で MESH を 使うことにしたのですが、紙に書くところで止 まってしまうのです。書ける子は全体の 2 割ぐら い。そこで 2 回目のワークショップでは、最初か ら MESH にしました。そうしたら子供たちがすご く生き生きして、周りのモノと MESH を組み合わ せるのです。用意していた 100 円ショップのグッ ズと組み合わせるアイデアがどんどん膨らみ、子 供たち同士のコミュニケーションも活発になりま した。これが新しい学び方だろうなと思いました。 製品化では、開発期間や工数のバランスを見な
萩原 丈博 氏 Startup Acceleration 部 Business Operation Team MESH project プロジェクトリーダー
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沼田 洋平 氏 Startup Acceleration 部 Business Operation Team
がら最初の MESH を 4 つに絞り、クラウドファンディ ングも活用し、2015 年 7 月に発売しました。応援して くださる方の意見を取り入れながら改善する必要もあり ましたので、資金目的というよりコミュニケーションの 一種として活用した面が強いです。
せを試して感覚的につかむのはいいことだと思います。 MESH であれとこれをつなぐとこうなるね、という考え を 1 度体験すると、MESH でなくてもそういう発想が自 然に出てきたり、 日常業務の中で、 ここにセンサーがあっ たらこれができるよねとか、気づきがパッと出てきたり します。MESH を体験する前に、危険物エリアの感知や 在庫のカウントなどの例を出すと「他に似たようなシス テムがあるよね」となって自分でやる感覚に結びつかな い。最初に遊んで、 「これで◯◯ができる」という体験 をしていくことが大事だと思います。
「誰でも発明家」で拡がる発想の幅
――MESH を取り入れた JMAC の研修はいかがでしたか。
沼田 MESH を取り入れた JMAC のカートファクト
リー研修に参加してまず気がついたのは、IoT で生産現 場を改善できる幅は非常に大きいということ、MESH は 生産現場の効率化についての 「学び」 を加速化させるツー ルになるということです。さまざまなものと組み合わせ てプロトタイピングしていく、検証していくということ ですから、生産現場の改善促進に MESH が使えるとい う自信にもなりました。 「誰でも発明家」という MESH のコンセプトは家庭で も職場でも共通することですが、最初は B to C として アプローチしていたため、今回 B to B でも解決の幅が広 がる可能性を見出せたのは大きな収穫でした。 MESH を見ただけでは伝わりにくい場合は、研修のよ うな形でのプランが前提にあって、MESH を使ってもら うのがいいですね。商品のソリューションからアプロー チするのではなく、スキルセットを与えるという場で す。IoT 化による生産性向上を学べる場があったうえで MESH があると、もっと伝わりやすいはずです。
――子供たちのように「遊びながら」は大人では難しい?
「つく る・経験・共有」を定着させたい
――MESH の今後、将来像については。
萩原 MESH には 2 つ意味があります。1 つは Make、 共有できて、また次のものをつくるというサイクルを定 着させたい。もう 1 つは「MESH:網」 。人と人、モノ と情報、アイデアが形になって網の目でつながっていく ことで、課題解決のやり方も「創造的課題解決」が当た り前になる時代が来るとうれしいですね。 化している状況です。たとえば学校教育とそこで MESH がどう使われていくか、網の目の交点としての教育現場 があって、授業との接点にもなっていくという状況で、 新しい価値が生まれてくることを期待しています。工場 と MESH についても、同じです。新しいチャレンジと 課題に絡み合うことによって新しい価値が出てきている 状況で、MESH でその接点をどんどん増やして形にして いくのが私の目標です。 沼田 MESH が世の中に出て 3 年過ぎ、その網が具体
Experience、Share の頭文字、つくる・経験・共有です。
萩原 たとえば、工場でもオフィスでも最初に MESH
で遊ぶというか、職場内のさまざまなモノとの組み合わ
MESH のさらに詳しい情報は 2019 年 2 月 15 日開催「第 6 回 ものづく り・現場力事例フ ェア(IoT 会場) 」で ⇒
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JMAC イチオシの IoT ツール紹介 Part 2
たった30分で設備の 稼動状況を見える化
シグナルタワーにセンサーモジュールをかぶせるだけで、設備の稼動状況を簡単 に把握できる「デバイスウォッチャー」 。この画期的な製品を開発したのは大分 現できることから、JMAC の IoT 7 つ道具®︎ の 1 つにラインナップされている。代 県中津市にある島田電子工業だ。データ収集から管理・分析もローコストで実 表取締役の島田眞一氏に松本賢治(JMAC)が聞いた。
島田電子工業株式会社 デバイスウォッチャー
sdk-info.com
号を飛ばしていた段階です。その当時は非常に忙しかっ
大手の撤退で新しい事業を模索
松本 光センサーや LED 関連が専門ですよね。
たので、稼動状況を把握して稼動率がわかるようになれ ば、生産計画や作業の合理化、残業削減などに使えるな というのが発想の原点です。
体試験装置や電装回路の設計・製作をメインにしていま す。1976 年 (昭和 51 年) に設立して以来、 大手メーカー との取引が拡大していく中、LED 関連製品の一貫生産、 光センサー素子の生産など事業を広げてきました。一番 多いときで生産量が世界ナンバーワンになるほどの大手 でしたから、2011 年にその大手が事業撤退を決めたと きは、経営的に非常に危うい状況に陥りました。大手の 撤退で供給が途絶えてしまうメーカーさんにウチから製 品を供給できるようになるまで、材料調達のルート確保 などで 2 年半ほどかかりました。同時に、新しい事業の 可能性を探らなければならない時期でもありました。 松本 デバイスウォッチャー(以下、DW)が生まれ るキッカケですね。 島田 実は大手との取引で仕事が忙しいときに、設備
島田 はい。光センサーの開発から組立・評価、半導
設備稼動率を把握し工場を見える化
松本 シグナルタワーの点滅に注目したのは?
