研究開発現場マネジメントの羅針盤 〜忘れがちな正論を語ってみる〜
第16回 「社会科学」「影響力」を意識すべし
- 研究開発現場マネジメントの羅針盤 〜忘れがちな正論を語ってみる〜
塚松 一也
今回も、前回のコラムに引き続き、新商品・新事業のアイデアを社内提案して先に進める人が意識したほうがいいと思うことを紹介する。
新しいことは、周りの反対に遭うのが普通
前回、社内に無意味に敵をたくさんつくらないように立ち振る舞おうということを述べた。
しかし、それは上の人に迎合しろ、八方美人になれという意味ではない。それが画期的・革新的であればあるほど、社内への新しいことの提案は、"最初"は反対される、懸念を持たれるものだ。そもそもが、新しいことの提案とはそのような性質があるため、上の人・周りの人に迎合するような言動をしていてはなにもできない。
かといって、上の人・周りの人を敵に回してしまうような言動も自らを追い込むことになる。上の人・周りの人と"うまく"付き合っていく"すべ"が必要なのである。このような"すべ"は、『自然科学』ではなく『社会科学』の世界のものである。物理系の力学ではなく、人間系の力学の活用、もっと俗っぽく表現すれば、社内政治力というか、影響力と呼ばれる"力"である。
ところが、R&Dの部署にいる人の多くはいわゆる"理系"のバックグラウンドを持ち、物理、化学、機械、電気、情報・・・という科学法則の世界で生きてきたわけで、人間系の上手な振る舞いがあまり高いとは言えない人もいる。
R&Dの現場から何か新しいことを始めてそれを前に進めていくには、この『社会科学』の重要性を強く認識することが、極めて重要だと思う。大げさにいえば、一人の研究開発実務を行う担当者の仕事と、新しいことを提案しプロジェクトとして前に進めていく仕事は、別のタイプの仕事なのである。スポーツになぞらえれば、"別の種目"であり、まずはこの"種目が変わった"ことの認識が重要である。
「権力」に頼るのではなく、「影響力」を発揮するようにしよう
先ほども述べた通り、従来にない新しいことを始めると、多くの場合、周りの反対に遭うものである。そこで、イノベーション実現のためには、その反対論とどのように対峙し、前に進めるかということが重要な論点になる。
その一つの方法は、周りから反対されない地位に自分を置くということである。自分でスタートアップ企業を立ち上げてトップに君臨し、自由に采配を振るうというのが、その典型例である。既存企業の中であれば、あらゆる方法を駆使してできる限り早く役職者になり、裁量範囲を広げてから、自分の権限裁量で新しいことを始めれば、反対に遭ってもなんとか突破できる可能性は高まる。要するに、先に偉くなってしまうというアプローチである。しかし、現実には、御曹司でもない限り、なかなか急に偉くはなれない。
もう一つは、上手に周りと折り合いをつけながら、少しずつ前に進める方法である。俗にいう"うまくやる"というアプローチである。しかし、これも簡単ではない。保守的な上の人・周りの人に迎合していてはイノベーションを主導できず、反感を買うなどしてつぶされては、元も子もない。説明してもなかなか分かってくれない上司もいるだろうし、古い感覚で判断されてしまうこともあるだろう。そのようなことが続くと、「私には権限がないので、周りが言うことを聞いてくれない、協力してくれない」と思い悩み、いきおい権限を求めたくなるのが人情だが、そこをぐっと耐えて、周りに少しずつ影響を及ぼす方法をとろう。
要するに、権限(権力)がない場合には、影響力で何とかするしかない。影響力を強めていく、影響範囲を広げていく、仲間・賛同者を地道に増やしていく、そういう地道な努力に尽きる。
"社内政治力"には異なる性質の2つの力がある。一つは「権力」で、もう一つは「影響力」である。
「権力」は権限を持つ上司が命令や人事権を行使して人を動かすことである。上司に働き掛けて命じてもらう、ルールを制定しもらってそれを守らせる、これらが「権力」を使うイメージだろう。いわゆるポジションパワーを使うということである。一方、「影響力」とはその人の信頼感、好感、説明力、熱意、本気さ、人間的魅力、雰囲気、期待感・・・などから人が動くということである。影響力は必ずしも職位によらない。若手の熱意に打たれて協力したくなった経験がある人も少なくないだろう。
既存企業の中で新しいことを前に進めるならば、この「影響力」を意識し発揮することが大切だと思う。"うまくやるすべ"の正体は「影響力」だと言ってよいだろう。
次回は、自分の出世や保身のためではなく、イノベーション・新しいことの実現を志す人が身に付けるべき影響力について具体的に紹介しよう。
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