研究開発現場マネジメントの羅針盤 〜忘れがちな正論を語ってみる〜
第13回 「もうじきいなくなるから」に続く言葉はなにか?
- 研究開発現場マネジメントの羅針盤 〜忘れがちな正論を語ってみる〜
塚松 一也
社内発イノベーションで生じる提案者と審議者の摩擦
そもそもイノベーションというものはめったに起きないことだが、R&Dの掛け声として「イノベーションを起こせ!」といつも言われている。年間計画あるいは中期計画に「イノベーション」という単語が含まれているのではないだろうか。
R&D部門の一人一人からなにかイノベーションのタネのアイデア出しを求め、社内審査に通れば少し予算をつけて、研究開発の次のステージに進めるというような取り組みをしているところも多々ある。「イノベーションはセンスのよい人間こそが良質なアイデアを思いつくもので、広く呼び掛けることに実質的な意味はない。みんなのモチベーションのためにやっているのだ」という捉え方もあり、その取り組みの良し悪しは意見が分かれるところだが、ここでは詳しくは触れない。
今回問題にしたいことは、何かしらイノベーティブなアイデア(少なくとも思いついた本人はそう思っている)を企画書にしたため、しかるべき"えらい人"の前でプレゼンテーションをする際に起こりがちな摩擦や、すれ違いについてである。
イノベーションあるいはイノベーティブというのは、要するに従来の発想になかった真新しいアイデア・考え方である。画期的な商品、奇想天外な事業、従来を否定するプロセス・・・。イノベーションはその特性からして、最初から多くの人に理解されるものではない。多くの人から「分かった!それいいね」という賛同が最初から得られるというアイデアはさほどイノベーティブでない可能性が大である。一概にいえないが、本当にイノベーティブなアイデアは、従来を生きてきた人からすれば、「なんてバカなことを言っているんだ」あるいは「言っている意味が分からない」という反応になるものだ。そのアイデアが本当にイノベーティブなのか(世の中に役立つ新しいものなのか)は神様には分かるだろうが、多くの普通の人には最初は分からないものである。
最初は理解が得づらいものを社内提案し、先に進めるという非常に困難な道を歩むのが、社内発のイノベーションである。提案する側には、信念、志、情熱、熱意、根性、ガッツ、粘り強さ、人脈、社内政治力・・・などが求められる。ちょっとやそっと否定されたり非難されたりしてもあきらめることなく、しぶとくあの手この手で賛同者を増やしていくプロセスである。このイノベーションを引っ張るリーダシップについては、また別の機会に書くことにしたい。
レビュアー側が無責任な言葉をつぶやいていないだろうか
そのイノベーションの提案を判断する審議者・レビュアー側にフォーカスを当てて見ていこう。
歴史ある企業の多くではR&Dのトップ層は50歳超えの人が大半を占める。20年、30年と既存事業の経験が豊富な上位マネジメントの人の中には、新しい考え方を理解しにくい、受け入れがたい人もいるだろう。もっとも、会社の継続を真剣に考えていれば、従来にない新しい考え方は、それが結果として成功するか失敗するかは別にして、提案段階では真摯にそれに向き合うはずである。
ところが、「若い人で新しいこと考えればいいんじゃない。うちの会社は景気がよくないから、このままでは10年後はなくなるんじゃないか(笑)。まあ、私は5年後にはこの会社にいないからいいんだけど・・・」といった、文字通り、無責任な発言をする年配のマネジャーに時々、出会う。これはマネジメントの責任放棄のようにも聞こえる。本人は深く考えずに、照れ隠しでつぶやいているだけなのだろうが、そのつぶやきが提案者側にどういう心理的影響を及ぼすのかに想像を巡らすべきである。
「よく分からないから反対だ」というのであれば、まだ説明の余地があり、違う説明をしようかという意欲・ファイトも湧くものだ。しかし、そもそも考える気のない人を相手にするのはやっかいである。「もう自分は残り数年でこのまま何もしなくても逃げ切れるので、あとは知らない」とそもそも提案に真摯に向き合う気がないことを本人が明示的に言っているため、本来であれば相手にしないほうがいいが、相手が意思決定者なだけにそうもいかない。本当にやっかいな構造である。
「私はあと数年でいなくなるから」に続く言葉はなにか
「私は5年後にはこの会社にいないから」の次に続く言葉がすごく大事だと思う。「私もこの会社で過ごすのは残り少ないから、このタネが育って花を咲かせ、実を成らせるのは見届けられないかもしれない。でもこの会社にいる限りはタネ蒔きも水やりも真剣にやろうと思う。退職後、これが成功したことが伝わってくることを信じている」。このようなことが感じとれるメッセージが大切なのではないだろうか。
多くの歴史ある大事業も最初は小さなスタートだったはずである。もちろん、最終的に狙いたいのは大型事業なのだろうが、その最初となるかもしれない"小粒"をバカにしてはいけない。R&Dのトップマネジメントは、タネを大事にし、小さな芽を大事にする、そのことを最後の最後までメッセージとして発し、コミュニケーションし続けること、その姿勢が重要だとつくづく思う。
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