島田 初めは設備から信号を採取しようとして、設備 の図面を確認しました。PLC から採るにしてもかなり専 門知識が必要で、勝手にいじると設備本体が動かなくな るリスクもありました。そこでシグナルタワーに配線が あるから、そこから採ればということになり、さらに点 滅するから、光センサーで拾った方が早いということに なりました。自社技術がそのまま使えたわけです。最初 は絶対止められないラインの設備を対象にして、最終的 にはすべての設備のシグナルタワーにつけて、稼動状況 を監視して、工場を見える化しました。 松本 外販への動きはどの段階で本格化しましたか。 島田 当時まだ外販予定はなかったのですが、IoT と
のチョコ停(小停止)で困っていたので、稼動率を集計 することにしましたが、これがなかなか難しい。作業日 報に記録するにしても正確性に欠けるので、それならば
島田 眞一 氏 代表取締役
いう言葉の出現とともに関連技術の価格が下がってきた こと、また他社から販売要望があったことから、新規事 業として外販を決意しました。高かった通信モジュール も価格が下がってきて、さまざまなメーカーから取り寄 せて評価しました。だいたい 1 年半くらいの開発期間で したが、 この通信モジュールの評価に時間をかけました。
シグナルタワーの点滅か ら信号を拾えばいいじゃ ないかと。 松本 その段階では IoT Machine)でもない…。 島田 まだですね。 買っ てきた通信モジュールを テ ー プ で 貼 っ て Wi-Fi 信
でも M to M(Machine to
課題の顕在化、改善、検証ができる
松本 DW は信号の変化だけを捉える仕様ですよね。
島田 はい。通常はポーリング(他のシステムと干
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渉をさけるために一定時間ご とに状況を確認)で、たとえ ば 10 秒で 1 回の監視とすると、 たまたまそのとき稼動してい る/停止しているはわかりま すが、稼動率がいい設備は、い つ監視しても稼動データばか り蓄積されてしまうので、あま り意味がないのです。DW にマ イコンをつけて、変化が起きた ときだけ信号を送るようにし ました。データ量もコンパクト になって、扱いやすくなったと いうメリットもあります。 スマートにできますね。 松本 生産計画の立て方も
集計データを自動的にグラフ化 条件絞り込みや時系列集計も可能
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デバイスウォッチャー(Device Watcher)の仕組み(資料提供:島田電子工業)
①設備からのデータ取得
島田電子工業のデバイスを既設の シグナルタワーに上からかぶせる
②取得データの送信
マイコン+通信機 光センサー
無線通信 920MHz
変化があったときだけ通信
センシングデバイス
稼動情報の信号を取得 生産設備に設置されており、 作業者に設備状態を知らせるもの (例:青=稼動、赤=トラブル)
シグナルタワー
⑤Web上でのデータ閲覧
④ ④クラウ ドへのアップ
データ管理 ログ管理 セキュリティ
③データの収集
Webシステム
クラウドへアップすることにより、 どこでも安全にデータを見れる状態へ
クラウドサービス
(集中管理端末) 各センシングデバイスごとの データを判別、 収集を行う
通信ユニット
島田 そうですね。DW で見える化することで、実態
に合った計画を組みやすくなります。低い稼動率なら低 いという事実をもとに計画を組まないとムリが出ます。 しかし高い稼動率が必要となれば、そのギャップを埋め るために、どこが止まっているのかを特定して改善して いく。改善して数値がどう変化したかをモニタリングし て、効果のある対策を見極めることもできます。まずは 稼動率を数値化・見える化することで課題を顕在化しま す。次にゴールを設定して改善を実施して、検証してい きます。このサイクルを回して理想の稼動率に近づけて いくことができます。 松本 先の話かもしれませんが、稼動率を生産計画の
かり現場を見ていかなければ、という思いも強くなりま した。デバイスの取付け方法を検討しているときに、現 場の社員からの「かぶせればいい」というアイデアが大 正解だったことも、うれしい刺激となりました。中津市 発の自社ブランド製品に皆が愛着を持っています。 松本 今後の IoT 事業の展望をどう見ていますか。 島田 弊社は製造業のため、製造現場で本当に必要と
されるものがよくわかります。今後はセンサーや信号取 得方法の追加などで、製造現場のアップデートに必要と される考え方や機能を DW プラットフォームに実装し ていく予定です。就労人口減対策や生産性向上など、企 業に変革が求められる中、なかなか取り組めない企業も 少なくないと思います。私たちの取組み方や製品で、少 しでも変革と成長に貢献できれば幸いです。 松本 DW の可能性はまたの機会にぜひ詳しく聞きた いですね。ありがとうございました。
マスターに自動反映するシステムの開発につなげたいで すね。マスターの設定や更新などは、けっこうタイヘン です。場合によっては AI なども取り入れて実績ベース で過去の正確なデータを反映できれば、日本の生産管理 が変わるくらいインパクトのある仕組みができるのかな と個人的には考えています。その入り口にある DW の ようなツールがどんどん出てほしいですね。 島田 生産管理システムとのリンクは、大学の方も興 味を示しているので、今後話し合っていくつもりです。
工場を見える化する IoT 7 つ道具®️ です
島田電子工業さんは、自社のセンサー技術を IoT という視 点から捉え直して、新しい事業にチャレンジしています。稼 動率を簡単に集計・分析できる仕組みには、現場の知恵と 見える化のノウハウがしっかりと生かされており、JMAC の
(IoA:Internet of Availability) IoT 7つ道具®️ の 1 つ に取
企業の変革と成長に貢献していきたい
松本 自社の改善ストーリーが DW として世に出る
り上げさせていただきました。現場に強い JMAC としても、導入前の診断や導入後の活用の面 で協力していきたいです。
ことで、社内的にもいい影響があったと思いますが。
島田 自分たちの知恵が商品となって売られるという ことで、やはり誇りも感じています。今まで以上にしっ
松本 賢治 JMAC 執行役員 デジタルイノベーション事業本部長 シニア・コンサルタント
DW のさらに詳しい情報は 2019 年 2 月 15 日開催「第 6 回 ものづく り・現場力事例フ ェア(IoT 会場) 」で ⇒
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JMAC EYES
最新のコンサルティング技術・事例・実践方法などについて コンサルタント独自の視点で語ります。
アジア製造拠点の成長を実現せよ 〜利益を創出し続ける仕組みづくり・人づくり〜
プロセス・デザイン革新センターセンター長 チーフ・コンサルタント
角田 賢司 Kenji Tsunoda
アジア製造拠点の 実態を直視せよ
日本製造業はアジア市場の重要性の高 まりに応じて、製造拠点の成功や成長に 向けた取組みを強化しているが、成功/ 不成功の企業間格差が大きくなってい る。
つぎの3つのステージを経て成長してい くことが大切である。
ステージ1: 製品を出荷できる
まず最低限実現しなければならない 「製品を出荷できる(玉を出せる)」こ と、これには日々の管理がもっとも重要 で、正しい生産計画を立案し、現場がそ の計画を遵守できるように取り組む必要 がある。肝要なのは現場をマネジメント する第一線監督者(職長・班長クラス) の管理力を高めることである。
ステージ3: 継続的・自律的に成長できる
そして「自立的につねに高いQCD目 標に向かって改善を進めて実現する」と ともに、現地の人材による運営が進み、 現地の人による現地の人の育成が進むこ とが重要である。このような状態になれ ば、日本人赴任者を最少人数にすること ができ、現地の人材を中心とした製造拠 点運営が実現することになり、現地化さ れた状態といえる。
豊富で安価な労働力を活用すれば、ど の企業も利益を出せるのではないかと思 われるかもしれないが、製品売価の下 落、売上量の減少、調達品の不具合や納 期遅れなどによる製造工程の停止や追加 費用の発生、製造工程における不良発生 による材料の追加発注や納期遅れ、現地 で優秀な人材が育たないため日本人管理 者の過剰な配置、優秀な現地人材の雇用 継続のための人事制度の崩壊、最低賃金 の上昇による労務費の高騰……など、利 益が出ない理由は多岐にわたる。
ステージ2: QCD改善を実践できる
つぎに「製品競争力を高めるための QCD改善を実践できる」であるが、こ れは日々の問題解決を行う日常管理と、 標管理が同時に機能しなければならな QCDを高めるための課題解決を行う目 い。日本人赴任者が高いレベルの管理技 術、固有技術を駆使して課題解決を行う 際、現地の人材との連携のなかで課題解 決の実行や定着化を行いながら、課題解 決技術を現地管理者にトランスファーす る事も重要となる。
この3つのステージは一足飛びに上が れるものではなく、1段ずつ上がること で強い土台づくりが実現する。自社のア ジア製造拠点が現在どのような状態にあ る製造拠点なのか、正しい打ち手は何な のか、ということを考えて強化の方向性 を定める必要がある。
実態に応じた 打ち手が必要だ
製造拠点が利益を創出するためには、 自立的成長を促す取組みを進めなければ ならない。そのためには強い土台作りが 必要である。強い土台作りのためには、
アジア製造拠点の 成長のゴールを見極めよう
日本国内とは文化も風習も異なるのが アジア製造拠点。日本で行っているマネ ジメントがそのまま通用することはな く、その国の文化、風習に適合した「良 い仕組み」をつくること、そしてその仕 組みを運用できる「良い人材」を育成す ること、この2点が大切である。 アジア製造拠点の現在のステージ、今 後の成長すべき方向性、それらを明確に したうえで、アジア製造拠点の成長を実 れら3つのステージを見極め、適切な仕 拠点の成長の実現を支援していく。 現させなければならない。JMACではこ 組みづくり・人づくりを進めながら製造
東京理科大学大学院修了後、1998 年 JMAC 入社。製造 業の収益向上目標を達成するための支援に取り組んで いる。おもなコンサルティング内容は人や設備の生産 性向上、品質向上のみならず、調達コストダウンや在 庫削減、製造 LT 短縮など、複合的なテーマを同時に展 開する総合目標達成のマネジメント支援である。近年 は製造業のグローバル化にともない、タイ・ベトナム などアジア製造拠点支援として、生産性向上や品質向 上の成果実現とあわせ、マネジメントの仕組みづくり、 ローカル人材育成を実践している。
角田 賢司 プロフィル
本記事は JMAC のホームページで連載中の「JMAC EYES」の要約版です。完全版は www.jmac.co.jp/jmaceyes で。
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編集部からの耳より情報
JMAC トップセミナーのご案内
〜経営革新を推進する先人から学ぶ〜
「JMAC トップセミナー」は、日本を代表する経営トップの方をお招きし、経営者として改革を断行された視点・考え方 などをお話しいただく経営トップ向けセミナーです。
3月 12 日 開催
(火) 2019
15:00 〜 18:30
基調講演
YKK 株式会社 代表取締役社長 大谷 裕明 氏
3 月 12 日(火)の「JMAC トップセミナー」では、 YKK 株式会社 代表取締役社長 大谷裕明氏をお招き し、 「量的成長(スタンダードへの挑戦)を目指して」 と題し、ご講演いただきます。 「経営のヒント」 「改革や革新の視点」など、ご本人 から直接お聞きできる機会です。 ぜひご参加ください。
会 場:ステーションコンファレンス東京 定 員:50 名(お申込み順)
(千代田区丸の内 1-7-12 サピアタワー) 対 象:経営トップ層、部門長の方々
参加料:10,800 円(消費税込)※参加者交流費を含む
URL
www.jmac.co.jp/seminar/
2018年度 JMAC出版書籍
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『取締役・経営幹部のため シュフロー計算書から財務 戦略がわかる』
の戦略会計入門―キャッ
飯田真悟(JMAC・公認会 計 士 ) / JMAM / A5 判 232 頁 ¥2,700(税込)
『続・企業内研修にすぐ使 えるケーススタディ―自分 で考え、行動する力が身に つく』 JMAC 編著/経団連出版/ A5 判 208 頁 ¥2,160 (税込)
『新事業開発 成功シナリオ
『図解オムニチャネル ・ マー ケティング戦略』 小河原 光司(JMAC)/ ¥2,160(税込) 『6 ステップで職場が変わる! 業務改善ハンドブック』 大谷羊平、田中良憲、梅田修 二(JMAC) / JMAM / A5 判 277 頁 ¥2,700(税込)
―自社独自の価値を創造 し、成功確率を高めるため の実践論』
JMAM / A5 判 224 頁
高橋 儀光 (JMAC) / 同 文 舘出 版 / A5 判 320 頁 ¥2,808 (税込)
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「平成最後の……」という枕詞をさんざん耳にするようになって、 「だからなに?」といちいちツッコミを入れ るのにも飽きてきたさなか、いよいよ平成の「終わり」が近づき、この 30 年を振り返ってはみたものの、 「目 の前の用向きをこなすだけの日常」 に流されてきた自分と未曾有の 「大災害」 に見舞われた日本 (社会) とのギャッ プが埋まらないままに新元号を迎えることになりそう。どうやら本誌も次号で平成最後になる(かも) 。
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